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なぜ『アンメット』は地上波ドラマの歴史を変えることができたのか? 神回と呼ぶにふさわしい最終話、徹底考察&解説レビュー

  • 2024.6.28
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『アンメット』第11話より ©カンテレ

杉咲花主演の月10ドラマ『アンメット ある脳外科医の日記』(カンテレ・フジテレビ系)。本作は、“記憶障害の脳外科医”が主人公の、新たな医療ヒューマンドラマ。ミヤビと2人きりの時間を過ごす三瓶。幸せな時間も束の間、ある朝、彼女は動かなくなってしまう…。今回は、最終回のレビューをお届け。(文・苫とり子)【あらすじ キャスト 解説 考察 評価】
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【著者プロフィール:苫とり子】
1995年、岡山県生まれ。東京在住。演劇経験を活かし、エンタメライターとしてReal Sound、WEBザテレビジョン、シネマズプラス等にコラムやインタビュー記事を寄稿している。

『アンメット』第11話より ©カンテレ
『アンメット』第11話より ©カンテレ

今期、話題を集めたであろうドラマがついに完結を迎えた。だが、未だ視聴者から称賛の声は鳴り止まず、誰もが心にぽっかりと空いた穴を埋められずにいる。『アンメット』(カンテレ・フジテレビ系)は地上波ドラマの歴史に、観る者の胸に、消えぬ爪痕を残した。

【写真】杉咲花、若葉竜也らが躍動する“奇跡の名場面たち”が鮮やかに蘇る劇中写真 ドラマ『アンメット』劇中カット一覧

私は今、この感動をどう表すべきか、書きあぐねている。まずは最終回で流れた静かで豊かな時間を振り返っていきたい。

突如、激しい頭痛に襲われて倒れたミヤビ(杉咲花)。検査の結果、再発が認められ、脳梗塞が完成するのも時間の問題という切迫した状態となる。その時に備え、三瓶(若葉竜也)は吻合の練習に励むが、手術をしないというミヤビの決意は固かった。もし失敗したら、三瓶が一生悔やむことになるからだ。

そんな思いを汲み取り、津幡(吉瀬美智子)は「彼女が望んでいることをしてあげて」と告げる。三瓶は休暇を取り、ミヤビの自宅で一緒に過ごすことを選んだ。

『アンメット』第11話より ©カンテレ
『アンメット』第11話より ©カンテレ

カメラは2人の暮らしを淡々と追っていく。朝起きたら記憶を失っているミヤビは一瞬怯えた様子を見せるが、三瓶から渡された日記を読み、夜には笑顔で一緒に夕食をとった。

そんなミヤビを見て思い出したのは、前話のゲスト患者・柏木(加藤雅也)のことだ。柏木は脳に悪性の腫瘍を抱えており、最後は記憶障害を発症して妻である芳美(赤間麻里子)のこともわからなくなるが、彼女が食事を口に運んだら素直に従った。

人の記憶とは不思議なものだ。顔や名前は忘れても、強い感情は心が覚えている。三瓶を演じる若葉竜也は各社の取材で、ドラマのタイトルや自分の名前は忘れてもいいから、“思い出し笑い”のようにふと思い出してもらえるような作品を届けたいと語っていた。このドラマはそれに挑んだ作品だった。

コンテンツの飽和時代に突入し、流し見や倍速視聴も当たり前となりつつある。そんな時代において、キャストを含めた本作の制作陣は視聴者を信じ、思わず手や目を留めて没入してしまう瞬間を作り出した。映画体験と近しい感触のものであった。

三瓶がミヤビの部屋で寝泊まりする日々もそう。一見、何の変哲もないカップルの暮らしなのに目が離せないのは2人の一挙手一投足に情報が詰まっているから。日記を書きながら眠ってしまったミヤビを優しい手つきでベットに移す三瓶。朝日が差し込んだ三瓶の頬を、ふわふわの髪の毛を、刻み付けるようにだけど起こさないようにそっと撫でるミヤビ。

その手の温度も、感触も、息遣いも伝わってくるような2人の芝居と、五感に訴えかける映像に夢中になったこの時間が愛おし過ぎるから、失うのが怖くて涙が出てくる。ミヤビと三瓶、そして彼らを見ている私たちの心が溶け合って1つになった。

『アンメット』第11話より ©カンテレ
『アンメット』第11話より ©カンテレ

幸せな時間は長くは続かず、突如として終わりを迎える。三瓶がある日目覚めると、ミヤビはうつ伏せの状態で動かなくなっていた。脳梗塞が完成してしまったのだ。三瓶から連絡を受けた星前(千葉雄大)は森(山谷花純)と共にすぐ駆けつける。低体温症を発症しているミヤビの体に触れた瞬間、森の心臓が縮み上がったのを感じた。

恒温動物は死を迎えると、身体がどんどん冷たくなっていく。だから冷たいと最悪の事態が頭をよぎり、一瞬にしてフリーズしてしまうのだ。Yuki Saito監督は自身のX(旧Twitter)で杉咲が自分の身体をアイスで冷やしていたことを明かした。そのアイデアが森のリアリティ溢れる演技に繋がっているのである。

不幸中の幸いというべきか、低体温症によって脳が保護され、脳梗塞が完成していないことが判明した。さらに低体温が持続すれば、8分間の血流遮断に耐えられる可能性も浮上し、三瓶は自分が執刀医となってミヤビを手術することを決意。血管は2ヶ所縫う必要があったが、駆けつけた大迫(井浦新)が「両側から縫えばいい。僕が一緒に縫うよ」と申し出る。

対立してきた三瓶と大迫が手を取り合い、藤堂院長(安井順平)が腹を括った様子で「もし失敗したら、全責任は俺が取る」と手術の許可を出すという一連の展開に思わず胸が熱くなった。

手術には、助手として綾野(岡山天音)と星前、看護助手の津幡(吉瀬美智子)、麻酔科医の成増(野呂佳代)も参加することに。各分野のプロフェッショナルが一丸となってミヤビを救おうとする様がまるで映画『アベンジャーズ』のようだと話題になった。

しかし、実際の手術シーンはいつものごとく静かで派手さは全くない。ミヤビの今日を、明日に繋げるため、各々が神経を目の前の作業に注ぐ。オペ室以外で待機する藤堂、森、風間(尾崎匠海)、新井(中村里帆)、麻衣(生田絵梨花)からもセリフはなくとも祈るような願いがひしひしと伝わってきた。

手術が無事に終わっても、誰も歓声を挙げることはなかった。だが、肩を叩く大迫の手が、マスクから覗くみんなの目が、三瓶に労いと感謝の気持ちを伝えている。人の表情や身振り手振りは、こんなにも雄弁に心情を語るのだ。『アンメット』はそのことに改めて気づかせてくれるドラマでもあった。

『アンメット』第11話より ©カンテレ
『アンメット』第11話より ©カンテレ

少し話は戻るが、救急車が到着するまでの間、三瓶はミヤビが朝食用に買い溜めていたヨーグルトを冷蔵庫から取り出して食べた。その瞬間、三瓶の瞳に光が宿る。

最終回では、ミヤビと三瓶が婚約へと至った馴れ初めが明かされた。南アフリカ・ケープタウンの国際会議で出会った2人。ミヤビが綾野(岡山天音)からのアプローチをかわすためについた嘘がきっかけで行動を共にし始めた2人はとある島に渡り、そこで三瓶が新型のウイルスに感染、ミヤビは婚約者のふりをする形で三瓶に付き添った。

アンメット(=満たされない)という言葉のくだりは、2人が隔離されていた部屋で交わされたもの。「できた影に光を当てても、また新しい影ができて、満たされない人が生まれてしまう。どうすれば、くまなく照らして、アンメットをなくせるのか。その答えを探しています」

重度障害者の兄を施設に入所させ、その存在を“見えなくしてしまった”という思いが拭えない三瓶は、目の前にあるろうそくの横に紙で作った筒を置き、そう語った。すると、ミヤビはその紙でろうそくを覆い、「こうすると影が消えます」と笑顔を見せる。

さらにはお腹が空いたと言って、武志(小市慢太郎)と香織(阿南敦子)の夫婦が営む居酒屋「たかみ」の焼肉丼について話すミヤビに驚き、三瓶は「不安じゃないのか」と尋ねた。

いつ日本に戻れるかもわからない。生きて帰れるかもわからない。そんな中でも笑顔を絶やさないミヤビは「自分の中に光があったら、暗闇も明るく見えるんじゃないかなって」と語る。

そうして渡したのが、三瓶がいつも食べているグミだった。食べることは生きること。どんなに絶望的な状況でもお腹を満たし、生きようとしてきたミヤビ。そんな彼女の光が、大事なものを失った患者たちの心を照らしてきた。

そしてきっと誰の心にも光はあって、私たちは照らし、照らされながら生きているのだ。そうやって照らし合えば、いつか影は消える。まずは自分の心の中にある光に気づき、絶やさぬようにすること。

だから三瓶はミヤビが冷蔵庫に買ってあったヨーグルトを無我夢中で食べ、力を養ったのだと思う。冷蔵庫の〈中には食べ損ねたラブレター〉から始まる主題歌「会いに行くのに」(あいみょん)との重なり合いに心が震えた。

『アンメット』第11話より ©カンテレ
『アンメット』第11話より ©カンテレ

手術後、ミヤビはしばらく眠ったままだったが、三瓶はそばで手を握りながら彼女が目覚めるのを信じて待った。本作は、この“信じる”という行為がさまざまな奇跡を生んだドラマだ。

連続テレビ小説『おちょやん』(NHK総合)で共演して以来、何度も仕事を共にし、お互いに信頼を寄せ合う杉咲花と若葉竜也。最初にオファーを受けた杉咲が三瓶役は若葉しかいないと自らアポを取り、滅多に民放の連続ドラマに出演することがない若葉が、米田孝プロデューサーの「『アンメット』をドラマにしたい」という熱い思いに応えて出演を決めた。

杉咲と若葉はインタビューを読んでいても、ただ与えられた役を演じるのではなく、作品をつくるということに対しての熱量が高い。そんな2人の熱量が周囲にも広がり、本作の裏側はキャストとスタッフが頻繁にディスカッションを交わす活気ある現場だったようだ。

実際に俳優の提案が採用された例も多々ある。それだって根底に信頼関係がなければ、実現できなかっただろう。自分の意見を信じてくれるという安心感があるから、アイデアを出せる。そしてそのアイデアがすぐにはわかりづらく、想像力を必要とするものであったとしても、視聴者を信じて届けた。その結果、作品を称賛する多くの声が生まれた。それは最終回を迎えても鳴り止まない。

「川内先生、わかりますか?」
「わかります」

2人の“これまで”が、“これから”に繋がった瞬間。光とは、信じることによって生まれるものなのだろう。作品で扱うテーマと、制作チームの姿勢がこれほどまでに一致するのは珍しい。

『アンメット』という光がエンタメ界を照らした。物語が終わっても、その波紋は広がり続け、新たな光を生むことだろう。

(文・苫とり子)

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