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洋画興行の危機、ファンダムビジネスの最大化…日本の映画興行の”健全さ”はどこに向かう?【宇野維正「映画興行分析」刊行記念対談】

  • 2024.7.3
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映画ジャーナリストの宇野維正氏による著書「映画興行分析」が、7月3日に発売された。2015年から毎週連載してきた「映画興行分析」の約400本におよぶ記事を再編集し、まとめた大著だ。帯には『君の名は。』から『オッペンハイマー』まで、とある。だが、宇野が「一世代も経たない間にここまではっきりと洋高邦低から邦高洋低へとひっくり返ったジャンルは他にないだろう」と触れているとおり、ハリウッド映画から日本の、しかもアニメ―ション映画が実質的に国内の映画産業を支えるようになった10年だったと言える。

【写真を見る】迫力の528ページ…!10年史を辿る「映画興行分析」は7月3日より発売中だ

筆者は、「ハリウッド映画の終焉」刊行時、それからコロナ禍まっただ中に刊行された共著「2010s」でも、1万字を超えるロングインタビューを行ってきた。今回は、観客のファンダム化、日本のIPのグローバル化による収益増加といった、著書でも取り上げられているトピックをなるべく前向きに捉え、映画興行10年史を振り返ってもらおうとインタビューに臨んだが、まったく明るいとは言えないウェブメディアの今後や課題も突きつけられ、次第に宇野氏から「今回は対談形式にしよう」と言われた意味がわかることとなる。 “激変”――ネットメディアの見出しのような言葉を使わざるを得ないほど、様変わりした映画興行について、たっぷり語り合った。

【写真を見る】迫力の528ページ…!10年史を辿る「映画興行分析」は7月3日より発売中だ 著/宇野維正 発売中 価格:3,850円(税込) 株式会社blueprint刊
【写真を見る】迫力の528ページ…!10年史を辿る「映画興行分析」は7月3日より発売中だ 著/宇野維正 発売中 価格:3,850円(税込) 株式会社blueprint刊

ちなみに「映画興行分析」には、資料としての価値はもちろん、リアルタイムに書かれ続けたからこそのおもしろさがある。宣伝・プロモーション方針への問題提起、見出しだけでひとり歩きする言説への憤り、サプライズヒットへの素直な驚き、「ヒット作独り勝ち」現象の出口のなさへの焦れ、頭角を現しつつある作家へのエール。振り返って考察することでは決して得られない、ビビッドな読み応えがあるので、528ページという分厚さにひるまず、手にとってほしい。

「売れてる理由を考えることは、そのジャンルの入り口に立つことだと思う」(宇野)

下田「私は映画ジャーナリストとしての宇野さんにインタビューや批評のお仕事を依頼する機会が多かったので、『映画興行分析』のような史料性の高い本を刊行されたのはちょっと意外だったんですね。連載時にも読んでましたが、その連載も『リアルサウンド映画部』という媒体を立ち上げる際に必要に駆られて、主筆(当時)としての意図が先行しているものだと勝手に思っていて。でも、今回『映画興行の分析記事を読むのが好きだった』という一文から始まる“おわりに”を読んで、宇野さんにとっての“映画についての文章を読む原体験”はむしろそっちだったのかと気づかされました」

宇野「どうして自分が小学生の時から『キネマ旬報』の興行記事を読んでいたのかっていうのは、ネット上の記事に載っちゃうのは抵抗があるので、この本の“おわりに”を読んでほしいんですが(笑)、映画興行分析の連載を10年近くしてきたなかで、一番多かった批判が『批評家やジャーナリストを名乗っているくせに、作品について書いてないじゃないか』というもので。『え? 興行成績についての連載ってちゃんと明示してるのに』とずっと思ってきました。それに、批評と興行分析がまったく別のものだとも自分は思ってないんです。それは、“おわりに”に書いたことが一つと、もう一つは自分にとって恩人の一人でもある渋谷陽一さんが、若い頃から繰り返し言っていた『いいものが売れるんじゃなくて、売れるものがいいんだ』という思想で」

下田「世代的に、渋谷さんの批評活動についてそこまで詳しくないんですが、本当にそういう考えを持っているということですか?」

映画ジャーナリストの宇野維正氏と”映画興行10年史”のトピックスを縦横無尽に語る 撮影/黒羽政士
映画ジャーナリストの宇野維正氏と”映画興行10年史”のトピックスを縦横無尽に語る 撮影/黒羽政士

宇野「評論家やインタビュアーとしての彼の一つの姿勢で、本音では売れるものすべてがいいなんて彼も思ってはいないはずなんですけど、重要なのはその思想の根底にあるオーディエンス、観客に対する信頼ですね。その信頼は、雑誌だけじゃなく、彼が作ってきたフェスにも貫かれています。メディアを作るというのはそういうことなんだということを、自分は20代、30代の頃に仕事の現場で叩き込まれてきたわけですが、それ以前に10代の頃から彼の文章を通してその思想に接してきて、それは、いろいろこじらせがちな10代の少年にとっては目を見開かされるような体験だったわけです。まあ、『それこそがこじれてるんじゃないか?』っていう見方もされそうですが(笑)」

下田「『売れてるものがいい』というスタンスならば、興行を分析することにも批評性は生じるはずだということですか?」

宇野「もちろん自分も『売れてるものがすべていい』とは思ってません。でも、売れてる理由を考えることは、そのジャンルの入り口に立つことだと思うんですよね。実際、数字については誰でも語れるし、ネットの掲示板やソーシャルメディアによって速報性と言論の民主化が一気に進んだことと、作品のファンダム化が進んだことで、以前にも増してみんなが興行成績について語るようになった。一方で、じゃあメディア側が出す記事がその物量に拮抗できるだけの質の高い記事を提供できているかというと――」

下田「日本の映画メディアに絶望しているという話になってしまう…?」

宇野「もしかしたら自分の連載もきっかけの一つとなって、近年はプロの書き手ならではの興行関連の記事も増えてきたような気もしてますが、少なくとも連載を始めた2015年の時点では、特にウェブメディアの記事はスポーツ新聞や民放の情報番組と変わらないような酷いものばかりでした。興行通信社が公表している情報と、あとは配給会社や宣伝会社のプレスリリースを書き写しただけみたいな」

下田「『映画興行分析』ではウェブメディアでこの連載を始めた理由として『どこにも忖度をしない映画興行分析の連載をこのサイトの軸にしよう』と書かれていました。映画業界への配慮みたいなものが見え隠れする記事が蔓延しているなかで、自分だったら違う興行分析ができる、みたいな気持ちもあったのでしょうか? 数字は誰にでも開かれているけど、そこに文脈やバックグラウンドを付加して“読み物としておもしろい興行分析”にしよう、というような」

2016年7月から2024年4月までの足かけ9年の環境の変化が手に取るようにわかる 著/宇野維正 発売中 価格:3,850円(税込) 株式会社blueprint刊
2016年7月から2024年4月までの足かけ9年の環境の変化が手に取るようにわかる 著/宇野維正 発売中 価格:3,850円(税込) 株式会社blueprint刊

宇野「もちろんそれもありますが、最初の頃はちょっと不純な動機もあって、メディアを含めた日本の映画業界に対して、言いたいことを言うための口実として利用しているようなところもありました。数字で客観性を担保した上で、そこに主観を忍び込ませて、一定の共感を集めるレトリックというか。それを使いすぎていたこともあって、2015年下半期から2016年上半期の最初の約1年分は今回の本には入れませんでした。これ以上のボリュームになると、本の価格を抑えられないという理由もあったんですけどね。あと、連載を始める時に意識したのは、ちゃんと予測をすることです。というのも、海外の映画メディアの興行分析記事の多くは、プロによる予測に重きを置いていて。一方、日本のメディアは興行の予測をすることを極端に避けます。なので、そこは世界基準のつもりでやってきて、もちろん予測なので大きく外れることもあったんですけど、外れたものも含めてちゃんとズルをせずに本に残してます」

下田「約10年書き続けてきて、アプローチの仕方はどのように変化してきたんでしょう?」

宇野「だんだんウェブの記事で共感を集めることやページビューを稼ぐことへの関心はなくなって、それよりも記録として残すことに意義を見出すようになりました。特にコロナ禍以降は『これは大変なことになってるぞ』という危機感が強まっていきましたね。コロナ禍の最中はなによりも映画興行そのものが危機に瀕していたわけですが、そこを抜けてからも外国映画が全然当たらなくなっていて。一方で、入場者プレゼントの常態化もあって、一部の国内アニメーション作品のヒットの規模やランクインする期間の長さが変わってきた。だから、個別の作品についての分析というより、この変化をどう捉えるかという方に意識を向ける必要がでてきた感じですね。もう悠長に“言いたいことを言う”ような時代ではなくなってしまった」

下田「ヒットの分析が難しいというよりも、状況の変化によって読み筋がなくなってきている?」

宇野「そうですね。日本の映画興行の内実は、すっかり入れ替わってしまったように思います。自分はいま、2つのことをとても不思議に思っていて。一つは、『2010s』や『ハリウッド映画の終焉』の刊行時に下田さんがインタビューしてくれた記事の中でも言ってきたことですが、映画の仕事をしている人たちが、どうしてNetflixやHBOやAmazonやAppleの同時代のテレビシリーズにこんなに無頓着でいられるんだろうということで」

下田「宇野さんはずっとそのことを言ってますね」

「映画の最前線でなにが起こっているかを把握してなければ、作品をちゃんと届けることもできない」(宇野)

宇野「観客は別にいいんですよ。でも、その観客を育てる側が、あまりにもテレビシリーズに無関心というか、実際にインプットしてる方はいると思うんですけど、アウトプットもしてる方は極端に少ない。いまどき映画界でハリウッドのメジャースタジオの仕事だけしている監督なんてクリント・イーストウッドとかスティーヴン・スピルバーグとか、本当にごく一部の巨匠だけで、そのスピルバーグだってテレビシリーズで頭角を現した役者を積極的に自分の映画でキャスティングしている。それなのに、編集者でも宣伝会社の人でもそういう話が通じる人と通じない人の情報格差が激しくて、途方に暮れてしまう。映画の最前線でなにが起こっているかを把握してなければ、作品をちゃんと届けることもできないじゃないですか」

下田「その媒体が取り扱っているかどうかというよりも、中で仕事をしている人たちの話ですか?」

宇野「どっちもですね。下田さんのように、自分が頻繁に仕事をしている編集者とはこういう話ができるからまだいいんですが。事情はわかるんですよ、テレビシリーズは広告費や宣伝協力費が出にくいとか、ページビューを稼ぎにくいとか。でも、じゃあ他の記事でちゃんと広告や宣伝協力費を取れてるのかとか、ページビューを獲れてるのかといったら、そんなことないですよね?」

下田「各メディア、扱う対象作品の線引きも悩んでると思いますよ。MOVIE WALKER PRESSは、“映画館で上映されている(時期)”ד映画(種別)”から離れるほど扱う優先度は下がります。でも、自分自身も含めて映画ファンが映画とテレビシリーズ関係なく行き来しているのはわかっているし、『こういう映画が好きな人には、「一流シェフのファミリーレストラン」が刺さるだろうな』みたいなことっていっぱいある。韓国の俳優なんかは特に顕著ですが、ハリウッドの俳優だって、テレビシリーズの代表作を挙げずにキャリアを紹介するのは不足がある。“映画館でかかるかどうか”だけじゃなくて、そこの嗜好はもう少しつなげたいですけどね」

ドラマシリーズ「一流シェフのファミリーレストラン」はシーズン3が7月17日(水)からDisney+「スター」で配信される [c]2024 Disney and its related entities
ドラマシリーズ「一流シェフのファミリーレストラン」はシーズン3が7月17日(水)からDisney+「スター」で配信される [c]2024 Disney and its related entities

宇野「配信プラットフォーム側から、テキストメディアがあまり当てにされてないというのは感じますよね。『やり方によってはうまくやれるはず』ということは、機会があるごとに自分も伝えてはいるんですけど。で、もう一つは、前著の『ハリウッド映画の終焉』に続いて今回の『映画興行分析』でもテーマにしているように、日本でも、そして北米でも、コロナ禍以降これまでの映画興行そのものの足場が崩れつつあるわけですが、その危機感がどれだけ共有されてるのかなってことで」

下田「2023年の北米の年間興行収入は前年比20%増の約90億ドルと、”復活の年”と呼べる成績でしたが、コロナ以前の2019年までは、10年以上、100憶ドルを突破していました(※Box Office Mojoより)。それに全米脚本家組合と全米映画俳優組合によるダブルストライキの影響も大きく、2024年は前年割れとなる可能性がかなり高いですね。パラマウントのように、買収の噂が絶えないメジャースタジオも出てきました」

2023年から続くパラマウント・グローバルの買収劇。スカイダンスが買収で暫定合意している [c]Everett Collection / AFLO
2023年から続くパラマウント・グローバルの買収劇。スカイダンスが買収で暫定合意している [c]Everett Collection / AFLO

宇野「ディズニーによって買収された20世紀フォックスも、Amazonによって買収されたMGMも、事実上、歴史ある名門メジャースタジオの消滅ということですからね。これからもその動きは止まらないでしょう。そういうことを、事実としてはある程度認識はしていても、それがもたらす影響や、そうした状況に輪をかけて日本で外国映画が観られなくなっているということについて、みんなどれだけ真剣に考えてるんだろうって。だって、それって立場によっては仕事そのものがなくなるってことでしょ?」

下田「配給会社も宣伝会社も編集者も、自分ごととして考えなくてはいけないことですよね」

宇野「会社員は転職や転属をすればいいかもしれませんが、特に映画ライターなんて、一番最初に失職する立場です。実際、北米では多くのライターが、これまで仕事をしていたメディアがなくなって失職したり、有力ライターも個人ブログをサブスクリプションで運営することで生計を立てたりしている。自分は映画ライターを名乗ったことはありませんが、数年前から先を見越して、いまではYouTubeとポッドキャスト出演と今回のような著作が、映画の仕事の三本柱になりつつあります。まあ、下田さんとは劇場パンフレットや映画監督のインタビュー連載の仕事を長いこと一緒にやらせてもらってるわけですが(笑)」

下田「そうですね(笑)。『映画興行分析』の中で、宇野さんは『もしかしたら「トップガン マーヴェリック」が興収100億円を超える最後の外国映画かもしれない」と書いてましたよね?」

スピルバーグ監督も「『トップガン マーヴェリック』はハリウッド映画業界の救世主だ」と発言した [c]Everett Collection / AFLO
スピルバーグ監督も「『トップガン マーヴェリック』はハリウッド映画業界の救世主だ」と発言した [c]Everett Collection / AFLO

宇野「実写映画に限ったら、その可能性は高くないですか?」

下田「うーん、公開前に『ボヘミアン・ラプソディ』が130億円を超えることになると予想していたか…みたいな例もあるので、”事件”には期待したくなっちゃいます」

宇野「確かに。でも、つまりはもう、外国映画のヒットはすべて事件というか“アクシデント”なんですよ。『ボヘミアン・ラプソディ』にせよ『トップガン マーヴェリック』にせよ、ヒットの規模は違うけどサプライズヒットとなった『RRR』にせよ。そこにはかつての『ハリー・ポッター』シリーズや『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズのような再現性がない。『スター・ウォーズ』だって、次は何年後になるかわからないけど、もう100億超えなんて夢のまた夢でしょ?」

130億円を超えるヒットを記録した『ボヘミアン・ラプソディ』(18) [c]Everett Collection / AFLO
130億円を超えるヒットを記録した『ボヘミアン・ラプソディ』(18) [c]Everett Collection / AFLO

「これだけ大きな変化が起こっているのに、どうしてみんな平気な顔をして同じように仕事をしてるんだろうって」(宇野)

下田「『映画興行分析』の“はじめに”では『この20年余りで、動員数はほぼ変わっていないにもかかわらず、日本映画と外国映画のシェアは大体3:7から7:3に逆転している』とあって。改めてその事実を突きつけられると、なかなか衝撃的ですよね…。私は映画関連の仕事を約15年前に始めたのですが、まさに入れ替わりを目撃してきた実感があります」

宇野「コロナ禍はそのダメ押しにすぎなくて、その前から事態は進行していたわけですが、これだけ大きな変化が起こっているのに、どうしてみんな平気な顔をして同じように仕事をしてるんだろうって、いつも思ってます。まるで映画の『関心領域』みたいだと言ったら不適切かもしれないけど、見たくないものは見ないようにしてるのか、それとも自分の好きなものに囲まれて日々の生活ができていればそれでいいのか。下田さんは約5年前からMOVIE WALKER PRESSという映画ウェブメディアの編集長もやってるわけじゃないですか。そのあたり、どういう実感がありますか?」

アウシュビッツ収容所の隣で幸せに暮らす家族を描いた『関心領域』(23) [c]Everett Collection / AFLO
アウシュビッツ収容所の隣で幸せに暮らす家族を描いた『関心領域』(23) [c]Everett Collection / AFLO

下田「映画メディアの人間としてもですが、ムービーウォーカーという会社は、デジタル映画鑑賞券のムビチケも運営していて、 インシアターメディアの『シネコンウォーカー』という媒体もあるし、劇場装飾や、映画パンフレットにも携わっている。かなり映画館に直結した事業をやっているので、いままで”映画興行”と思っていたものの内実がガラッと入れ替わったっていうのは、まざまざと感じました。それに、かつては公開前に前売券がこのぐらい売れたら初週の興収が見えて、初週の興収が見えれば最終興収もその何倍ぐらい…みたいな予測も大きく変わってきましたね」

宇野「配給会社や興行サイドの予測の立て方も変わった?」

下田「そうですね、アニメーション作品や、ファンダムの影響が大きい作品だと、これまでの知見では予測できないなと感じるところも大きいです。前売券の枚数だけでなく、テレビスポットを投下した時期や、メディアでの露出量、ソーシャルメディアで投稿された回数の推移の相関関係なんかを、同時公開作品とにらめっこをしながら見ている感じです」

宇野「そもそも、ファンダム需要を中心とするODS作品に関しては客単価も上がっていて、かつて日本映画製作者連盟はそれを年間興行ランキングから除外してたんだけど、コロナ禍を機にその枠も取り外した。結果、2021年の実写日本映画の1位は『ARASHI Anniversary Tour 5×20 FILM “Record of Memories”』になりました。もちろんお客さんもたくさん入って、リピーター需要もたくさんあったわけだけど、その最も大きな要因は大人の料金が3300円だったから。そういう、いままでの指標では読みきれない事例が、年間興収トップ10クラスの作品でたくさん起こってる」

撮影/黒羽政士
撮影/黒羽政士

下田「実際のトレンドと、ユーザーが『観たい』とアクションした作品を比べたり、メディア側でも参考にしています。特にMOVIE WALKER PRESSは、映画ファンの中でも”映画館に行く人”に向けて仕事をしている意識が強いので」

宇野「なるほど。必ずしも映画ファンのすべてが映画館へ頻繁に足を運んでいるわけではないというのは、まさに“配信プラットフォームの普及以降”って感じですね。そんな中でも、”映画館に行く人”の中心層の若返りと、リピーター需要の急増と、入場者プレゼントの常態化というのは、ここ数年の新しいトピックですよね」

下田「“何週連続入場者プレゼント”のように、毎週中身を入れ替えて配布したりするようになって。入場者プレゼント目当てに劇場を足を運ぶ観客が増えることで、動員数は動員数ですけど、観客の実数のわりには興収の高い作品が増えたり、配布する劇場側のオペレーションがあまりに複雑になっていたりもします」

宇野「音楽業界におけるCD売上げのための握手会ビジネスみたいなことが、映画業界でも起こっている」

「日本は映画館にちゃんと人が来ている。自分はそのポジティブな側面に目を向けたい」(下田)

メジャースタジオが待機中のラインナップ作品を映画興行者に向けて発表する「CinemaCon」 Getty Images for CinemaCon
メジャースタジオが待機中のラインナップ作品を映画興行者に向けて発表する「CinemaCon」 Getty Images for CinemaCon

下田「でも、今年のCinemaCon(毎年ラスベガスで行われる、世界中の映画興行者が集まるイベント)で開催されたセミナーでは、『パンデミック中、日本市場が世界で唯一健全さを保っていた』ということに強い関心が集まっていたそうです。メキシコの映画館チェーンでの『鬼滅の刃』上映で日本風の“オマケ(=入場者プレゼント)文化”を取り入れたら大盛況だった、みたいなトピックがファンダムビジネスの最大化の事例として紹介されたり」

宇野「“ファンダムビジネスの最大化”。まさにいま起きているのはそれだよね。昨年はメジャースタジオや配給会社をすっ飛ばして、映画館チェーンのAMCシアターズと直接契約して公開された『テイラー・スウィフト: THE ERAS TOUR』の大ヒットが北米の映画興行界に激震をもたらしたわけだけど、日本は嵐やBTSのコンサート映画でそれに先んじていた。冗談でもなんでもなく、もしかしたらテイラー・スウィフトやそのスタッフは日本の映画興行を参考にしたのかもしれない」

『テイラー・スウィフト: THE ERAS TOUR (Taylor's Version)』は Disney+ (ディズニープラス)にて独占配信中 [c] 2024 Disney and its related entities
『テイラー・スウィフト: THE ERAS TOUR (Taylor's Version)』は Disney+ (ディズニープラス)にて独占配信中 [c] 2024 Disney and its related entities

下田「コロナ禍と、それが明けたと思った途端に突入したダブルストライキによって、世界中の映画興行が息も絶え絶えとなるなかで、状況が大きく動きましたよね。ソニーは傘下のアニプレックスでアニメを作って、日本のアニメを海外に配信しているCrunchyrollで映画を配給する流れを作ったり。東宝は海外拠点を集約したTOHO Globalを設立して、『ゴジラ-1.0』を自社で配給するようになったり」

日本映画初のアカデミー賞視覚効果賞を受賞するなど偉業を成し遂げた『ゴジラ-1.0』(23) Nick Agro / [c]A.M.P.A.S.
日本映画初のアカデミー賞視覚効果賞を受賞するなど偉業を成し遂げた『ゴジラ-1.0』(23) Nick Agro / [c]A.M.P.A.S.

宇野「『鬼滅の刃』のグローバルコンテンツ化も、『ゴジラ-1.0』の世界的なヒットも、コロナ禍とダブルストライキ以降の“ハリウッド映画の供給不足”という新しい環境下で起こったことで。配給においても興行においても、2020年以降の日本は世界の映画業界をリードしているとも言える」

下田「明るい話題ばかりとはもちろん言えないですし、なにをもって“健全”と呼ぶかは意見が分かれることだと思いますけど、“映画館に人が集まっている”ことを“健全”と呼ぶなら、日本は映画館にちゃんと人が来ている。自分はそのポジティブな側面に目を向けたいです」

宇野「実は『映画興行分析』でも、あまり悲観的なトーンでは書かないようにしたんですよ。ただ、自分の足元を見つめると、これまでとはまったく違う場所に立ってることに気づかされずにはいられない。『コロナの時期は大変だったけど、なんとかなったね』みたいな話ではまったくなくて、最近だと『パスト ライブス/再会』とか『異人たち』とか『チャレンジャーズ』とか、自分が応援する実写の外国映画にあまりお客さんが入ってない。配給会社直営の映画館でアルバイトをしていた時代から数えたら、自分は30年以上この世界に出入りしていて。どうやったって日本では当たらないタイプの外国映画があることはわかってるつもりなんですが、最近は『この作品だったら日本でもかなり話題になるだろう』というタイプの作品も、限定的な範囲でしか評判が広がらないという実感があります」

ルカ・グァダニーノ監督が”不道徳”にテニスプレイヤーの三角関係を描く『チャレンジャーズ』(公開中) [c]2024 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved. [c]2024 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. All Rights Reserved.
ルカ・グァダニーノ監督が”不道徳”にテニスプレイヤーの三角関係を描く『チャレンジャーズ』(公開中) [c]2024 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved. [c]2024 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. All Rights Reserved.

下田「そうですね…。挙げてくださった3作品、私も熱を入れて応援していた作品です。社内の人間にも、『いい加減「チャレンジャーズ」の話、うるせえよ』って思われ始めていると思います(笑)。でも、クチコミを受けて粘り強く興行してほしいと思っても、初週の成績で、ガクッとスクリーン数を減らされてしまったり。映画の公開期間は平均4週間~8週間と言われてますが、かつてより、ものすごくロングランでかかる作品や、ブッキング数の極端さも変わりましたね」

『チャレンジャーズ』劇中に登場する「I TOLD YA」のTシャツ。私物です 撮影/黒羽政士
『チャレンジャーズ』劇中に登場する「I TOLD YA」のTシャツ。私物です 撮影/黒羽政士

宇野「映画興行では、どうしても最初の週末の成績が注目されがちで、実際にその数字がその後のスクリーン数に大いに影響しちゃうんですよね」

下田「つい先日、NATO(全国劇場所有者協会)のマイケル・オリアリー会長も、Varietyのインタビューで『オープニング週末興収への過度な注目が集まりすぎている』と発言してました。初週の数字だけで興行を評価するのは適切ではないし、IMAXをはじめとするラージフォーマット上映のための設備投資など、他の指標も考慮すべきだと」

宇野「かつては雑誌の発売日にも縛られていたので、新作のプロモーションって公開の数週間前から段階的におこなわれていたじゃないですか。でも、ウェブメディアが中心になってからは、宣伝サイドからの希望もあってできるだけ公開前日や公開日にインタビューがアップされるようになった。それはオープニング興収が大事だからなんだけど、結果的にそれによってさらにオープニング興収への偏重が加速してしまってる。書き手としては、10個の記事がアップされる日に自分の記事をどう差別化するのかについて考えなくてはいけない状況で」

下田「それは宇野さんとMOVIE WALKER PRESSでの『映画のことは監督に訊け』の連載でも散々話してきましたよね」

宇野「そもそも、同じ取材日に分刻みでやったインタビューが同時にいくつも出るのとか、宣伝効果としてもどうなんだっていう問題意識もずっとあったんだけど。それだけでなく、ウェブメディアの記事の消費期限についてもよく考えますね。『映画のことは監督に訊け』に連載としてのアーカイブ性を持たせて、何かあったタイミングで自分のXのアカウントから過去記事をポストするのも、今回リアルサウンド映画部での連載を『映画興行分析』として書籍にまとめたのも、ウェブメディアの即時性に対する抵抗でもあって」

1年ごとに書き下ろしのコラム「映画興行概論」が収録されている 著/宇野維正 発売中 価格:3,850円(税込) 株式会社blueprint刊
1年ごとに書き下ろしのコラム「映画興行概論」が収録されている 著/宇野維正 発売中 価格:3,850円(税込) 株式会社blueprint刊

下田「“はじめに”では連載の当初から書籍化を念頭に置いていたわけではないと書かれてますが、どのタイミングで書籍としてまとめようと思ったんですか?」

宇野「最初に頭をよぎったのは、コロナ禍の初期ですね。『映画興行分析』は書面で視覚的にすぐ振り返られるように作ってますが、2020年の4月第3週から5月第2週にかけては興行通信社からランキングも発表されなくなって、その時期、新作の公開がストップしていて、どの興行関連の記事も連載を休止してたんです。それでも自分はその当時映画業界で起こっていることを毎週記録し続けていたのですが、ふと周りを見渡してみたら、自分だけがそれをやっていた」

下田「その時期に新作公開の口火を切ったのは、幸福の科学出版製作の『心霊喫茶「エクストラ」の秘密-The Real Exorcist-』でした」

宇野「そう。『心霊喫茶「エクストラ」の秘密-The Real Exorcist-』はそこから4週連続で1位になってます。こうして本にしてみると、いろんなことを思い出しますね。最近だと、『セクシー田中さん』のテレビドラマ化の際のトラブルが大きな問題になりましたが、その後に発表された報告書と照らし合わせると、水面化で脚本家と原作者、テレビ局と出版社のトラブルが起こっていたちょうどその時期、5週連続で1位を独走していたのは同じ脚本家による『ミステリと言う勿れ』でした。そのことはあまり指摘されていませんが、“興行から物事を見る”ということには、そういう視点も含まれてます」

下田「あと、小池百合子都知事を名指しで批判していたり」

宇野「そりゃそうですよ。コロナ禍初期の後手後手の対応には、2020年にオリンピックをなんとか開催しようとする意図が見え隠れしてました。だから、そういうことは記録として残しておく価値があるだろうと。そして、別にリアルサウンド映画部が危機に瀕しているわけではまったくないんですが、記録を残しておく場所としてはウェブメディアが相応しいとは思えない」

下田「そうですね。どのウェブメディアも3年後、5年後はどうなっているかわからない。その危機感はもちろんあります」

「“映画館で座席予約をしてもらう”ことがコンバージョン。なら媒体の維持の仕方は、あの手この手で知恵を絞るしかない」(下田)

宇野「残っていたとしても、テキスト主体のメディアではなくなってる可能性は大いにありますよね。だから、テキストは本にしないと残らない。あと、これはリアルサウンドだけじゃなく多くのウェブメディアにも言えることですが、自分自身、もうウェブ広告の合間を縫ってテキストを読むのがストレスなんです。これはウェブメディアがずっと抱えている問題だけど、多分、いまが一番酷いんじゃないかな。さすがに今後ちょっとは改善されていくと思うし、対策は練っていると聞いてますけど」

下田「デジタル化によってメディアの数も記事本数の総量も増え、かつCookieレス時代に移行するなかで、ネットワーク広告の単価の下がり幅はとんでもないことになってるんですよね。“ウェブの記事は無料で読める”をキープしたまま媒体を成立させるには、広告枠を増やすしかないし、そうじゃなければテキストそのものを有料化するか、別のコンバージョンを作るしかないですよね」

宇野「そもそもメディアの数が必要以上に多すぎる上に――例外的なメディアもごくわずかにありますが――ギャラの単価が安すぎる。結局それって、日本映画が抱えてる問題と同じですよね。製作本数が多すぎて、そのせいでほとんどの作品が話題にもならなくて、スタッフの報酬も安すぎるのに、なんらかの外的要因や慣習だけで業界全体がなんとか延命している。でも、そういうものは存在していること自体が“不健全”なので、必ずツケが蓄積していて、どこかで一気に足元から崩れ落ちていくと思いますよ」

下田「MOVIE WALKER PRESSは、やっぱり”映画館に連れて行く”ことがゴールなので、読みものをクローズドにすることには意味がないんじゃないか。ムビチケを購入してもらうことだって、映画館で映画を予約することだって、サイトからは離脱になりますが、“映画館で座席予約をしてもらう”ことがコンバージョンになるんじゃないか。そういうなかでの媒体の維持の仕方は、あの手この手で知恵を絞るしかないです」

宇野「リアルサウンド映画部は、開設した2015年当時、国内のテレビドラマのちゃんとした批評記事がまだ目新しかったというか、即時性のあるウェブメディアに相応しいコンテンツであるにもかかわらず、他のメディアがあまり手をつけてなかった。だから、“映画部”と名乗りながらそれでページビューが稼げるようになって、そこから軌道に乗ったという流れがあったんですけど。ただもう、ウェブで長いテキストを読むという文化自体が、今後どうなっていくんだろうっていうことを、この長い対談をやりながらも思ってるんだけど(笑)」

下田「はい、言ってることとやってることが矛盾してますね(笑)」

「また、長いインタビューになる予感がしています…」と話しながらも戦々恐々 撮影/黒羽政士
「また、長いインタビューになる予感がしています…」と話しながらも戦々恐々 撮影/黒羽政士

宇野「今回、『映画興行分析』について下田さんにインタビューしてもらえることになって、自分が提案したのは、インタビューじゃなくて対談にしようよ、ということで。自分は同業者として、ウェブでテキストを読む時はまず書き手のクレジットを確認するんだけど、一般の読者の側に立ってみても、もう聞き手が誰でもいいような記事は作ってもしょうがないと思っていて」

下田「MOVIE WALKER PRESSでの『映画のことは監督に訊け』の連載もそういう発想から立ち上げましたよね」

宇野「そう。新作のプロモーションとかも、一回これまで慣習としてやってきたことを全部見直したほうがいいと思っていて。だって、監督も役者も、一体どんなメディアかもろくに識別もできないまま同じようなことを何十回も別のインタビュアーに訊かれて、肉体的にも精神的にも疲弊してるのって、バカみたいじゃないですか。なんで日本の映画業界ってこんなにたくさんインタビューばっかりやってるんだろうって。映画でも、音楽でも、海外ではこんな奇習はとっくに消滅していて、インタビューを受ける側が各国の主要メディアやインタビュアーを選んで、せいぜい1本か2本やるだけですよ」

連載中の「映画のことは監督に訊け」は2020年8月にスタートした 撮影/黒羽政士
連載中の「映画のことは監督に訊け」は2020年8月にスタートした 撮影/黒羽政士

下田「『映画興行分析』の中でも、再三、民放テレビ局の情報番組やバラエティ番組での映画のプロモーションに苦言を呈してますよね」

宇野「テレビ局が自社で出資してる作品を自局の番組で延々と宣伝するのは、放送法的には違法性の疑いさえある悪質なものなのでまたそれとはレベルが違う話なんですが、とにかく映画のプロモーションと称して、ギャラも発生しない状況で演者を稼働させ続けて、それで現場が疲弊していくのって意味がわからないし、最近はたまに演者側からも異議の声が聞こえてくるようになりましたよね? それは当然ですよ」

下田「『映画のことは監督に訊け』は“宇野維正の”と聞き手の名前を冠した連載だからこそ、宣伝側に『時間をたっぷりください』と依頼もできるし、監督サイドの反応や、宇野さんがソーシャルメディアで引用・拡散してくれる効果もあって、それが実績として認知してもらえるようになりました」

宇野維正の「映画のことは監督に訊け」。最新回は『悪は存在しない』を発表した濱口竜介監督
宇野維正の「映画のことは監督に訊け」。最新回は『悪は存在しない』を発表した濱口竜介監督

宇野「あの連載って、初期の頃は監督の写真だけだったけど、途中から自分との2ショットをサムネイルで使うようになったじゃないですか。この機会に言っておきたいんだけど、あれは自分がそうしたかったわけじゃなくて(苦笑)」

下田「やっぱり”誰が聞いているか”がサムネイルで伝わらないと、公開前後の短いタームで監督やキャストが多くの媒体でプロモーション露出をしていて、それがわっとタイムラインで流れていくなかでは、目を留めてもらえないと思ったので」

宇野「編集サイドからの、同時期に出る他の記事との差別化の策としてそうなっていった。刊行を始めたのは10年以上前になるけど、最初からシリーズ化を想定して編集協力として参加してきたサーチライト・ピクチャーズ作品のパンフレットもそうですが、下田さんとはそうやって、ずっとこれまでの映画業界の構造に目を向けて、そこにメスを入れるような仕事をやってきた。だから今回も、インタビュアーとしてではなく、対談の相手として話をしたかったんです」

筆者は劇場用プログラム「サーチライト・ピクチャーズ・マガジン」の編集担当でもある 撮影/黒羽政士
筆者は劇場用プログラム「サーチライト・ピクチャーズ・マガジン」の編集担当でもある 撮影/黒羽政士

「個人の歴史や過去の仕事を背負った葛藤が文章になっていれば、AIには提供できない読み物のおもしろさは残るんじゃないか」(宇野)

下田「『映画興行分析』の“おわりに”でおもしろいなと思ったのが、『いますぐにAIで実現可能なのは、数字に関する記事なんじゃないか』って書かれていたことで。つまり”ウェブメディアの記事ってなんなのか”っていう話だと思うんですけど。ChatGPTのような生成AIが出始めた時、ウェブメディアの人間としては、プレスリリースをもとにした解禁記事のような、”情報”の取り扱いについてとても考えさせられたんですよね」

宇野「映画ではないけど、つい最近もMrs. GREEN APPLEの『コロンブス』のミュージックビデオが問題になった時、朝の情報番組ではレコード会社のプレスリリースの文面をそのまま引用した、ほぼ同じ内容のすごく無邪気な紹介をどこの局でもしていて。夕方になると、今度は一様に深刻な表情で『謝罪文が発表されました』みたい報道をしているという。もう、ただのギャグですよね。そこではもう、誰も、なにも、自分の頭で考えてなくて、情報を右から左へと流しているだけ。だから、いまの日本のマスメディアがやってるエンターテインメント関連の多くの仕事は、AIに置き換わっていく以前から、ずーっとAIのようなことを、AIよりもはるかに低い能力でやってきてる。真面目な話、ちゃんとAIに任せていたらあのミュージックビデオに内在する問題にも最初の段階で気づいたかもしれない。それに、自分にはその問題をソーシャルメディアとかで指摘や糾弾をしてる人たちの文章も、まるでAIが書いたもののように見えるんです。そもそもポリティカルコレクトネスやウォーキズムというのは普遍的なものではなく、ある特定の時代背景と特定の文化圏を根拠とする、論理的かつ人為的な表現のコードなわけで、AIととても相性がいい」

下田「本の最後では、ウェブの記事がもっとAIだらけになればいいと書いてますが」

宇野「本音です。興行分析なんて誰でもできるわけで、誰でもできることはAIにやらせればいい。もはやそこに何か意義や意味が残るとしたら、それは書き手の属人性や記名性しかないので、今後もそれを引き受けていきますということです」

下田「でも、日本映画と外国映画のバランスにしても、実写映画とアニメーション映画のバランスにしても、批評家としての宇野さんにとっては、なかなか難儀な時代になってきたんじゃないですか?」

宇野「確かに、トップ10のうち半分が国内アニメーションのシリーズ作品だったりすると、このまま自分が日本の映画興行について書いていてもいいのかなっていう気もしますが、一方で、ものすごい勢いで変化しているものについて書くのって純粋におもしろいじゃないですか」

下田「なるほど、そうですね」

宇野「一番つまらないのって、なにも変わらないものについて同じようなことばかり書くことなので。それは国内アニメーション作品に限らない話で。例えば今年は若い観客を中心に『変な家』が大ヒットしたわけですけど、批評家としてあの作品を評するなら、どう考えても脚本以前に設定の時点でストーリーが破綻しているし、一時期のコミック原作の量産型ティーンムービーと比べればまだマシですが演出も相当拙い。YouTubeにおけるコンテンツの浸透度だとか、学校での口コミだとか、ヒットの理由はいくらでも分析できるけど、根っこの部分で『これは手強いぞ』という作品がそうやって出てくるわけです。でも、そういうことを考えるのは楽しいし、そこで個人の歴史や過去の仕事を背負った葛藤が文章になっていれば、AIには提供できない読み物のおもしろさは残るんじゃないかな」

撮影/黒羽政士
撮影/黒羽政士

下田「私自身、『パンデミック中、日本市場が世界で唯一健全さを保っていた』っていう海外からの言説を耳にするまでは、いろんな局面で日本の映画興行の不健全さを感じていたんですけど、繰り返しになりますが、人が集まっていることが一番大事なことなんだと思うようになりました」

宇野「まあでも、正直な話、若い世代に対しては、今後映画館で観られる作品の選択の幅が減っていくとしか思えないような環境になってしまった現状に責任を感じずにはいられない。僕も、下田さんも、業界の構造にいろいろ目をやって、できる範囲で改善はしようと思ってやってきた15年だったけど、力が及びませんでした」

下田「こんな結論でいいんでしょうか?」

宇野「その責任を背負いながら、これからも粛々と自分たちのできる仕事をしていくしかないですね(苦笑)」

下田「そうですね。今日はありがとうございました!」

取材・文/下田桃子(MOVIE WALKER PRESS編集長)

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