1. トップ
  2. ライフスタイル
  3. 「画集は開くが、本なんて読まない」。本が苦手な横尾忠則の本棚と読書論

「画集は開くが、本なんて読まない」。本が苦手な横尾忠則の本棚と読書論

  • 2024.7.13

 

美術家・横尾忠則
BRUTUS

本はイメージ。物質感を味わう本棚

アトリエの扉を開けると、薄暗い空間にずらりと並んだ本が出迎える。本棚の中にはピカソやキリコといった画家たちの伝記や画集、写真集、泉鏡花や谷崎潤一郎といった文学作品、フェリーニやヒッチコック、黒澤明の映画論、宇宙やオカルト、神秘主義、仏教書、哲学書、新書……。新刊も古書も区別なく、ぎっしりと棚に収まる様子は、まるで一風変わった古書店に紛れ込んだかのようだ。

奥の天井が高く自然光の入る部屋が、横尾の制作場だ。壁の一面は本棚で覆われ、床にも本が積み上がる。

美術家・横尾忠則の本棚
近所の大工センターで組み立て家具を買ってきて設置。この部屋にあるのは基本画集や自身の作品集であり、制作の合間に眺める。

「置く場所がないから置いてるだけでね、読むために置いてるわけじゃないんです」と横尾さん。
実家には一冊も本がなく、両親から読書を勧められたこともない。小学校に上がる前から絵を描くのが好きで、絵本の模写に熱中、読書には無関心な少年時代を送った。

「一〇代の頃ぼくの中で絵と読書は水と油みたいなもので相対関係にありました。絵は感覚的で肉体的で遊びと考え、読書は観念的で精神的で学問だと思っていた」(自著『言葉を離れる』より。以下同)。本格的に本を読みだしたのは、グラフィックデザイナーとしての絶頂期から突然画家宣言をした45歳の時だ。

「絵を描き始めたのも独学でしょ。グラフィックと美術は全然違うんですよね。だから美術を勉強するために、美術関係の本を読み始めたんです。でもほとんどが画集。自分が絵を見て、自分の考えで批評することに興味があって、美術評論家が書いた文章にはそんなに興味なかったの。だから、絵を描くことと読むことがほとんど同時になったのかな。

それ以前はね、はっきり言って、本は必要なかった。むしろ邪魔になっちゃってね。肉体で体験する、その経験の方が重要でしょ。だから大勢の人に会って話を聞いたり、その人の生活を見たり、人物に直接触れて、自分が感じることをビジュアルに作品にしていけばいいわけだから。一般的に知識と教養は必要だなんていわれてるけど、本に書いてあることって他人が経験した言葉でしょ。独自の考え方、生き方をしたいんだったら、やっぱり自分で体を通して体験して、自分で感じることが大事だと思う」

美術家・横尾忠則
「僕とウォーホルが並んでるのがいいんじゃない?」と撮影時にアイデアが飛び出す。磯崎新が設計したアトリエで。
アンディ・ウォーホルの帽子
アンディ・ウォーホルの帽子をコレクションしている。
横尾忠則の展覧会の図録
2017年に横尾忠則現代美術館にて開催された展覧会の図録。

5歳より前から模写を始め、対象をよく観察し忠実に模倣することで、作者の魂に触れる。作者と一心同体となって作者の魂に触れる模写という行為は、横尾少年にとって読書のようなものだったという。

中学生の頃の横尾は、挿絵家に憧れた。江戸川乱歩と南洋一郎の小説に出会ったのも、挿絵に惹かれたからだと述べている。読書に慣れていない少年は、意味のわからぬ漢字に苦戦しながらも物語へと没入した。

「この二人の小説家によって、ぼくの内なる怪奇と冒険とロマンが未知なる世界への憧憬の扉をこじ開けて空想の王国に魂に羽を付けて飛ばしてくれたのです」(前出)

しかし、熱中したのは一時期。再び読書とは縁のない生活を送る。模写への興味も薄れ、油絵を始めた。その後の人生を左右するといわれる10代を通して、読書ではない肉体的な体験から何かを学んできた。そして、あらがうことのできない運命的な導きによってグラフィックデザイナーとなった。

人生に大きな影響を与えた人との出会いも一冊の本からだった。「霊性」という言葉を教えてくれ、精神世界への扉を開いた三島由紀夫である。

「結婚した時は、家に一冊も本がなかったんですが、ある日、妻が会社の図書館から借りてきた『金閣寺』が置いてあった。何日も。これは“読め”ということなのかな?とプレッシャーにも感じて、恐る恐る手に取って読み始めたら、漢字は読めないし、書いてあることは難解で意味がわからないし、ものすごくしんどかった。1週間くらいかけて読んだけど、内容はわからなかった。だけど、それがきっかけで三島由紀夫という人物に対して関心を持つようになったんです」

その後、日本デザインセンターへ入社し上京。当時コピーライターだった詩人・高橋睦郎の仲介で、三島由紀夫と出会い、彼の著作の挿絵や装丁を手がけ親交を深めることになる。

『De Chirico. La metafisica del Mediterraneo』Jole De Sanna/著
『De Chirico. La metafisica del Mediterraneo』Jole De Sanna/著 1998〜99年にイタリア・タラントのカステッロ・アラゴネーゼで開催されたデ・キリコの展覧会図録。「参考にすることはないけど、絵を描いている合間に画集を開き、過去の画家たちと対話している」。Rizzoli/絶版。
『谷崎潤一郎全集』谷崎潤一郎/著
『谷崎潤一郎全集』谷崎潤一郎/著 「小説は文庫で読んでいたのだけど、物として家に置いておきたくて全集を買って、トイレに置いています。これは読んでいません」。函入りの愛読愛蔵版。中央公論社/絶版。
フランシス・ピカビアの画集
フランシス・ピカビアの画集たち 画家であり詩人のフランシス・ピカビア。印象派から始まり、キュビスム、ニューヨーク・ダダ、シュルレアリスムと常に固定しないスタイルの作品を残す。日本での個展開催時は、横尾が図録のデザインを担当し寄稿した。

本はイメージとして所有する。背を読み、愛でる本棚

「僕の趣味は読書ではなく買書だ」と横尾さんはたびたび発言している。本を買うことも読書の一つなのだ。

「料金を払って所有することでその本のイメージを買ったのです。買うという行為を通さなければ、読書の入口に到達したことにならないのです。本を手に取って装幀を眺めたり、カバーを取り外したり、開いた頁の活字に目を落としたり、時には匂いをかいだり、重量を感じたり、目次とあとがきと巻末の広告ぐらいは読みます。そして本棚に立て、他の本との関係性を楽しんだり、その位置を換えてみたりしながらその本を肉体化することで本に愛情を傾けていきます」(前出)

なるほど、今回選んでもらった本がどれもずっしりと物質感のあるものだということもうなずける。中のページに並んだ活字を追うばかりが読書ではない。表紙の厚紙、中面の紙の質感、物質としての佇まい、インクの匂い、そして印刷されてある活字や絵、そうした要素すべてが一冊に編まれているものが本なのだ。

ブックデザインを多く手がける横尾さんらしい読書法である。撮影の際も、気に入っている本が本棚のどの位置にあるのかをすぐに探し当てる姿に、膨大な本とともに過ごしてきた時間が垣間見えた。

美術家・横尾忠則
『Andy Warhol ''Giant'' Size』Phaidon Editors/編 アンディ・ウォーホルの初期から晩年までの作品約2,000点を42.55×33.02cmのまさに “GIANT” なサイズ、624ページものボリュームで編んだ見応え抜群の作品集。美術・文化批評家のDave Hickey序論。Phaidon Press。
  •  
『JASPER JOHNS CATALOGUE RAISONNÉ OF PAINTING AND SCULPTURE』『Andy Warhol ''Giant'' Size』Roberta Bernstein/編
『JASPER JOHNS: CATALOGUE RAISONNÉ OF PAINTING AND SCULPTURE』Roberta Bernstein/著 60年以上にわたり現代美術に影響を与えたジャスパー・ジョーンズのカタログ・レゾネ。作者が1954年から2014年までに制作した絵画と彫刻の全作品(絵画355点、彫刻86点)を全5巻に収録。YALE UNIVERSITY PRESS。

about BOOKSHELF
アトリエの壁面一面は近所の大工センターで買ってきた組み立て式の本棚。画集が多く、絵を描く合間に過去の画家たちと対話する。


profile

横尾忠則(美術家)

よこお・ただのり/1936年兵庫県生まれ。世界各国の美術館で個展を開催、2012年神戸市に兵庫県立横尾忠則現代美術館、13年香川県に豊島横尾館開館。近年の個展に『横尾忠則 寒山百得』展(東京国立博物館表慶館、2023年)。

元記事で読む
の記事をもっとみる