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「願望がない」それだけのことなのに。背後から忍び寄る小さな後ろめたさ

  • 2024.7.1
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「孫プレッシャー」というとちょっと言葉が強いような気がする。そこまでの圧があるわけじゃない。でも、父がずっと孫を欲しがっていることは紛れもない事実で、私は度々物哀しい気持ちになる。

◎ ◎

父が孫を望んでいると最初に知ったのは、入籍前に初めてパートナーの彼を連れて実家に帰ったときのことだった。

父とは時々連絡を取り合っていたけれど、恋人がいることも、すでに同棲して1年が経っていることも、一切話していなかった。隠していたわけではなかったけれど、なんとなく気恥ずかしくてなかなか言い出すことができず、ずるずると先延ばしにしていた。そのせいで、結婚+彼氏の存在+同棲中と一度に3つの報告をしなければいけないことになってしまった。

慣れ親しんだ実家のリビング。隣に座るスーツ姿の彼の緊張がほぐれてきた頃、「てっきり子どもでもできたのかと思った」と笑いながら父に言われ、「え、違う違う」と私も笑いながら否定した。何の前触れもなく報告したから、そう思われてしまっても無理はないかとそのときは思った。先延ばしにしていた私が悪い。

しかし、その後も父は、ゆくゆくは私と彼の間に子どもができることを前提とし続け、その子どもも含めた未来予想図を嬉しそうに喋り始めた。「うちでバーベキューをやろう。子どもが喜ぶぞ」うきうきとした様子で子ども子どもと重ねて口にする父の姿が、近くにいるはずなのに遠く感じた。結婚と子どもがセットになる考え方そのものは決して驚くものでもないし、むしろ世の中的にはまだまだ多数派だろうということは頭ではわかっていた。それでも、大きく揺さぶられた。「私、子どもを作ろうとは全然思っていないんだけど」とはっきり表明してしまいたかったけれど、その場には父だけでなく伯父や伯母が同席していたこともあり、言えなかった。話の腰を折るようなこともしたくはなかった。

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私にとって、「結婚」「子ども」双方に対する願望はまるきり種類が違う。そして、子どもを欲しいと思わない気持ちは、今だけのものじゃない。きっと、この先も思うことはない。もちろん人間だから、何かのきっかけで考えが変わることはあるかもしれない。けれど、こと子どもに関しては、よっぽどの出来事が起こらないと気持ちがひっくり返ることはないんじゃないかという確信めいた予感があった。

孫を待ち望む気持ちを私の前で父が直接口にしたのは、例の挨拶の場だけだ。
でも、結婚してしばらく経って、いつだか夫とともに実家に顔を出した際、私がお手洗いに行くために席を外したところで「それで、子どもは?」と父が夫に訊いてきたそうだ。何の脈絡もなく突然訊いてきたから、私がいない時を狙ったのだろう。「こればかりは、タイミングといいますか。今はお互い仕事を頑張りたくて」と、夫はそれとなく濁したらしい。「いきなりだからちょっとびっくりしちゃったよ。まりちゃん早くトイレから帰ってきて…ってめっちゃ祈ってた」と苦笑する夫からその話を後々聞かされた私は、「何で私に直接訊かないんだろう」と戸惑った。男親から娘に対して質問しにくい内容だということは、わかるにはわかるけれど。

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つい最近だと、夏に結婚式を控えている妹のドレスの試着に付き合った際、実家に立ち寄った時のこと。ソファに並んで腰掛けた私と妹、そしてテーブルを挟んだ向かいに座る父。父は、妹のほうだけを見て「子どもは?」と訊いた。

妹は私と違い、子どもが欲しいと純粋に思っているタイプだ。「あのね、今は結婚式のことで忙しいの。ちょっと放っといて」とその場ではぴしゃりと父を一蹴していた妹だけれど、いずれは母になっていくのだろうと容易に想像ができた。同じ空間にいる私は、何だか透明人間になったような気持ちに静かに襲われた。
願望がない。ただそれだけのことなのに、ひたひたと背後から忍び寄ってくる。小さな、されど色濃い後ろめたさが。

父は、もう薄々勘づいているのかもしれない。私があまり子どもを欲しがっていないということを。
本当の気持ちを洗いざらい話してしまいたい衝動は、結婚の挨拶に行ったあの日からずっと燻っている。でも、「全部を正直に言うのはやめといたほうがいいと思う。少なくとも今は」と、夫からやんわり止められている。

確かに私が子どもを欲しいと思わない理由は、父にとってはあまり気持ちのいいものではないだろうし、もしかしたら理解もされないかもしれない。自己否定的で、自罰的で、母への嫌悪も含んでいるように受け取られてしまう可能性があるからだ。父と母は折り合いが悪くて長い間別居状態だったけれど、母を亡くしている今、父が母のことを悪くいうところはほとんど見たことがない。むしろ、平和にひとつ屋根の下で暮らしていた昔のことを懐かしんでいる様子が見受けられる。私の発言のせいで、父や母を傷つけるようなことはできるならしたくない。だから、仮にいつか父に対して自分の本音を話すにしても、相当言葉を選ぶ必要があることを覚悟している。

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「子どもは作らない」という考えが変わらない以上、父の望みに応えることは永遠にできない。そう思うと淋しさが募るけれど、だからといって父のために子どもを産もうとも思えない。子どもを作る理由を子どもの外に置くのは、個人的に抵抗がある。
きみに、会いたいから。「やっほー、やっと出てきたね」と、きみに笑いかけたいから。日々にあふれるたくさんの景色を、きみと一緒に見つめていきたいから。子どもを作るなら、どこまでもそうまっすぐに思える自分でいたい。

もう私に期待はしていないのかもしれないけれど、お父さん、ごめんね。私が孫の顔を見せてあげることは、きっとできない。
その代わり、にはならないかもしれないけれど、定期的に実家に顔を出すようにするし、いつも宅配で送ってくれる野菜もなるべく食べ切るようにする。こないだ届いた玉ねぎとじゃがいもは想像以上の量だったから「いや多すぎだよ」と思わず呟いちゃったけれど、でも、ありがとう。

こんな娘でも、いつも、気にかけてくれて。
本当にありがとうね。

■こじまりのプロフィール
東京在住のライター。不登校、抑うつ、適応障害の経験あり。HSP気質。話すことは苦手だけど、書くことでなら想いを昇華させられると信じて早20年。ことばがあれば、きっと泳いでいける。

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