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「原画のニュアンスをできるだけ残せるように」押山清高監督が『ルックバック』を“絵描き賛歌”として制作した理由

  • 2024.6.28
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2021年、コミック配信サイト「少年ジャンプ+」で公開されるやいなや、SNSを中心に瞬く間に話題となった藤本タツキの長編読切漫画「ルックバック」。一般の読者のみならず、著名な漫画家やクリエイターからも評価を集めた本作が、アニメーション作品としてスクリーンで公開となった。制作担当スタジオの代表であり、監督も務める押山清高に、本作との出会いをはじめクリエイターとして共感する点や、アニメ化にあたりどのような点に心血を注いだのかなど、劇場版『ルックバック』への思いを聞いた。

【写真を見る】貴重な絵コンテも大公開!押山監督が原作で印象的だったシーンは?

天狗の鼻を折られる経験は、誰にでもある“通過儀礼”

「ルックバック」は、学年新聞で4コマ漫画を連載し「漫画家になれる」と周りから称賛を受けている小学4年生の少女、藤野(声:河合優実)と、同い年で不登校児の京本(声:吉田美月喜)の2人が、ひたむきに漫画を描き続けていく物語だ。当時、「ルックバック」が話題になっていることを知り、すぐに作品をチェックしたという押山。「印象的だったシーンは、不登校の京本が描いた4コマ(に描かれた絵)を初めて見た時の藤野の表情です。それまで『絵がうまい』ともてはやされていた藤野が、初めて自分を上回る才能に打ちのめされるシーン。ショックというか、引きつっている表情のつくり方がスゴく『藤本(タツキ)さんのセンスだな』と思いました。セリフで無理に説明をしなくても、表情やキャラのポーズが語り掛けてくる、“絵力”の込められた作品だと感じました」と原作を初めて読んだ時の衝撃を振り返る。

【写真を見る】貴重な絵コンテも大公開!押山監督が原作で印象的だったシーンは? [c] 藤本タツキ/集英社 [c] 2024「ルックバック」製作委員会
【写真を見る】貴重な絵コンテも大公開!押山監督が原作で印象的だったシーンは? [c] 藤本タツキ/集英社 [c] 2024「ルックバック」製作委員会
絵コンテ段階から疾走感がすごい [c] 藤本タツキ/集英社 [c] 2024「ルックバック」製作委員会
絵コンテ段階から疾走感がすごい [c] 藤本タツキ/集英社 [c] 2024「ルックバック」製作委員会

クリエイターの評価が集まったのもこういった点に理由がありそうだが、押山も、いちクリエイターとしてこの作品を受け取った一人だ。「藤野が京本の絵を見てうちのめされるシーンは、子ども時代によく経験する“小さな挫折”のシーンです。スポーツや勉強、ゲームでもいいのですが、自分が得意だと思っていたジャンルのなかで自分より上手いヤツがいることに初めて気づくというか…。天狗になっていたらもっとすごいヤツに鼻を折られる、みたいな。藤野にとっても京本との出会いはそうした“通過儀礼”だったと思いますし、あれがなかったら漫画家にもなっていなかったのではと思わされます」。

藤野にとって京本との出会いは通過儀礼? [c] 藤本タツキ/集英社 [c] 2024「ルックバック」製作委員会
藤野にとって京本との出会いは通過儀礼? [c] 藤本タツキ/集英社 [c] 2024「ルックバック」製作委員会

押山自身も、小学校では当時流行っていた「ドラゴンボール」の模写をしたり、ノートに漫画を描いたりといったお絵描き少年だったという。「“クラスで一番絵が上手いヤツ”として子ども時代を過ごし、絵を描く仕事をしたい!と思ってプロの世界に飛び込んだら、そこは“クラスで一番絵が上手いヤツ”が集まった世界だったんです」。そう笑いながら自身のキャリアの初期を振り返る。

「隣に住んでいたおばあさんがとても僕を可愛がってくれて、家にもよく遊びに行っていました。家に置いてくれていた鉛筆やクレヨンを自由に使わせてもらい、絵を描いていた。見せるたびに『スゴいね!』と過剰なくらいに褒めてくれて(笑)。だからずっと絵を描くのが好きだったし、プロになって他人の才能に打ちのめされることがあっても、『やめたい』と思ったことはなかった。彼女のおかげもあってここまで続けてこられたのかもしれません」。

藤本タツキに原作に込めた思いを聞きながら描き上げた渾身のシーン

原作漫画の名シーンは映画でも迫力満点 撮影/黒羽政士
原作漫画の名シーンは映画でも迫力満点 撮影/黒羽政士

そんな押山が映画で特に力を入れて描いたというのが、藤野が卒業式の日に初めて京本と顔を合わせ、言葉を交わし合ったあとの帰り道のシーンだ。「あのシーンも、漫画で読んだ時すごく印象的だったんです。雨が降っている中を藤野が大げさなポーズをとりながら走っていく。今回あのシーンには全体で1分半ほどの尺をとり、藤野の動きもすべて原画で描き起こしています。藤野は自分の内面を隠しがちなキャラクターなのですが、あのシーンだけは藤野の“喜び”のような感情が表れているんですよね。自分が敵わないと思っていた京本が自分のことを認知していて、描いていた漫画を全部読んで、しかもファンだと言ってくれた。『ほかの誰も評価してくれなかったとしても、こいつから認められたらすべてが報われたように感じる』、そんなカタルシスもあり、藤野の運命が決まるという重要なシーンでもあって。また、それが雨の中というのもいい。雨でずぶ濡れになると自分の内面が滲みでるような、『もうこんなにビショビショだし、どうでもいいや!』と理性のタガが外れるような感じがしませんか?藤本さんも『あの場面まで読者の気持ちを離さないことが肝だと思って描いていた』とおっしゃっていたので、ここは大切に描きました」。

藤本タツキとコミュニケーションを取りながら、丁寧に作り上げていったという [c] 藤本タツキ/集英社 [c] 2024「ルックバック」製作委員会
藤本タツキとコミュニケーションを取りながら、丁寧に作り上げていったという [c] 藤本タツキ/集英社 [c] 2024「ルックバック」製作委員会

原作漫画は説明に頼りすぎず、ある意味で読み手の受け取り方にゆだねられる部分も大きい作品だが、「見る人によって解釈が分かれそうなシーンなどは『藤本さんのなかではどういう意図でしたか?』と確認をさせていただいたうえで、大きな齟齬のないように描写していきました」と、今回のアニメ化にあたって原作者である藤本とコンタクトをとり、各シーンに対する認識をそろえていったという。

映画で追加した冒頭シーンの真意とは

線に宿った膨大な情報をなるべくそのままに 撮影/黒羽政士
線に宿った膨大な情報をなるべくそのままに 撮影/黒羽政士

そんな押山が映画の冒頭に追加した、真夜中にデスクに向かう藤野の後ろ姿も印象的だ。ここでは、たった4コマの漫画をおそらく何時間も悩みながら描いている藤野の姿が映しだされる。「藤野は内面を見せず強がっているキャラクターだけど、家ではそれなりに時間をかけて漫画を描いている姿を見せたほうが良いと思ったんです。あのシーンがないと映画として観た時に『藤野ってちょっと嫌なヤツ?』となっちゃいそうだったので。それから、映画の導入としてもっとインパクトを与えられたらと思ったのもありますね。今後、映画館以外で観てもらうことも想定して、導入ではちょっとヘンなことを長尺でやってみたいと思いました。ずっと藤野の背中なんだけど、頭を掻いたり、なんだかもぞもぞしていたり。普通のアニメなら切り取らないような挙動を残して、本作の個性となる印象に残る場面を作りました」。

冒頭に追加された藤野のシーン [c] 藤本タツキ/集英社 [c] 2024「ルックバック」製作委員会
冒頭に追加された藤野のシーン [c] 藤本タツキ/集英社 [c] 2024「ルックバック」製作委員会

藤野と京本の、ささやかでありながら人生を決定づけていく日々を彩っているのは、haruka nakamuraの劇伴と主題歌だ。「haruka nakamuraさんを起用したのは、藤本さんが『ルックバック』を描いている時にBGMとして聴いていたことがきっかけです。『ルックバック』は藤本さんが自身を投影している作品とおっしゃっていたので、僕も今回はできるだけ藤本さんのパーソナルな要素も取り入れようと思って、絵コンテを描きながら聴いていたんです。するともう、この作品には彼の曲がピッタリだろうなって(笑)。それで、avexさんからも名前があがったので、haruka nakamuraさんにお願いすることになりました」。

“絵を描くこと”の尊さを見つめ、大切に描いた作品

すべての“描く人”に捧げられた絵描き賛歌、『ルックバック』 [c] 藤本タツキ/集英社 [c] 2024「ルックバック」製作委員会
すべての“描く人”に捧げられた絵描き賛歌、『ルックバック』 [c] 藤本タツキ/集英社 [c] 2024「ルックバック」製作委員会

押山は今回の作品を、すべての“描く人”に捧げられた「絵描き賛歌」だと表現している。「『ルックバック』をよく見ていただくとわかると思うのですが、線が微妙に揺れていたり、きちんと重なっていなかったりといった“手描き感”を残しています。いまではあまり見られなくなりましたが、原画を使って描くとこうなるよね、という作画を意図的に行っています。技術の進歩によって、AIで映像も作れる時代になりつつあります。商業アニメの世界でも“美しく均一な仕上がり”が求められる一方で、原画を描いた人の“この絵で本当に表現したかったこと”が“ノイズ”として除去されてしまうこともあります」。

【写真を見る】まるで『ルックバック』のよう!押山監督の作業部屋を大公開 撮影/黒羽政士
【写真を見る】まるで『ルックバック』のよう!押山監督の作業部屋を大公開 撮影/黒羽政士

通常、商業アニメーションでは原画から動画、彩色、仕上げといった順序で作業が行われる。そのなかで作業の効率化のために、動画担当が原画をもとに動画を作る際に、原画の中に残る線のひずみやムダな線を取り除き、均一で彩色しやすい絵へと整えていく。「例えば目の前にある消しゴム1個、その存在をどのようにとらえて表現したかったのか。原画担当が描いた消しゴムは、形をなんとか捉えようと苦心した存在感に満ちているはずです。ですがアニメーションの生産ライン上ではそれらが余計な情報になってしまうこともあるので、作業の効率を下げないために除去する必要が出てくることもあります。その結果、描き手の苦労やなにか伝えたいことがあったかもしれない消しゴムの絵も、動画になった時には存在感やニュアンスを取り除いた“単なる消しゴム”の絵になってしまう。これは絵を描く人からすると、線に宿った膨大な情報を捨てているのと同じことで、すごくもったいないなって…。この作品は漫画家を志す2人が主人公なので、せっかくなら描いた人間の意思をダイレクトに表現したいと思って、原画のニュアンスをできるだけそのまま残せるように制作しました。絵を描く人の生々しさや生き様のようなものを宿した原画を画面に宿すことができたのではと思います。裏テーマとしていろいろな演出も取り入れているので、考察してくださる方が現れるのも楽しみです!」。

絵を描くことでお互いを知り、友情という言葉では表現しきれないつながりを築いく藤野と京本の物語。クリエイターだけでなく、すべての人の心にせつなくもあたたかい気持ちを届けてくれるはずだ。

取材・文/藤堂真衣

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