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戦時中の東京宝塚劇場で何があったのか? 小林エリカ渾身の書。

  • 2024.6.30

夢の世界、宝塚の歴史に内包される、胸をえぐる真実。

『女の子たち風船爆弾をつくる』

小林エリカ著文藝春秋刊¥2,750

初めて宝塚歌劇を観たのは大学生の時。日比谷にある東京宝塚劇場で、"平成ベルばら"と呼ばれた時期の『ベルサイユのばら』を観た。それが、取り壊される前の旧東京宝塚劇場を訪れた、最初で最後の体験だ。ステージに並ぶ男役スターの圧倒的なオーラに、地方出身者の私は一気に飲み込まれてしまったのを覚えている。

その旧東京宝塚劇場で第二次世界大戦時に"風船爆弾"がつくられていたことを、私はこの本を手に取って初めて知った。そこで働いていたのは、いまの私たちと同じように、舞台の上で踊り、歌い、お芝居をする少女(いまなら"生徒"と呼ぶだろう)に憧れていた女学生。現在でも発行されている専門誌「歌劇」を読みふけり、たまにはスターである少女たちが劇場へ入る、その入出待ちをしたかもしれない彼女たち。ただ、いまの私たちと大きく違うのは、平凡だった日常に知らず知らずのうちに戦争が忍び寄り、染み込み、気が付いた時には自分たちの手で爆弾をつくるまで生活が変わってしまったことだ。

この本の主人公はひとりではない。宝塚歌劇のファンであったかもしれないし、そうでなかったかもしれない女学生たちの日常が、歌劇団に所属していた少女たちのそれと併走しながら淡々と描かれる。本の中の女の子たちに当時の状況を俯瞰で見るすべはないから、"歴史"として事実を把握している私だけが、次のページで起こる悲惨な出来事を追体験していく。だからページがめくれない。何度も息を整えながら、いまも世界のどこかで続く戦争は決して歴史の一部ではなく、いま、その場にいる人の日常であることを理解すべきだと心が震えた。そして壊され、奪われたと思っていた側が自分の預かり知らぬところで加害者になり得ることも忘れずにいたい、と。

宝塚歌劇は私にとって、大切な夢の世界だ。ただ、その夢の世界はこの地の下に眠る何万人という犠牲者の元にあることも、きちんと記憶に留めておきたい。

文:前田美保/ライター・イベントプロデューサー

大学卒業後、広告会社に入社。退社し、美容ライターとして活動を始める。美容記事のほか舞台人や宝塚OGなどへの取材記事も多数執筆。2023年より、落語イベントを開催するプロデュース業も行う。@tinamaria_mm

*「フィガロジャポン」2024年8月号より抜粋

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