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『海のはじまり』の結末は、伏線通り? “弥生”の名前に隠された意味とつながり

  • 2024.9.18
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 (C)SANKEI

月9ドラマ『海のはじまり』第9話で描かれた百瀬弥生(有村架純)の“海(泉谷星奈)の母親にならない”という選択。弥生は、自分の意思で夏(目黒蓮)と海の家族にはならないことを決めたが、第1話での会話やキャラクターの名付けが、弥生の行く末の伏線になっていたように感じる。

弥生が初めて自分を優先して決めたこと

弥生が自分のためにした“母にならないが、海の味方でいる”という選択は、弥生が初めて自分を優先した選択ではないだろうか。第3話で描かれたように、弥生にも中絶経験がある。当時の彼氏に妊娠をつげたときの、ほんの少し嬉しさが混じる声色、注文していたカフェインレスコーヒーから、弥生は子どもを産みたいという気持ちが多少なりともあったことが伺える。

しかし、当時弥生のそばにいた人たちは、弥生の言葉を借りれば「自分の考えだけポンっとそこに置いていなくなってしまう人」ばかりだった。だれも弥生の“産むか産まないか悩みたい”という気持ちに寄り添ってくれなかった。弥生が産婦人科のノートに残した「他人に優しくなりすぎず、物分かりのいい人間を演じず、ちょっと無理をしてでも、自分で決めてください。どちらを選択しても、それはあなたの幸せのためです」という言葉は、周りを優先して中絶を決めた自分に後悔があったから出てきた言葉だろう。

そんな弥生は、現在の彼氏・夏の娘である海と出会うことになる。出会った当初、弥生は海の母親になることに前向きだったが、水季が羨ましいという気持ちが弥生の中に積もっていく。弥生は自分の幸せを優先して、海の母親=水季と同じ役割にはならないことを決めた。家族ではないが海を大切に思う大人としてそばにいることを、弥生は自分で選んだのだ。

「(冬眠とは)夏がお迎えくるまでひっそりしていること」

夏、水季、海。彼らの名前の繋がりはとてもわかりやすい。特別編の『恋のおしまい』でも、水、季節、夏、から連想される言葉だからこそ、娘に海と名付けたことが伺える。

第1話で夏と水季が互いに見せ合っていた動画のなかで、水季は「夏が好きだから」と海に語り、「海が好きー」と夏に向かって叫んでいた。また、水季は、「(冬眠とは)夏がお迎えくるまでひっそりしていること」と海に教え、その後「夏じゃない春か」とも話している。

水季が冬眠について話しているように、海の元には夏が迎えにきた。また、この言葉からは、水季が春を優先して夏という季節を言及するほど、夏を待っており春を待っていないともとれる。夏と海の家族にならないという選択をした弥生の名前は、春である3月の和風月名と同じ。また、水季と付き合いかけながらもあくまで他人としての距離間で接していた津野晴明(池松壮亮)もまた、春を思わせる名前の持ち主である。水季が冬眠について語っていた言葉は、弥生と津野が、夏や水季、海と家族としてのつながりを持たないことの伏線だったともとれるだろう。

キャラクターの名付けから家族にならないという選択が示唆されていたにしろ、弥生と津野は、海にとって味方になってくれる大人であることに違いない。『海のはじまり』は、親や家族の繋がりの特別さをさまざまな角度から痛烈に描きながらも、友達や先生、昔からの知り合いといった確実にそこに存在する人と人のつながりや、子どもに愛情を注ぐ大人の姿を表現しているのだ。



ライター:古澤椋子
ドラマや映画コラム、インタビュー、イベントレポートなどを執筆するライター。ドラマ・映画・アニメ・漫画とともに育つ。X(旧Twitter):@k_ar0202