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「消費社会に振り回されない自分を持てる。そこに光と誇りを与えたい」/塩谷 舞さん新刊『小さな声の向こうに』インタビュー

  • 2024.6.28
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暮らしのなかの“小さな言葉”に耳を傾けた1冊

まとまらない、でも言いたかった思いを心地よく言語化してくれる共感の深まりと、新たな美意識の世界へと連れていってくれる視点の広がり、ともに感じさせてくれる一冊と出合いました。エッセイスト塩谷舞さんの新しい著書『小さな声の向こうに』です。

「日本の暮らしの中に潜む美意識や、静かな音楽や美術、ままならない自らの身体のこと│私が生きる中で出会った、様々な〝小さな声〞に耳を傾けながら書いた1冊です」

暮らしの描写から始まり、塩谷さんの考察が広がる。
「家事をしながら、これは自分がやりたいからやっているのか、女性だからやっているのか。好きでやっているのだけれど、もし自分が男だったらやってないかもしれない。そうした葛藤がすごくあって」

けれど家事が「お金にならない」や「社会的価値がない」と軽視されることもある。塩谷さんも以前はそう感じていたと言います。
「20代の頃は、社会の中で成果を挙げることこそが人生の意義だと捉えていた時期もあって。家事に時間を割くことに、もどかしさを感じていました」

けれども異国での暮らしやコロナ禍を経て、塩谷さんの価値観は変化していった。
「市井の人々の暮らしという1粒を最小単位として社会が構成されているのだから、その小さな粒の輝きに固執するのは自然なことだと思い至るようになりました。自らの暮らしも、女性の権利や環境問題と地続きになっている。美しい暮らしを礼賛することと、社会に目を向けることは両立します。たとえばウィリアム・モリスも、政治的な思想を掲げたデザイナーでした」

呆れるほどに何度でもひとつのことを反復する。そうすることで心の穏やかさを取り戻していく、だけでなく。この行為に価値があると唱え続けたいと塩谷さんは言います。

「日々暮らしを維持している側だからこそできることは、沢山あります。たとえば肌寒い夜、どんな寝具で過ごすのが最適かを判断することだってそう。そうした積み重ねは『この組織を自治できている』という、自分に対する信頼に繋がります。自炊をしたり、物を修繕することで消費社会に振り回されずに自分だけの美意識を持つことができる。今は、多くの人が暮らしの中の誇り、つまり背骨を失ってしまった状態なんじゃないかと思っています。どうすれば、暮らしの背骨を取り戻せるのか。そうしたことを懸命に考え、言葉にしていきたいです」

新著『小さな声の向こうに』

塩谷 舞/¥1,870(文藝春秋)

ニューヨークで暮らしていた著書が、友人の海外アーティストたちと過ごした日本での日々、また民藝や音楽、絵本などの文化的な考察を清潔な言葉で綴ったかと思えば、私生活でのチャーミングな一面を、リズミカルな筆致で披露する章も。美しさと親密さが共存し、するする読めて心に残る。独自の視点が人気を博す、新世代エッセイスト待望の著書。

お話を伺ったのは……塩谷 舞さん

しおたに・まい/1988年大阪・千里生まれ。京都芸大在学中にSHAKE ART! を創刊。 会社員を経て2015年より独立。2018年からNYでの生活を経て2021年に帰国。noteメンバーシップ『視点』更新中。著書に『ここじゃない世界に行きたかった』『小さな声の向こうに』(文藝春秋)

photograph:Shinosuke Soma text:BOOKLUCK

リンネル2024年8月号より
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