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天才ダンス少女から俳優へ、自らの「声」で語る過去と未来──マディ・ジーグラー/俳優【ニュー・ハリウッドvol.2】

  • 2024.6.29

マディ・ジーグラーは幼いころから、抜きん出た存在だった。美しく謎めいたスターのオーラを持ち、7歳の時にはすでに主役級の存在感を放っていた。アメリカのケーブルテレビ局、ライフタイムのリアリティ番組「ダンス・マム」に子どもダンサーとして出演していた当時から、妥協を許さない完璧主義者として、ダンスコンテストでの勝利に貢献してきた。その後はシーアに見出され、若き才能あるダンサーとして、ミュージックビデオやアワードの授賞式、映画など、あらゆる場所で姿を見かける人気者となった。そして今、21歳になったマディは、変貌を遂げようとしている。今でも主役であることに変わりはないが、さらに新しい道を切り開いているのだ。

学校での銃乱射事件を題材にしたミーガン・パーク監督の映画『フォールアウト』では『スクリーム』シリーズで知られるジェナ・オルテガと共演し、映画『Fitting In(原題)』では単独で主役の座をつかんだ。

インタビューの前夜、私はニューヨークの映画館、リーガル・ユニオンスクエアでマディと落ち合い、この作品のプレミアに同席した。プレミア終了後には、会場の入り口にはマディのファンが群がり、「一緒に写真を撮ってもらえませんか?」と彼女にお願いしてもいいものか、ひそひそ声で相談している。時には、このシアターのスタッフが立ち止まり、ファンに「ほら、あれがマディだよ」と声をかけてくることもある。

幼いころから続くキャリアの中で、マディとファンの間には、面識がないにもかかわらずファンの側が親近感を覚える、パラソーシャル的な関係が築かれている。声をかけるファンの多くは、彼女をファーストネームで呼ぶ。「俳優になったことで、いろいろなものに勇気を持って飛び込んでいける、創作面での自由が得られました。でもそれと同時にこれは、本当の私を守る手段でもあるんです」

マディは「ダンス・マム」に2011年から16年まで、のべ6シーズン出演した。これはマディが子ども時代からの仲良しとともに毎週ダンス大会に出場するというリアリティ番組で、子どもたちが先生からの評価に一喜一憂する姿が呼びものの一つだ。マディはこの番組で一番人気の出演者で、常にピラミッド(番組内で発表される、先生の評価順の序列)のトップに立っていた。だが、人は恵まれない立場にいる人が頑張る姿を応援したくなるもので、一人勝ちする出演者に支持が集まるとは限らない。みんなのお手本となり、「いつ失敗するか」という目で見られている状況から、品格を失うことなく降りるにはどうしたらよいのだろうか? シーズン1当時はまだ8歳だったマディは、思春期の間ずっと、世間の目にさらされながら大きくなった。その余波はいまだに残っている。自身の過去について語るとき、彼女は常に自衛の本能が先に立つ様子だ。

「自分を守っていいと知り、解放感を覚えました」

「成長する中で、自分を守っていいと知ったことで、解放感を覚えました」と彼女は語る。「ダンス・マム」の世界では口ごたえはよしとされず、ダブルスタンダードを告発したり、不正行為を教えたりすることも御法度だった。常にヒエラルキーの中で生きていた自身の少女時代を明確に批判するその言葉からも、今の彼女が大人として自立した視点を身につけていることがわかる。「まだ幼かったころ、先生がみんなに『マディをお手本にしなさい』というのを聞いて、自分の評価を下げなければ、と感じていました。そう言われるのがものすごく嫌だったからです。みんなには劣等感を覚えてほしくないと思っていました」

また、「ダンス・マム」時代の仲間から離れてからの日々が、今のマディを形作っていることも、言葉の端々からうかがえる。彼女には、自分の視点からの意見を述べたあとには、より一般的な視点から見た話をする傾向がある。誰も取り残したくないので、言葉選びは慎重だ。また、自分の見方が優れていると匂わせることもしない。ダンスに抜群の才能を発揮していた日々が終わっても、こうした心理的綱渡りは続いている。

だが、自らそう認めないとしても、彼女は特別な存在だ。それは胸が躍る事実であると同時に、重荷でもある。彼女はダンスコンテストで一位に輝き、それを自身のその後のキャリアの推進力とした。今、Zoomインタビューで画面の向こうにいるマディは、新作映画の主演の座を射止めている。

その落ち着いたふるまいを見ているとこちらの心も和むが、私の質問に答えている姿には、どこか謎めいた部分がある。どうやらこの謎は、テレビ番組で私たちが見ていたマディと、成長した彼女の姿が大きくかけ離れているために生じているようだ。「いつまでもあの当時の小さな女の子のままかといえば、それは違います」と彼女は断言する。「今でもちょっとおっちょこちょいで、愛情深くて、頑張ることに変わりはないですが、それでも変化し、成長しています。『小さいころとはすっかり変わってしまったね』と言われると怖くなります。『ええ、でもずっとあのままでいられるわけがないですよね』と説明しなくてはいけないですし」

少女の成長をテーマとした映画『Fitting In』で、マディが演じるリンディはMRKH症候群(先天的に膣と子宮が欠損する疾患)と診断される。人と異なる部分を抱えながら高校生活を送るリンディは、あらゆる感情の荒波に翻弄される。この作品は、監督を務めたモリー・マクグリンが同症候群だと診断された際の実体験に基づいていて、その点をマディも重く受け止めている。「撮影中ずっと感情がこみ上げていました。そして、(監督に成り代わって)強い怒りを覚えました。女性は自信を持って生きていくだけで大変なのに、まるでモノであるかのように、男性に品定めされ、ぶしつけな視線を浴びる。それって本当に怖いことです。モリーがそういう扱いをされていたことに、ものすごく腹が立ちました。(映画の中で)実体験を公開したのは、本当に勇気ある行動だと思います」

主役を務めた映画は今作が初めてだった。撮影は長く、過酷な日々だったが、競争心が強く、挑戦を好む彼女は、撮影時の苦労についても、かえって特別な体験になったと語る。努力の甲斐はあった。映画の中で最も性的要素が強いシーンの撮影にも集中して臨むことができ、公開後にはロサンゼルスでもお気に入りの映画館でのスケジュールを検索したといい、『Fitting In』はマディの人生における新たな一章を開く作品になったようだ。「あの映画で演じたリンディは私の人生を通じて、自分の中で生き続けていくでしょうし、これからどんな役を演じても、そこにリンディが反映されると思います。私、自分にはすごく厳しくて、なかなか誇らしく思えないんです。でも初めて今作を観た時に、誇りに感じました。これってすごくレアなんです」

リンディというキャラクター同様に、ダンスもマディの人生からは切り離せない要素だ。だが、ダンサーの役しかオファーが来ないというわなに陥らないよう、気をつけてもいる。マディが踊れるのは確かだが、彼女がインパクトのあるストーリーを語るのに、踊りが必須というわけではない。

2作目の長編映画が完成し、さらに3作目も製作中という今、マディは長期的なキャリアの構築に照準を合わせている。また、多くの人の頭にある少女時代のイメージと、大人の女性となった今の自分との間に線引きをすることにも、心を砕いているところだ。それでも、幼いころから番組に出演していたからこそ、今の地位があることを忘れているわけではない。「もちろん、(『ダンス・マム』という番組に)思うところはあります。でもあれに出ていなかったら、今いる場所には絶対にいられなかったでしょう」と彼女は言う。「シーアに見出されることも、ミュージックビデオ出演を通じて演技に目覚めることもなかったはずです。今ここで、あなたからインタビューを受けることだってなかったのは間違いないですよね」

演技は、自身の力を取り戻すための突破口

とはいえ、彼女は今でも不安にさいなまれる時があると告白する。これは幼くして全米で放映されるテレビ番組に出演したことからくる弊害だろう。「守る価値があるものなど何もない」との思いにとらわれることもあるという。これは子役から大人の俳優となった者につきまとう問題だ──どこまでが演技で、どこからが本当の自分なのか? 恐れや不安、精神崩壊といったマイナスの感情がカメラに捉えられ、42分間の超濃縮バージョンに編集されて、毎週テレビ番組となって放映されていたら、自分の感情は誰にも入り込めない、神聖なものだと思えるだろうか?演技は、マディが自分に力を取り戻すための突破口になっている。今後のキャリアについても、すべての可能性を排除しないと語る。「マーゴット・ロビーや、リース・ウィザースプーンの制作会社を見ていて思うんです。信じられないほどすごいし、自分もいつかそういう会社を持ちたいな、って」

まだ短いキャリアの中で、彼女が経験した現場はすべて、女性が監督を務めていた。マディはこの流れがさらに業界に広く浸透してほしいと願い、自分も映画制作やそのほかの領域にも手を広げていきたいという。それ以外にも、女性の殺し屋(14年の作品『LUCY/ルーシー』でスカーレット・ヨハンソンが演じたような)を演じてみたいという夢もある。こうした身体性を要求される役柄では、ダンサーとしての経験が大きな武器になることを、マディもわかっている。アクションシーンも、スタントを使わずに自らこなすことができるかもしれない。「仕事がなかったら、自分の人生ってどうなるのか、想像もつきません。でもすごく好きなので、立ち止まりたくないんです」と彼女は語る。

そして確かに、彼女は立ち止まることがない。実際、『Fitting In』の撮影が終わるとすぐに、次回作『My Old Ass(原題)』の撮影に臨んだ。主役、エリオット・ラブラントの成人後の姿をオーブリー・プラザが演じ、ミーガン・パークが監督を務めたこの作品は、24年のサンダンス映画祭でプレミア上映されたのち、アマゾンMGMが1500万ドルで配給権を獲得した。マディが演じたのはエリオットの友人、ルーシーで、起用が決まったのは撮影開始のわずか2週間前だった。「(『Fitting In』の)撮影も終わったばかりだし、休みたいかもしれないな、と思っていたんです。あれはすごく肉体的にもきつい役だったので」と、電話インタビューでパーク監督は振り返った。「でも彼女は『絶対やります! この役をやらせて!』と、やる気満々でした。それで私たちもこの役を膨らませ、結果的に彼女のおかげで脚本をはるかに上回る、奥行きのある役になりました」

パーク監督の前作『フォールアウト』にもマディは出演しており、監督はこれからも「自分の監督する作品すべて」でマディに出演してもらいたいとジョーク交じりに語る。それは、マディの仕事への真摯な姿勢に感服しているからだという。「まさにプロの鑑で、入念に準備をするけれど柔軟で、とにかくエゴというものがまるでないんです。これまで彼女を起用したすべての作品で、現場では誰よりも経験を積んでいるのに、謙虚で誰からでも学ぼうとしていました」とパーク監督はマディを絶賛する。頑張りすぎるので、時に不安になることもあるほどだという。「疲れていても、絶対に『座って休みたいから椅子を用意して』と言ったりしません。気さくでチルで、人に心配をかけたくないと思っているタイプなのでスタッフの側からの気配りが必要になります。『マディ、今もう一度ダンスのシーンをやり直せる? 休まないときついかな?』というように。あれほどの若さで仕事に真摯に打ち込み、エゴを出さずにアーティストとして成長し、学びたいという強い気持ちを持っている。こんな俳優はこの業界では本当にまれです。監督にとっては夢のような存在ですね」

自分の全力で打ち込む気性は、ダンスコンテストの世界で過ごしてきた年月で育まれたものだと、マディは分析する。「ダンサーは規律を守り、先生が言うことすべてを受け入れるよう教え込まれます。口ごたえは禁止で、生徒の側には発言権がないようにも感じます。自分の意見を持つことは許されないので」。今ではもう、この世界を離れてはいるが、そこで培われた特性は彼女に深く根付いている。努力家というものは、ある朝急に頑張ることをやめることはない。そうした急激な変化は性に合わないからだ。ゆえに、自分の内に抱える完璧主義者が納得するような新しい習慣をつくるために、進化を続けていくのだ。「完璧主義者の自分を過去のものにできる、心の準備はできています」とマディは言う。「人を喜ばせることにすべてをかける自分も、過去のものにできるでしょう。そういう性質はこれからもずっと消えないとは思います。自分にはもともとそういうところがあるので。それでもこの1年、境界線を引く努力をしてきたことについては、自分を誇らしく感じています」「ダンス・マム」時代のマディは、公私の境界線があいまいなままだった。また、このシリーズが約10年、時代を象徴する番組であり続けているのには、ソーシャルメディアで執拗に取り上げられるから、という理由もある。TikTok の「人気のサウンド」ランキングによって、1年に一度は「ダンス・マム」の再ブームが起きる。マディ自身は、24年になっても、若者がなぜこの番組を見ているのか、まったく理解できないというが、事態はもはや彼女がコントロールできるものではない。

「学校で自分用のロッカーを持つのが夢だった」

マディは自身の過去の重みを理解している。彼女は自分がまだ幼い子どもだったころから、同年代の女の子のロールモデルとなってきた。この責任を引き受け続けるには、かなりの努力を必要とする。「私は常に、すべての人に、最高の自分を見せるよう、積極的に努力してきました。でもそれが無理という日もあります。カオスの中でも『自分を見失わないように』と、言い聞かせる必要がありました。特に幼い時はそうです。核となる部分で、自分を保つことで身を守るしかなかったんです」

さしあたって、マディの望みは、これからもストーリーを語り続けること、自身の出演作を通じて「あなたのこと、ちゃんと見ているよ」というメッセージを伝えること、その二つだけだ。未知の要素に発奮するタイプの彼女だが、これまでのキャリアはまさに、未知との遭遇だった。

彼女が今、こよなく愛する対象である演技は、ダンスと違い「初恋の相手」ではなかった。それだけに、一筋縄ではいかない感情を抱き、おびえ、自分が取るに足らないものに思える、インポスター症候群を引き起こすこともあり得る。だからこそ、彼女は演技を磨くことに前のめりになっている。「俳優として本物だと評価を得るために、自分の能力を証明しなければ、と感じていました。その前に、ダンサーとして評価を得ていたからです。高いレベルでリスペクトされていたので」

最初に見たマディが、「ダンス・マム」で一等賞をとることを確信させるまだ幼いダンサーだった人もいれば、10年代のシーアのミュージックビデオだった人、さらには『フォールアウト』で演じた、学校での銃乱射事件のトラウマに苦しむダンサーを演じた姿だったという人もいるだろう。あるいは、『Fitting In』のリンディ役で、初めてマディを知った人もいるかもしれない。21歳にして、マディは人によっては一生かかっても味わえないような経験を積んできた。それでも、まだ試行錯誤の余地は十分に残されている。大半の若者が大学を卒業し、社会人としての生活をスタートさせようとする年齢で、彼女は再び成長のチャンスを得た──だがそれは、真っ逆さまに墜落する「自由」と隣り合わせだ。

皮肉なことに、俳優の道を志したことで、マディはある程度「普通の生活」を味わう機会を得た。ボーイフレンドとの交際、「ベストフレンド」とのあつれき、陸上チームでのランニング練習など、普通のティーンエイジャーにとっては些細でありきたりな経験はすべて、彼女が撮影現場で心待ちにしていたことだった。ある意味では、映画出演は彼女が若者らしい楽しみを満喫する機会だった。どれも本当に若かった時期には、あまり体験できなかったことばかりだ。俳優になったことで、そうした体験がマディにも与えられた。演技は彼女の世界を広げる役割を果たしたのだ。「『Fitting In』の撮影では( 演じた)リンディには(学校で私物を入れる)ロッカーが与えられていました」と、マディは微笑みながら語る。「それで撮影クルーに『今日は私の人生で最高の日!』だと伝えたんです。現場ではジョークとして受け止められて、スタッフはみんな爆笑していました──けれど、私はずっと夢見ていたんです。学校で自分専用のロッカーを持つことを」

Photos: Josefina Santos Text: Alyana Ishiimael Translation: Tomoko Nagasawa

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