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独身は職場で半人前扱い…「指輪」のために恋愛・セックス無しの"友情結婚"をしたアセクシャル女性の8年後

  • 2024.6.30

恋愛や性行為などの性愛関係を必要としないアセクシャルを自認する46歳女性は、勤務先での“結婚圧”に生きづらさを感じていた。指輪のために友情結婚をした相手との8年間の結婚生活を経て、行きついた境地とは――。

婚約届と一対の結婚指輪
※写真はイメージです
家の中で夫と極力出くわさないようにしている

「彼が家にいる時、何で私、このおじさんと一緒にいるんだろうって思ってしまう」

杉山千紗さん(仮名、46歳)の口から、思わず本音が漏れた。手応えのある仕事に邁進し、転職を経てキャリアアップを続ける杉山さん。機知に富んだエスプリの効いた語り口に、聡明さを感じる女性だ。千沙さんは戸籍上の夫と同居して8年、「離婚し損ねての、今」と自嘲気味に語る。

コロナ禍でお互いがリモート勤務になり、四六時中、家にいるようになった時は、あまりの苦痛に結婚に限界を確信したものの、数年前から母親の介護で夫が基本、実家暮らしとなったため何とか、現状を維持している。

夫はたまに、出社の必要がある時はマンションに帰ってくるが、千紗さんは基本、顔も見なければ、口もきかない。用事があればメールで、「今日、出社するので、7時半までに洗面所を空けてください」などと伝える。食事はとっくの昔からお互い孤食、リビングやキッチン、トイレなど共用部分では極力、出くわさないように相手の行動パターンを読んで生活するのが常だ。

「彼の歯磨きをする音がすごく汚くて、イライラしちゃうので、ホワイトノイズを発生させる装置を買って、彼が家にいる時は必ずつけています。咳をする音とか、リモート会議で喋っている声もうるさいので」

友情結婚のための結婚相談所

一つ屋根の下、ホワイトノイズの力を借りて、千紗さんは夫を極力いないものにして暮らしている。別にこれは、別居直前の夫婦の話ではない。そもそも、最初からこうだった。

千紗さんは自身を「アセクシャル」という、恋愛や性行為などの性愛関係を必要としないセクシャリティの人間だと自覚する。そんな千紗さんが選んだ「結婚」が、恋愛・セックス無しの、通称「友情結婚」だった。相手は、自称ゲイ。30代後半で友情結婚のための結婚相談所「カラーズ」に入会し、本格的に婚活を始めたが、友情結婚の婚活は基本、条件のすり合わせとなる。同居か別居か、子どもが要るか要らないか、外に恋人を作っていいかどうかなどを確認し、お互いに合意できれば成婚に至るという、完全な契約結婚だ。

キスが気持ち悪い

千紗さんは10代の頃から、恋愛についてずっと違和感があった。

「少女漫画で育ったので、いつか恋愛するという思い込みがあって、高校で彼氏を作ってみたけど、全然、楽しくない。キスとか何がいいの? って。迫られて仕方なくしたけど、どちらかといえば、気持ち悪い」

大学生になり、女友達が恋愛に夢中になっていくのが理解できなかった。それでも、周りから言われる「まだ、いい人に出会っていない」説を信じていた。社会人になっても、「もっといい人がいれば、うまくいくんじゃないか」という期待から、彼氏を作ってデートをしたものの、ちっとも楽しくない。

「恋愛を知らないのは子どもだというプレッシャーがあって、ちゃんとした大人にならないといけないという焦りがありました。性行為の経験がないのも普通じゃないし、相手もやりたがっているから、この辺で一回やっておこうと思ったけど、思った以上に不愉快な経験で、いやいや、無理無理って強引に停止して、『悪いけど、帰るね』って帰ってきた。性行為って冷静に考えると、服脱いで触ってとか、間抜けな状態。私、何、やってんだろう? この時間って、何? って。我慢すればできたけど、そこまでして、やる意味を感じなかった」

ベンチに座って会話をしている男女
※写真はイメージです
アセクシャルという言葉に出合って解放された

どうして、こうなのか。「恋愛 できない」でネット検索しまくったところ、「アセクシャル」という言葉に出会った。30歳の時だ。

「あれ? 私ってこれなのかもって、突然、気づいたんです。アセクシャルは恋愛をしない、性的な接触を必要としない人たち。この概念に出会ったことで、私みたいな人が一定数いることがわかって安心しました。そういう人がいてもいいんだよと、やっと思えた」

これまで、何を足掻いてきたのだろう。彼氏を作るまでは頑張るものの、付き合うとなると一気に落ち込む。この人とデートをすると思うと、気が重い。実際、デートしても楽しくない。そりゃあ、そうだ。恋愛というマジックがあればこそ、異性とのデートは楽しいものであって、恋愛マジックが無ければ、たとえいい人でも、共通の話題もない異性との時間は疲れるだけだ。

30代未婚女性にのしかかる「結婚圧」

千紗さんは「アセクシャル」という概念と出会ったことで、長い間、呪縛されていた「人は誰でも、恋愛するもの」という少女漫画の刷り込みから解放された。しかし、30代には更なる呪縛が待っていた。それが、「女は、結婚して一人前」という“結婚圧”だった。

「保守的なカルチャーの会社にいたので、30歳を超えると『結婚して』という圧力をひしひしと感じました。ずっと独身だと、変な目で見られる。性格に問題があるとか、仕事でうまくいっても、『独身だしねー。時間とか使えるし』と言われるだけ。そういうのが面倒くさくなって、恋愛しないで結婚できる手段はないのかと検索して、よくわからない団体のマッチングサービスを見つけました」

スマートフォンでハートマークのアイコンを押した人の手元
※写真はイメージです

男女20人ほどを集めた「お見合い」にも参加したが、なかなかうまくいかない。ここで5年間ほど活動した後、「カラーズ」ができたことを知り、面談に行き、すぐに入会した。「カラーズ」は2015年、LGBTQを含むセクシャルマイノリティの人に向け、恋愛を伴わない結婚=友情結婚を可能にする、日本初で唯一の結婚相談所としてスタートした。

あらゆるモテない条件が揃っていた

「会社の問題だけでなく、ずっと一人で生きていくのは寂しいかも、という不安もありました。友達も子どもができると家庭優先になってなかなか会えないし、私だけ独身で生きていくのは孤独になるんじゃないか。恋愛がなくても、パートナーとして信頼しあって暮らしていける人がいるんじゃないかと思い、カラーズはきちんとした仕組みがあるので入会しました。まだ、少女漫画の夢物語を信じていたんです」

「カラーズ」で友情結婚を望む男性はゲイがほとんどで、女性はレズビアンより、アセクシャルが圧倒的に多い。だが、千紗さんにはなかなかお見合いが回ってこなかった。

「30代後半で、まず年齢が高かった。友情結婚も普通の恋愛マーケットと同じで、若くて外見が良くて、年収が高すぎない女性がモテる。それと、子どもが欲しい人が圧倒的に人気がある。男性は7〜8割は、自分の子どもを欲しがる。私、子どもは欲しくなかったので、あらゆるモテない条件が揃っていました」

結婚式も新婚旅行も苦痛だった

そもそも千紗さんは一度も、子どもを持ちたいと思ったことはなかった。条件が合わず、お見合い自体の成立が厳しかった千紗さんに、「なかなかマッチングしにくい人なんだけど、どうしてもなら」と会から紹介されたのが、現在の夫だった。

「こんなに長く活動してきたのだから、結果を得ずに引き下がれない。時間と労力をつぎ込んでいたので、とても切実だった。今の結婚相手は交際期間中も合わないなと思ったけれど、私と結婚してくれるならこの人でいいと思って、うっかり結婚しちゃった」

千紗さん、38歳の時だ。結婚式も新婚旅行も楽しいどころか、苦痛に近かった。結婚に当たって千紗さんは、徹底して条件のすり合わせを行った。「お互いの両親の介護は自分が主体となって行う」「家事の分担」「お金の分担」「共通の友人ではない人を家に入れない」などの条件を文書化して、目の前で読み上げ、お互いがサインをした。

結婚式で署名をする新婦の手元
※写真はイメージです
真っ先に購入したのが指輪

結婚して真っ先に買ったのが、指輪だった。

「保守的な社風だったので、指輪で“カヤの外”から免除される。いわば、女性の仲間に入れてもらうための結婚でした。彼女たちにとってはそれが正義、独身は行き遅れという価値観。でも、転職した今の会社はプライバシーの詮索はなく、指輪の必要性も無くなっていて、あれ? 私、結婚、要らなかった? って」

結婚当初は頑張って食事を作ったが、意味がないことにすぐに気づいた。共感性のない相手と一緒に食べても、楽しくも何ともない。夫となった人は何かを決めることができず、自分の希望や意見を言語化できないことも、結婚の式場決めでよくわかった。今は彼と離婚の話をする徒労から、離婚は棚上げの状態だ。

してみて気づいた「結婚は必要なかった」という事実

「人生のパートナーを求めての結婚でしたが、結果的には無くていい。孤独でも大丈夫だとわかったし、ライフステージが変わっても友達がいなくなるわけではないので、そのままの私でいいんだと腑に落ちたんです。ただ、結婚を一度もしなかったら、結婚できなかった自分というコンプレックスを抱えていたかも。一度やってみて、要らないことが確認できたので、それよかったかな。恋愛相手でもない人と同じ家に住むのは簡単なことではないし、お互いが努力して歩み寄らないといけない。私はそこに、それほど労力をかけられなかった。あの時は切実に、結婚を必要としていたけど、女性に対する社会的圧力に巻き込まれていたと思う」

違和感はあったものの、世の「普通」に合わせようと“恋愛アタック”を試みた20代、結婚圧に抗する捨て身の“婚活地獄”を生き抜いた30代、男性が苦手なのに好きでもない男性と一つ屋根に暮らす40代。まさに、体当たりで嵐をくぐり抜け、ここまで生きてきた千紗さん。その彼女の、何と突き抜けた「今」なのか。結婚もパートナーも必要ないし、孤独も別に怖くはないと、自然体で心から思う。

「アセクシャルであることが、私にとって普通の状態。最初から、これが私のニュートラル。たまたま、世間の基準と違っているけど」

先輩だからこそ、若い世代に言えることがある。

「みんなが言っているからとか、普通はこうだからとかいうのを、引きずらないで。自分がしたいようにするのが、幸せだから。ただうっかり結婚すると、離婚は3倍難しい」

千紗さんの不適な笑みこそ、一つの希望だ。

黒川 祥子(くろかわ・しょうこ)
ノンフィクション作家
福島県生まれ。ノンフィクション作家。東京女子大卒。2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち』(集英社)で、第11 回開高健ノンフィクション賞を受賞。このほか『8050問題 中高年ひきこもり、7つの家族の再生物語』(集英社)、『県立!再チャレンジ高校』(講談社現代新書)、『シングルマザー、その後』(集英社新書)などがある。

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