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高橋一生と石橋静河の“美声合戦”が最高だった…ドラマ『ブラック・ジャック』の勝因とは? 令和版実写化、考察&感想レビュー

  • 2024.7.3
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ドラマ『ブラック・ジャック』第1話 ©テレビ朝日・東映

手塚治虫の名作漫画を原作とするスペシャルドラマ『ブラック・ジャック』(テレビ朝日系)が、2024年6月30日(日)に放送された。原作ファンのライターが、主演を務めた高橋一生の演技、物語構成など、多角的な視点で内容を振り返る。(文・田中稲)【あらすじ キャスト 解説 考察 評価】
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【著者プロフィール:田中稲】
ライター。アイドル、昭和歌謡、JPOP、ドラマ、世代研究を中心に執筆。著書に『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)『昭和歌謡出る単 1008語』(誠文堂新光社)がある。CREA WEBにて「田中稲の勝手に再ブーム」を連載中。「文春オンライン」「8760bypostseven」「東洋経済オンライン」ほかネットメディアへの寄稿多数。

ドラマ『ブラック・ジャック』第1話 ©テレビ朝日・東映
ドラマ『ブラック・ジャック』第1話 ©テレビ朝日・東映

6月30日(日)に放送された、高橋一生の『ブラック・ジャック』。いまだ予想外の「すごかったなあ」感に包まれている。放送前から期待値は高かったのだ。というのも、秋田文庫版の原作第7巻をオマージュしたというメインビジュアルの素晴らしさ! ネットニュースで上がってきた時、ガッツポーズして「完璧かよ…」と呟いた。そのアイデアにやられ、たんすの奥に手を伸ばし、何十年ぶりに秋田文庫版『ブラック・ジャック』を掘り起こすに至った。

あったあった! 真っ黒な表紙に、リアルイラストレーター・西口司郎さんが描いた、リアルなブラック・ジャック。照らし合わせてみるが、高橋一生さん、ものすごく似ている!! ピノコ(永尾柚乃)の再現度も高く、いいぞいいぞ、この2人なら、実写化『ブラック・ジャック』も楽しみだ、と思っていた。

ところがいざドラマが始まると、2人だけでなく他キャストもすごかった。冒頭、私を釘付けにしたのは、ノーマークだった味方良介である。「手塚マンガから出てきましたよね!?」とテレビに話しかけてしまった。

法務大臣の息子でありながら危険ドラッグ中毒というヤバい奴、古川駿斗役を演じている。髪型も原作によせており、キャラクターそのまんまであった。『大奥Season2幕末編』(NHK総合、2023)の勝海舟役も好きだったが、私の中で味方良介の存在感が増し増しである! 出番は決して多くなかったが、味方があの役を演じたからこそ、このドラマは深みが出たと言いきりたい。

ドラマ『ブラック・ジャック』第1話 ©テレビ朝日・東映
ドラマ『ブラック・ジャック』第1話 ©テレビ朝日・東映

そして高橋一生演じるブラック・ジャックは、想像以上に、人間味あふれるブラック・ジャックだった。笑顔も浮かべるし、冗談も言う。ピノコとのラブラブ度も高めだ。マンガの設定より若干ソフトだが、時々見せる高橋一生の表情は何度もマンガのブラック・ジャックと重なった。特に、ピノコを愛しそうに見るシーンなんて、「役者さんってスゴイな!」と感動したほどである。

彼がソフトな分、山内圭哉、奥田瑛二、橋爪功など、揃いも揃った豪華不気味ベテランキャストが、ブラックな空気をザワザワと漂わせている。

非情におどろおどろしくも美しい映像なのだが、昔の実写化では「ありえない」と思っていた設定やシーンが、妙にリアル。そういった意味では、原作から感じた神秘性、平成のモッくん(本木雅弘)バージョンに漂っていたパラレルワールド感はあまりなかった。

なぜだろう? その理由は、山中崇演じる伊丹弁護士のセリフが教えてくれた。「でも、考えてみりゃ世の中マンガなんだよな。カルト集団と政治団体がべったりとかさ、真っ黒に塗りつぶされた公文書とか。ドリルで証拠文書を破壊ってのもあったな。マンガみたいな話で溢れかえってる」。

大金をもらって闇医療をする存在を描いたドラマが、リアルに「いそう、ありそう」闇の臓器提供もありそう、安楽死も身近な問題となってきている…。なるほど、そんな世の中は、マンガよりマンガになっているのかもしれない。

写真:映画チャンネル編集部
写真:田中稲

原作マンガが始まったのは、1973年。当時は「医療マンガ」というジャンルはなく、ジャンル分けとしては「恐怖マンガ」に入っていたそうだ(のちに「ヒューマンマンガ」に変更)。言い換えれば、まだ『ブラック・ジャック』がちゃんとマンガ(フィクション)に思えた頃だった、と言えるかもしれない。

その後大ヒットとなり、連載は5年(不定期連載を入れると10年)にも及ぶ。「『ブラック・ジャック』は図書室に全巻揃ってました」という方も多い。単行本を買わず学校で読みふけることができた方、羨ましい!

マンガながら、命の重さを感じさせる手術シーンの説得力はすごい。手塚治虫さんが医師免許を持っていたのは有名な話だ。1945年に大阪帝国大学(現・大阪大学)附属医学専門部に入学し、1951年卒業、1952年に医師免許を取得している。その間すでにマンガ家として活躍されていて、『鉄腕アトム』や『ジャングル大帝』の連載が始まっていたというから、寝る時間はあったのだろうかと、今さらながら心配してしまう。

ところが、『ブラック・ジャック』は手塚治虫にとって、起死回生の一作だった。1950年代は、出る作品すべてが大ヒット、質量ともに漫画家の最先端を走っていた手塚さんだが、時代が劇画ブームに移り、スランプに苦しむことになる。

ヒットは途切れ、アニメも失敗。1973年11月10日、虫プロは倒産した。その9日後、11月19日から始まったのが、『ブラック・ジャック』だったのだ。このヒットで彼は火の鳥の如く甦るのである。

ちなみに、タイトルの『ブラック・ジャック』はカードゲームの「ブラックジャック」が由来と思っていたが、違った。髑髏マークがドンとついた海賊の旗も「ブラックジャック」と呼ぶらしく、手塚治虫はそちらの意味で名付けたという。お金をふんだくり、荒っぽくメスで身体を切り刻む。そんな彼を海賊に見立てたそうだ。

ドラマ『ブラック・ジャック』第1話 ©テレビ朝日・東映
ドラマ『ブラック・ジャック』第1話 ©テレビ朝日・東映

マンガにも登場する人気キャラクター、ドクター・キリコ。マンガでは元軍医で、その経験から、死の選択肢(安楽死)も患者に用意する、ブラック・ジャックのライバル的存在である。

ドラマでは石橋静河が演じていた。目のあざを隠す眼帯、肌を極力隠した白い装束はどこか包帯を思い起させ、安楽死を請け負う彼女もまた、何か深く傷ついているイメージ。あまりにも患者への共感が強い彼女は、えみ子(松本まりか)が自分の心と対峙しているようで、トラウマと希望両方の具現化のように見えた。

ちなみに、彼女が車いすに乗った白髪の老人を安楽死させるシーンがチラッと映ったが、もしかして、あの老人がドクター・キリコで、石橋静河さん演じるキリコは2代目なのかもしれない(マンガでは、キリコには妹のユリがいる)…と思ったりもした。

私の想像は当たらない。が、続編があれば、もしかして、ドラマなりの、女性キリコ誕生のエピソードが描かれるかもしれない。観たい。

ドラマ『ブラック・ジャック』第1話 ©テレビ朝日・東映
ドラマ『ブラック・ジャック』第1話 ©テレビ朝日・東映

キリコを演じる石橋は、美しい目はもちろんだが、声がいい。やわらかで説得力のある響きを持っている。ラスト、彼女が、「でも思うのよ。放っておくと死ぬ個体を力づくで生き返らせるのは人間だけよね」と、よく通る落ち着いた声で投げかけるシーンがある。

今回のドクター・キリコの「死」の定義はきっと「心の死」である。そういった意味で、彼女が今回のドラマで一番、令和という時代を表しているのかもしれない。それでもブラック・ジャックは言う。

「生きる苦痛から逃れるために命を断ち切るのも人間だけだ。それはどこまで許されるのかね」
「…神のみぞ知る、かしらね」

このくだりは、まさに「美声合戦」。むちゃくちゃ響きのいい高橋一生さんとこれまた響きのいい石橋さんの声の相性がものすごく良く、静かな迫力があった。さらに私はこのやりとりに、思わず『JIN -仁-』(TBS系、2009・2011)を思い出した。

タイムスリップして人の命を助けることで歴史が変わるのでは、と悩む南方仁(大沢たかお)に、佐久間象山(市村正親)がこう叫ぶシーンがあった。

「もし、お前のやったことが意にそぐわぬことであったら、神は容赦なくお前のやったことを取り消す。救え、心のままに、救え!!」

参った。『JIN -仁-』まで、また観たくなってきた…。手塚治虫は、著書『ガラスの地球を救え』(光文社文庫)で、「『ブラック・ジャック』は医療技術の紹介のために描いたのではなく、医師は患者に延命治療を行なうことが使命なのか、患者を延命させることでその患者を幸福にできるのか、などという医師のジレンマを描いた」と記している。

そんな『ブラック・ジャック』の名エピソードを重ねた今回の実写化は、「マンガみたいな世の中」に置かれた生と死の狭間を、改めて感じることができた。琵琶丸(竹原ピストル)の歌う「一夜」と、あの迷宮に入ったような妖しげなBGMが、今も頭の中で、ぐるぐると響いている。

(文・田中稲)

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