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sumika片岡健太のエッセイ連載「あくびの合唱」/ 第3回「台湾で鳴る」

  • 2024.6.30
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こんにちは。片岡健太と申します。神奈川県川崎市出身。sumikaというバンドでボーカル&ギターと作詞作曲を担当しています。2022年6月に『凡者の合奏』という自身の半生を振り返る内容の本を出版して以来、約2年ぶりにエッセイを書かせて頂くことになりました。

2024年5月、生まれて初めて台湾にやってきた。 旅行ではない。 バンド史上初の海外ライブをするためである。

毎年大阪で開催されている「OSAKA GIGANTIC MUSIC FESTIVAL」というライブのスピンオフイベントとして、緑黄色社会、Penthouse、sumikaの3バンドで出演するのだ。 文字にしたここまでの数行で、もう楽しげである。 当事者として、さぞかし高揚しているように思われるのではないだろうか。 しかし、本当の僕の気持ちは、誰にも言えやしない。 緊張しすぎて、今すぐ逃げ出したかった。

海外でのライブには昔から興味があった。 子どもの頃から聴いていたバンドが、当たり前のようにワールドツアーをやっているのに憧れていたのだ。言語も文化も違う場所で、自分たちの音楽がどれくらい通用するか挑戦してみたい。そんな心算を数年前からメンバーやスタッフにしていたから、今回このようなイベントに誘ってもらえたんだと思う。まさに願ったり叶ったりだ。 しかし、夢と現実の間には、いつも高いハードルがそびえ立っているのだ。

「あの子とデートに行けたらどれだけ幸せだろうか」と夢想して、いざ行けることになったら猛烈に緊張しはじめ、「やっぱり行くのが怖い」となった過去がある。 「Mステに出たい」と言い続けて、念願の初出演が決まった瞬間「なんだか逃げ出したい」と思ったこともある。

夢が現実になりそうなとき、いつだって怖くなるほど緊張した。今回もそれと同じだ。

加えて、今回の台湾ライブは高雄、台北と2公演あり、初日はトップバッターで、2日目はトリという絶対に失敗できない出演順に任命してもらっている。sumikaは最年長なことも手伝い、“絶対的お兄ちゃんポジション”で成功しないといけない使命感を勝手に背負い込んでいた。当然、緊張感は増してくる。

「どうしよう」

空港から市内まで移動するバスの車窓から、ため息と共に不安を外に吐き出した。

宿泊先のホテルに着いてもなかなか落ち着かなかったので、散歩に出掛けることにした。 30分ほど歩いたら、意図せず海水浴場に辿り着いた。人はまばらにいる程度で、隠れた名所感がある。打ち寄せるさざなみをしばらく見ていると、少しだけ心が落ち着いた。その時である。

「あ!」

右方向から声がした。 顔を向けると、2人組の女性が立っていた。そのうちの1人が僕を指差して、なにやら慌てている。 自分が知らない台湾のルールがあって、無意識のうちに何か罪を犯してしまったのだろうか。同じように僕も慌てていると、その女性が近くに寄ってきて、スマホの画面を差し出してきた。

おそるおそる画面を見ると、

「明日初めてsumikaのライブを観ます。とても楽しみにしています」と書かれていた。

翻訳アプリを介して書かれた文字を、高速で何度も読み直した。 理解が追いつくにつれ、自分の心臓の鼓動が、比例して速くなっていくのを感じる。 言語も文化も違う、遠く離れた場所で、僕らの音楽を見つけ出してくれた。こんなに嬉しいことはない。 ライブの予習用に練習していた「多謝(ドーシャー)」という言葉を伝えた後に、僕たちは握手をした。 握手をした際に、彼女の手が震えていることに気付いた。

僕らは同じ気持ちで通じ合っている。 大切だから緊張するのだ。 失っても怖くないようなものには、そもそも緊張なんてしない。

落ち着かない気持ちを認めながら、ホテルに向かって歩きはじめた。 きっと明日は良い日になる。 怖いくらい緊張しているのだから。

ダ・ヴィンチWeb
撮影=片岡健太

編集=伊藤甲介(KADOKAWA)

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