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世界に2つとない特注のポットスチル

  • 2024.6.29

「北軽井沢蒸留所」オリジナルのポットスチルは、付け根がくびれたランタン型のヘッドを持つ。坂本さんが求める繊細な「カーブの美しさ」を可能にしたのは、“へら絞り”と呼ばれる特殊な金属加工技術だ。その製作シーンを現場レポート風に振り返ってみたい。

世界に2つとない特注のポットスチル

■熟練職人の“へら絞り”でスチルヘッドの美しいカーブを実現

髙橋鉸工業株式会社 外観
髙橋鉸工業株式会社 外観

2022年7月朝。
下町情緒が漂う住宅街一角の昭和チックな建屋から、金属の回転音と擦過音が聞こえてくる。この日、「北軽井沢蒸留所」のチームメンバーが、東京都江戸川区平井にある町工場を訪れていた。

蒸留所オーナーの坂本龍彦さん、設備設計担当の川波宇澄さん、蒸留所現場担当の新納啓さんが向かった先は、「髙橋鉸工業株式会社」。同社に製造を依頼していたポットスチルのヘッド部分が、いよいよ完成間近に。ハイライトともいえる成形加工の仕上げを見届けるべく、メンバーが顔を揃えたのだ。

遡ること約1年半前、自身にとって第1号作となるウイスキーのポットスチルを製作するにあたり、川波さんが注目したのは“へら絞り”と呼ばれる金属加工を主軸に、創作性豊かな製品づくりに挑むエキスパート集団「髙橋鉸工業」の技術力だった。
“へら”と呼ばれる棒状の道具を高速で回転する金属板に当て、目的の形に成形していく“へら絞り”は、精緻な手技と経験を必要とする職人仕事である。そのぶん、デザインの自由度も高く、円錐状や筒状などの曲線をもつ金属のプロダクト造りで真価を発揮する。

作業工程
作業工程

新蒸留所のポットスチルに求める条件として、坂本さんはかねてから「美しいカーブ」を挙げてきた。
「スチルの内側を気体がつたって、ゆっくりと回っていくのを想像するだけで楽しい。そのイメージを喚起させてくれるカーブが欲しいんですよ」と言葉に熱をこめる。
「見て美しいカーブであることが大前提としてある。でも、それは、ほんの数ミリの角度の違いによって変わるものかもしれなくて。自分の感覚的に『これがベスト』といえる微妙なアールの定点を選びたいんです」

「髙橋鉸工業株式会社」の代表取締役、髙橋雅泰さん
「髙橋鉸工業株式会社」の代表取締役、髙橋雅泰さん

そんなとりとめのない要望にも、13人の精鋭職人を擁する“チームへら絞り”は全力で応えてくれた。同社にとってもポットスチルは初めて手掛ける製品だが、自ら現場で陣頭指揮を執る三代目社長、髙橋雅康さんは「難しいほど燃えますからね(笑)。若手社員のためにも、新しいチャレンジはむしろ歓迎したい」と頼もしい。

スチルヘッドの形をした木型
スチルヘッドの形をした木型

本作業に入る前に、一行の前にスチルヘッドの形をした木型が運ばれてきた。銅板を当てて密着させ、成形加工する際の土台となる型だ。
「ブビンガの丸太を削って、この形に。木型づくりだけで何日もかかります。金属の型よりコストは安いけれど、加工の技術的には難しく、職人の腕の良し悪しがはっきり出ます」と髙橋さん。

作業工程
作業工程
作業工程
作業工程
作業工程
作業工程

円形に切り抜いた銅板が木型とともに絞り台にセットされ、旋盤が回り始めると、金属のヘラを手にした職人が登場。脇に挟んで固定させたヘラを、高速回転する銅板に押し当て、全身を使って体重移動をさせながら動かしていく。厚さ2mmの銅板がしなやかに曲がり、木型の丸みに沿って形を変える。まるで魔法の杖を操っているようだ。

「体幹の力とバランスが必要です。小手先の力で強引に押そうとすればすれほど板が暴れるし、下手をすると反動でヘラごと吹っ飛ばされてしまうこともある。金属を生き物ととらえ、相手と会話するつもりで、ヘラに伝わる感覚を体に覚えさせることが肝要。1人前になるまで、最低でも10年はかかるといわれる世界です」

作業工程
作業工程
作業工程
作業工程
作業工程
作業工程

完成までは一工程で終わるわけではなく、ヘラ絞り加工→バーナーで加熱して柔らかくする“焼きなまし”→冷却して休ませる工程を3~4回繰り返しながら、硬度と成形の精度を高めていく。調整を重ね、最終的に木型にぴったり沿うまで合わせないと、溶接でズレが生じてしまうからだ。

完成品を見る人々
完成品を見る人々

溶接した継ぎ目は再度絞りにかけられ、表面を滑らかになめして仕上げる。美しい輝きを放つ完成品が披露されると、居合わせた全員からため息が漏れた。
設計図を手にほっとした表情の川波さんの側で、坂本さんは「これこれ、欲しかったのはこのくびれです。きれいでしょう?フルオーダーメイドだからこそ選べるカーブです」と満面の笑顔。

ウイスキーをつくる夢が、一気に現実の形を取り始めた。そんな幸せな実感に満たされる1日となったようだ。

文:堀越典子 撮影:キッチンミノル

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