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失われていく現実と非現実の境界…消えた息子は一体どこへ? 脳を撹乱する衝撃のラストが待ち受ける!「最恐小説大賞」受賞作

  • 2024.6.27
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ダ・ヴィンチWeb
『悪い月が昇る』(海藤文字/竹書房)

昨今、いわゆる投稿サイトから話題作が生まれることが増えてきた。かつて「何らかの文学賞を受賞」が作家への道だったが、今はそんな手順を踏まないことも珍しくない。いずれもすでにサイト上で多くのファンを獲得している作品となるわけで、初めから面白さは折り紙付きといえるのかもしれない。とはいえ、そんな投稿サイトでも出版社による文学賞が開催されており、当然「読者&プロの目を掻い潜った作品」が選ばれるわけで、面白くないわけがない。

小説投稿サイト・エブリスタと竹書房による「最恐小説大賞」もその一つ。Noルール、Noタブーで「とにかくいちばん恐い話を決めよう」というもので、第4回の大賞受賞作となったのが海藤文字氏の『悪い月が昇る』(『月がわらう夜に』から改題、竹書房)だ。

物語は神戸に住む昆虫写真マニアのフリー編集者・正木和也が、家族と避暑地に向かう車の中から始まる。彼らの目的地は避暑地にある別荘。昆虫を通じて知り合った精神科医が「都会を離れるのもいい」と厚意で私荘「カブトムシ荘」をひと夏貸してくれることになったのだ。なんとか別荘に辿り着き、部屋の窓を勢いよく開け、いよいよ始まるバカンス……と、ワクワクとしたシチュエーションであるはずなのに、なぜか漂う奇妙な緊張感。センシティブすぎる5歳の息子・蒼太と、今ひとつ旅に乗り気ではない妻・茜。謎の屋根裏や蛍光灯の切れかけた機械室などのほのかな闇、鬱蒼とした森と異様に大きな鉄塔――。ありふれた景色のはずなのに、どことなく歪で不安定なのだ。

実はこの物語の背景には、多くの死傷者を出した列車事故が暗い影を落としている。正木の妻子はこの事故に巻き込まれ、激しいPTSDに苦しんでいたのだ。もともと勘が鋭かった蒼太は毎日のように夜中に悲鳴をあげるなど深刻なダメージを受け、そんな蒼太を懸命にフォローする茜も不調を抱えていた。事故当時、出張先から現場に駆けつけた正木自身も、凄惨な光景の中で懸命に妻子を探した恐怖が後を引き、こうして家族で遊びに行っても妻子の姿が少しでも見えないと必要以上に焦る。そんな言葉にならない不安が通奏低音となり、物語世界は不穏な気配に満ちているのだ。

ある日、正木は昆虫の写真撮りに夢中になりすぎて村の墓地に迷い込み、セーラー服を着た中学生らしき少女を見かけたところで熱中症になりかけ倒れてしまう。幸い近くの寺に救われたが、そこで再会した少女から村に伝わる子を攫う妖鬼〈コトリ〉の伝説を聞く。「コトリに気をつけて」と彼女は姿を消し、その言葉に絡め取られるかのようにさらなる消失の不安に苛まれる正木。実はこの少女が幽霊だったり、蒼太には彼にしか見えない友だち〈コウタ〉がいたりと、物語の世界は次第に現実と非現実が混じり合い始める。「これはあくまでも〈こころ〉が見せる幻影」「脳の誤作動」と必死に〈現実〉にしがみつこうとする正木だったが、とうとう赤い月が昇る夏祭りの夜に蒼太が姿を消してしまい――。

蒼太は一体どこへ行ったのか? 本当にコトリに攫われたのか? 場面転換の速さや張り巡らされる伏線など、読者をとことん飽きさせることがない。そして物語が進むほどに現実と非現実の境界は失われ、脳がぐるぐる攪乱されるような展開が続く先には、もはや現実が足元から崩れ去るような衝撃……。こんな戦慄のホラーミステリーが新人作家の作とは実に恐ろしい。ちなみに海藤文字氏はすでにスピンオフ小説もエブリスタ上で発表しており要注目だ。

東京都内でもたまに「赤い月」が昇るが、しばらくはこの物語を思い出すことになりそうだ。

文=荒井理恵

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