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『ブラック・ジャック』実写化史上、最も完璧だったキャストは? 手塚治虫の名作、悲喜こもごもの映像化の歴史を徹底解説

  • 2024.7.2
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『ブラック・ジャック』実写化の歴史【getty Images】
高橋一生
ブラックジャック役を演じる高橋一生Getty Images

2023年6月30日、手塚治虫の名作『ブラック・ジャック』の実写版がテレビ朝日系列で放映された。

本作は当初、ブラック・ジャックの宿敵であるドクター・キリコに女性である石橋静河がキャスティングされるなど、原作の大胆な改変が大きな話題となっていたが、蓋を開けてみるとさまざまな原作のエピソードが盛り込まれており、原作に対するスタッフ陣のリスペクトが存分に感じられる仕上がりとなっていた。

そして、注目は、ブラック・ジャック役の高橋一生の演技だろう。『岸辺露伴は動かない』シリーズ(2020~2024、NHK総合)で一世を風靡した高橋だけに、無骨な雰囲気や硬い表情も含め、見事に原作のブラック・ジャックを体現していた。また、ブラック・ジャックの「助手」であるピノコ役を演じた永尾柚乃もかなりのはまり役だった。

とはいえ、これまでの『ブラック・ジャック』の実写化の歴史は、どちらかというと「黒歴史」で、今回の実写化は上手くいった方だといえるだろう。今回は、そんな『ブラック・ジャック』実写化の歴史を紹介しよう。

●生命倫理を問う手塚治虫の最高傑作

まずは、『ブラック・ジャック』について紹介しよう。

本作は、1973年から1983年にかけて『週刊少年チャンピオン』に連載された医療漫画作品。作者は「漫画の神様」と呼ばれた戦後日本のストーリー漫画の第一人者・手塚治虫で、主人公は、顔に傷がある天才外科医・間黒男(通称ブラック・ジャック)だ。

ブラック・ジャックは無免許ながら世界一の腕を持っており、実際彼にしか治せない病気も多い。そのため作中では多くの患者たちが藁をもすがる思いでブラック・ジャックのもとを尋ねる。

とはいえ、ブラック・ジャック自身もすんなりと要求を飲み込むわけではない。彼は手術と引き換えに、患者に数千万円単位の手術料を要求。相手が拒否したり怒り出したりするや、あっさりと断ってしまう。

ゴッドハンドを持ちながらも、無免許で法外な手術料を要求するブラック・ジャックは、医学界では「ならずもの」扱いされている。しかし、意外にも彼は、義理人情に厚く性根は優しい。例えば第193話「がめつい者同士」では、生きる望みを失って心中した工場長一家をなんと「50円改め30円」で手術している。手術料に彼の思想が現れるのは彼が無免許だからこそだろう。

さて、そんなブラック・ジャックを語る上で欠かせないのが、ブラック・ジャックの「助手」をつとめるピノコだ。舌足らずな口調でブラック・ジャックをサポートする彼女は、女性の患者の卵巣の奇形腫に入っていたパーツから誕生した女の子で、本来は患者の「双子の妹」になるはずだった存在。患者から受け入れを拒絶されて以降は、ブラック・ジャックと生活をともにしている。

なお、物語としては全体的に人間の生命倫理を問うような物語が多い。その象徴的なキャラクターがドクター・キリコだろう。彼は、瀕死の患者の安楽死を生業とする医師で、いわばブラック・ジャックのネガ的存在だ。謎めいた存在である彼は、作中で何度もブラック・ジャックと対立する。医学の博士号を持つ手塚だけに彼の死生観が色濃くにじみ出ているのだ。

宍戸錠【Getty Images】

『ブラック・ジャック』初の実写版となった『瞳の中の訪問者』で主役を演じた宍戸錠【Getty Images】

さて、そんな『プラック・ジャック』が、当初は「恐怖コミックス」という触れ込みで連載されていたと聞けば驚かれる方も多いかもしれない。

確かに初期作品には、人間を手術で鳥に変える第5話「人間鳥」や大脳を胸に移植された鹿が人間を襲う第11話「ナダレ」など、猟奇的でグロテスクな描写が多かった。しかも、本作が連載を開始した1970年代は、『ゲゲゲの鬼太郎』(水木しげる)や『恐怖新聞』(つのだじろう)といったオカルト漫画全盛の時代で、医療漫画はまだジャンルとして確立されていなかった。本作を“恐怖コミックス”といっても違和感はないのだ。

さて、はじめて実写化された映画作品である映画『瞳の中の訪問者』(1977)でも、原作のオカルトチックな雰囲気が引き継がれている。脚本は、大河ドラマ『独眼竜正宗』(1987)で知られる名脚本家、ジェームス三木で、監督は『時をかける少女』(1983)や『青春デンデケデケデケ』(1992)で知られる名匠、大林宣彦。そして、ブラック・ジャックを演じるのは、“エースのジョー”として親しまれたアクションスター、宍戸錠だ。

原作となった物語は、ブラック・ジャックの手で角膜移植手術を受けた女性(映画版では片平なぎさが演じている)が、角膜に映った男性の幻に心を奪われるという「春一番」(第167話)。女性の初恋を描いた傑作だが、映画版ではチープな音楽とクサいセリフも相まって、全体的に2時間サスペンスもののような出来になってしまっている。

そして、最大の問題はブラック・ジャックのメイクだろう。ブラック・ジャックといえば顔の左半分を覆うつぎはぎの皮膚がトレードマークだが、本作のブラック・ジャックの皮膚は青色で、あまりにもオカルトに寄せすぎている。これには映画を観た手塚も「こんな人間がどこにいる!」と苦情を叫んでおり、本編でもピノコを通して「先生キヤイ! 先生の宍戸錠!」と実に率直に気持ちを吐露している。

とはいえ、本作が明らかな失敗作であることは監督の大林自身もうすうす気づいていたようで、後に「映画じゃない映画」とまでこき下ろしている。

大林宣彦
宍戸錠版の監督を務めた大林宣彦Getty Images

さて、宍戸錠版の脚本を担当したジェームス三木は、その後松竹株式会社に企画を持ち込み、連続ドラマ化にこぎつけている。彼がブラック・ジャック役に新たに指名したのは、加山雄三。当時、若大将シリーズで一世を風靡していた名俳優だ。とはいえ本作、重々しい加山の演技も相まって、全体的におどろおどろしい雰囲気で、前回の宍戸錠版よりも一層怪奇色が強まっている。

特に印象的なのはオープニングだろう。テクノ界隈でカルト的な人気を誇ったヒカシューの音楽を背景に合わせて、白塗りのダンサーたちがクネクネと踊り出す。そこに、「ある人は愛の伝道師と称え、ある人は冷酷な守銭奴と呼ぶ…」という田中邦衛のクサいナレーションが続き、スモークの中、ブラック・ジャックが黒いマント(なんとコシノジュンコがデザインしている)を翻して登場する。

決めゼリフは「この世に果たしてロマンはあるか?人生を彩る愛はあるか?」だ。これでは、医療漫画ではなく、『バットマン』かなにかと勘違いしてしまいそうだ。

ついでに言えば、本作に登場するブラック・ジャック、表の顔は画廊を経営する実業家の坂東次郎で、必要な時だけマントを羽織って登場する。昼と夜で別の顔を持っているのだ。しかも、本作では、ブラック・ジャックの助手など、原作に登場しないキャラクターが数多く登場しており、代わりにドクター・キリコをはじめとする原作の主要キャラクターが登場しない。かなりオリジナル色が強いのだ。

とはいえ本作、物語自体はかなり原作に準拠しており、原作のヒューマニズムもしっかり受け継がれている。加えて、前田吟や池上季実子、江波杏子など、各話に登場する役者陣も豪華だ。原作を踏まえた上で改めて観てみると面白いかもしれない。

本木雅弘Getty Images

さて、実写化の歴史の中でも最も評価が高いのが、1996年に公開された隆大介版の『ブラック・ジャック』だ。メガホンを取ったのは小中和哉。宍戸錠版の監督である大林宣彦に私淑し、平成ウルトラマンシリーズを多く手がけてきた監督だ。

隆大介版の最大の評価ポイントは、原作に忠実であるという点に尽きる。特に、ピノコの誕生を描いた回は秀逸だ。奇形腫を切除しようとしたブラック・ジャックが謎の頭痛に見舞われるシーンは、小中が培ってきた特撮ならではの映像感覚で、オリジナルを見事に再現している。

また、役者陣の演技も魅力の1つだ。特に、ピノコ役の田島穂奈美は、まるで漫画からそのまま出てきたかのような演技で、視聴者を魅了すること間違いない。また、ブラック・ジャック役の隆大介や、ドクター・キリコ役の草刈正雄も、原作をトレースしたような見事な演技を披露している。

そして2000年。21世紀最初のこの年に制作されたのが、TBS系列で複数回単発ドラマとして放送された本木雅弘版のブラック・ジャックだ。監督は『金田一少年の事件簿』(1995~1996、日本テレビ系列)や『ケイゾク』(1999、TBS系列)で一世を風靡した演出家・堤幸彦。出演者には、本木のほかに永作博美や柴咲コウ、いかりや長介、森本レオら豪華キャスト陣が名を連ねている。

本作の最大の特徴は、「堤幸彦作品である」ということだ。歪な構図に手持ちカメラの多用、そしてシリアスな雰囲気の中で繰り出されるシュールなギャグといった堤作品の作風は本作でも健在だ。特にコミカルな描写に関しては、主人公であるブラック・ジャックも例外ではなく、メスで刺身を切ったり、電子レンジでゆで卵を作ろうとしたりと、半分コメディリリーフ化している。

また本作は、第1作が完全なオリジナルストーリーだったり、ピノコが双子として登場したりと、オリジナル要素が強い作品でもある。そう考えると、本作は、『ブラック・ジャック』の世界観を換骨奪胎した堤幸彦作品と言った方が正しいのかもしれない。

岡田将生【Getty Images】
岡田将生Getty Images

さて、最後に紹介するのは、2011年に日本テレビ系列で単発ドラマとして放送された『ヤング ブラック・ジャック』だ。ブラック・ジャック役は『ホノカアボーイ』(2009)や『ドライブ・マイ・カー』(2021)で知られる岡田将生。監督を『NANA』(2005)や『黒執事』(2014)などの漫画実写化が多い大谷健太郎が務める。

『ヤング ブラック・ジャック』のタイトルどおり、本作で語られるのはブラック・ジャックの過去、いわば前日譚だ。

実はブラック・ジャックは、幼い頃に母親と共に不発弾の爆発に巻き込まれ、重傷を負っている。この事故は、不発弾が埋まっていた土地の地主が早く土地を売るために業者に賄賂を渡していたのが原因によるものだった(ドラマでは、市街地での爆発事故による被災)。この事故により母親は死亡。ブラック・ジャックの方は、名医である本間丈太郎の治療と死に物狂いのリハビリの経験によりなんとか一命をとりとめるものの、皮膚移植に伴う傷とショックによる白髪が後遺症として残ってしまった。

なお、ブラック・ジャックの顔の色が一部違う理由もこのときの事故に起因している。皮膚移植の際、日本人と黒人のハーフだった親友のタカシが、自らの臀部の皮膚を提供してくれたのだ。ちなみに、タカシはその後アフリカで反政府ゲリラに参加し、自らの命を散らしている(第92話「友よいずこ」)。つまり、ブラック・ジャックの半生は、血と恩讐にまみれたものだったのだ。

とはいえ、当時20歳そこそこの岡田が、果たしてこれほどまでに重いテーマを演じ切れているかというとはなはだ疑問だ。また、「正統派イケメン」である岡田には、原作に見られる人間臭さやアクの強さが薄く、正直ミスキャストと言わざるを得ないだろう。

なお、同年にはブラック・ジャックの前日譚を描いた同名の漫画(脚本:田畑由秋、作画:大熊ゆうご)が『ヤングチャンピオン』で連載開始している。そう考えると岡田将生版の『ブラック・ジャック』は、漫画版とのタイアップによって制作されたドラマだったのかもしれない。

さて、ここまで5作品の実写作品を観てきたが、どの作品にも共通する点は、良くも悪くも「作品それぞれに個性がある」ということだ。これは、ひとえに、手塚が遺した原作の、汲めども尽きせぬ豊饒さゆえのものだろう。

誕生から四半世紀にわたり、読者を魅了してきた『ブラック・ジャック』。今後はどのような形で実写化されるのか。次の機会を首を長くして待ちたい。

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