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「ちゃんと質問をする議員が少ない」と指摘しただけなのに…SNS投稿を配布されネチネチ1時間の地方議会の闇

  • 2024.6.25

体質の古い地方議会では、女性議員が思ったことを率直に言うと仲間はずれにされ、いじめのような目に遭うケースが少なくない。ジャーナリストの柴田優呼さんは「埼玉県日高市議会に2期トップ当選した田中まどか議員は、4年前、質問する議員が少ないという市議会の実態をフェイスブックに書いて、辞職勧告された」という―――。

都知事候補・石丸伸二も対決した「質問しない」市議会議員

都知事選に立候補した石丸伸二氏が、広島県安芸高田市長の時に「一般質問しない。説明責任を果たさない。恥を知れ」などと言って、議会と対決する一連のYouTube動画が人気を博している。石丸氏の発言には賛否が分かれるが、実際、全国の地方議会では何が行われているのだろうか。記者クラブのある都道府県庁所在地を除くと、全国約1700の市町村議会の様子をメディアが詳しく報道することはほとんどない。社会的関心のブラインド・スポットになってきたのが現実だ。

その一つ、首都圏の郊外にあり、緑が広がる人口5.5万人の埼玉県日高市。そこでフェイスブックへの書き込みや、市民にあてた議会報告の内容がもとで4年前、辞職勧告決議を受けた議員がいる。2期連続でトップ当選をした田中まどか氏だ。支持母体は、生協で活動していた女性たちが約20年前、意思決定の場に女性を送り込もうと作った市民団体「みんなの会in日高」。これまで4人の女性議員を当選させた実績がある。

田中まどか元日高市議会議員
田中まどか元日高市議会議員
日高市の女性議員・田中氏はなぜ辞職勧告決議を受けたのか

田中氏はなぜ、辞職勧告決議を受けたのか。他の議員や市政を侮辱し、市議会のソーシャルメディア利用のガイドラインに違反した、というのが理由とされた。例えば、以下のようなことが問題になった。

1、議案や予算について質疑をする議員が少ない、とフェイスブックに書き込んだ。その際、他の議員に「早く終わらせて」と質疑の際に言われたことも明かし、「何もせずに座っているのは、それはお辛いことでしょう」とコメントした。
2、市の予算に対し、「『重点施策』と銘打ったものでさえ、目玉事業も新規事業も無く、わくわく感がありません」と書いた。
3、有権者向けの議会報告に自作の四コマ漫画を載せ、市民の声が行政に届いていない様子を描いた。

【図表1】問題となった田中まどか議員の自作漫画

果たしてこれは、議員辞職に相当するようなことなのか。田中氏を支える「みんなの会in日高」は「一般的にはセクハラ、政治資金問題、飲酒運転等の違法行為があり、議員である前に社会人として問われるような場合になされるもの」と抗議し、決議の撤回を求めた。埼玉をはじめとする全国の女性の地方議員や元国会議員約180人も、「議員活動における個人の感想・意見を発信しているにすぎない」と抗議文を提出した。田中氏はその後、決議は不法行為に当たると提訴した。

辞職勧告は「この人には議員の資格がない」というラベリング

そもそも辞職勧告決議とは何なのか。実は地方自治法の枠外にあり、強制力はない。元々、同法で懲罰として定められているのは、重い順に除名、出席停止、陳謝、戒告の四種類がある。除名はさすがに重く響くが、出席停止は、議員報酬の減額にもつながるわりには、辞職勧告決議ほど深刻に聞こえない。辞職勧告決議は、極めてアナウンス効果が大きいのだ。

「ポイントは、どういう時に辞職勧告決議をしてもいいか。元々、議員の資格がないとラベリングをする行為。国会はメディアや国民の目も行き届いているから、よほどの時でないとしない。ところが地方議会では、多数派が少数派をいじめる手段として濫用されている」と、田中氏の訴訟を担当する水野英樹弁護士。「SNSなど、議会外の政治活動について他の議員が口をはさむ余地を与えてしまった。表現の自由、政治活動の自由などを不当に制限する憲法違反に当たる」と主張したが、今月最高裁で上告が棄却され、敗訴が確定した。

なお、日高市議会の辞職勧告決議文には間違いがあるが、いまだに訂正されていない。「また次の台風で流され、また土木業者が儲かる」と田中氏が書き込んだように読めるが、実際は別の人の書き込みだ。一審、二審の判決でもこの点は確認されているが、放置されたままでの公開が継続。キーワードを入れて検索すると、今でも上位に出てくる状態だ。「これでは議員を陥れることだってできる。議会事務局が、間違いであることを議会に言わないのもおかしい」と、女性議員らによる抗議文の取りまとめをした一人、所沢市議の末吉美帆子氏は指摘する。

2012年に市長選に立候補したことでさらに警戒された

田中氏はなぜ、これほど標的にされているのか。元々は、2009年の初当選時から行ってきた議会報告の配布が始まりだった。議会が終わると毎回、議員報酬を使って、自分と同僚議員の議会報告、そして「みんなの会in日高」の会報を1万5千部、市内全域にボランティアの手でポスティングしてきた。年間計6万部もの規模になる。すると、自分の地盤に当たる地域に配るな、と他の議員から要求されたという。縄張り意識の強さを示す逸話だ。でも地区別に選挙区が区割りされているわけではないので、田中氏は止めなかった。

2024年4月21日に開票した日高市長選挙の選挙活動で6567票を獲得した田中まどか氏
2024年4月21日に開票した日高市長選挙の選挙活動で6567票を獲得した田中まどか氏

もう一つの理由は、田中氏が2012年に市長選に立候補したことだ。「そうした野望を持っていると見られたようだ」と田中氏は言う。立候補したのは有権者の選択肢を増やすためで、結果は落選だったが、以後警戒されるようになった。「トップ当選したり、首長選や県議選に出そうな人はつぶしておこう、と思う地方議員は多い。自分自身が狙っているから」と末吉氏は指摘する。

行政を批判している少数派の女性議員は孤立してしまう

だが、標的にされる一番大きな理由はやはり、議会内の少数派であることだ。1人会派で弱い立場にあり、しかも行政を批判すると、目障りな存在だと目される。男性議員も対象になるが、田中氏のように「女性」で「少数派」、なおかつ「行政を批判している」と、目の敵にされやすい。「私が忌憚きたんなく意見を言うのが気に入らない。なぜそんなにはっきり、ものを言えるのか。自分の回りにそんな女性はいないぞ、という感じ」と田中氏。

次点で終わったが、田中氏は今年4月の市長選にも出馬した。その時目にした現職の谷ケ﨑やがさき照雄市長の陣営の様子に驚いた。「私の陣営に座っていたのは女性がほとんど。でも谷ケ崎市長の陣営は、黒スーツの男性がバーっと前の方に座り、後ろに割烹着を来た女性が立っていた。私が戦っているのはこれだ、と思った」と話す。

市長選でも、「上を見て働く男性職員のマインドを変え、女性職員の登用も進めなければ」「多様性尊重の時代。市民一人ひとりの生活や幸せに寄り添うケア重視の政策への転換が必要」などと訴えた。

日高市役所、2008年
日高市役所、2008年(写真=nattou/PD-self/Wikimedia Commons)
日高市議会議員は16人だが、一度も役職に就けてもらえない

そうした田中氏の孤立ぶりは顕著だ。日高市の議員数は16人で、議会内の役職は互選で決まるが、田中氏はいまだに一度も就任したことがない。一方で、自分より当選回数の少ない議員たちが、どんどん常任委員会の委員長などに任命されていく。それは各自の議員報酬の額にも跳ね返る。

昨年末に開かれた議会でも、田中氏は一般質問を止められた。問題になったのは、「この問題につきましては、また議案が出た時に質疑させていただきます」という田中氏の発言。日高市議会では、行政側が答弁をした後の発言は、質問でなければならないことになっている。でもこれは質問ではない、というわけだ。

国会などではよく、要望を述べた後、「ということを申し述べて、私の質問といたします」といったやり取りが見られるが、そうしたことは許されない。

議会後に全員協議会が開かれ、田中氏は皆からルール違反だと指摘された。議員一人ひとりにどう思うか順に聞いていく形で進行するため、まるで吊し上げのようになり、かなり心理的負担がかかる結果となる。

フェイスブックの投稿を印刷して配布され、チェックされる

このように全員協議会で批判されるのは、市長選に出るため田中氏が市議を辞任し、2015年に再選されたころから続いている。田中氏のフェイスブックの投稿内容を議会事務局が印刷して配布し、全員協議会で議論される。「良くない、反省すべきだと1時間ぐらい、ねちねち言われた」と田中氏。訴訟を起こすまでは、こうしたことがよくあったという。

2015年に作られた市議会のソーシャルメディア利用のガイドライン自体、自分を対象にしたもののように田中氏は感じている。当時フェイスブックやブログを利用している議員は、他にいなかったからだ。「でも規制目的ではなく、市民との情報交換や情報発信のツールとして有効に使うためのガイドラインにすべきだった」いうのが田中氏の考えだ。

議員辞職勧告決議を出される1年前にも、議員控室に市民を通したことがきっかけで、田中氏は問責決議を受けている。田中氏らが市民と控室で懇談した後、全員協議会で市民は立入禁止だとルール化された。その経緯を田中氏がフェイスブックに書き込んだところ、議会の信用を失わせる行為だとされた。「他の自治体とは異なる謎ルール。石丸氏のいる安芸高田市もそうだけど、これまでの自分たちのやり方を変えようとしない。よそはよそ、うちはうち、と何度もはっきり言われた」と田中氏は言う。

国政と同じく、多数派政治は首長と議会のなれ合いになる

多数派による少数派の圧迫は、昔はもっと色々な自治体で起きていた、と末吉氏は話す。前の世代の女性議員の話を聞くと、何かにつけ議事進行を止められたという。失言していないのに怒鳴られたり、「その他の質問はありません」と言ったら、失礼だと言われたり。対策として、問題はないかチェック済みの内容を読むだけにして、それ以外は言わないようにしても、何か探されて動議をかけられたという。所沢市の場合、議会改革が進んだのは、国会議員の選挙違反で多数の市議が逮捕され、市議会の構成が、がらっと変わってからだという。

「多数派支配が問題なのは、首長が会派の代表の所に行って『頼むよ』と言えば、けりがつくような政治になるからでもある」と自身、議長経験のある末吉氏。「首長も議会も努力しなくてすむ。議員は首長に恩を着せ、自分のやりたいことを、たまに首長にやらせてもらい、市民にはいい顔をする、といったことが起きる」と指摘する。そうしたぬるま湯の政治は、今も多くの自治体で行われていると見ている。

田中氏のいなくなった2024年3月の日高市議会では (市長選立候補のため、今年2月に辞任)、28議案中5議案に共産党議員ただ1人が反対しているだけで、あとは全員が全て賛成している。このような多数派政治の中にいて、声を挙げ続けることは簡単ではない。

【図表1】令和6年度日高市一般会計予算
議会費予算は1億7479万円[出典=「日高市議会だより123号」(2024年6月1日発行)]
どうせ多数決で可決されるのに批判する意味は? という意見

ただ、田中氏は議会で批判ばかりしていると見る向きもある。二元代表制の下、地方議会は首長の出した議案を採決する役割があり、その前に議論するのが前提となっている。でも既に多数決で可決されることが見えていて、行政側の答弁の中身も事前に決まっていることが多い。そこで議案の内容を批判するのは、パフォーマンスだというのだ。

「議員が質問して、意思決定のプロセスを議事録に残さないといけない。将来検証する時、必ず必要になる」というのが田中氏の考えだ。末吉氏も「議案の課題や論点を、市民にわかりやすく説明する責任がある。行政側が気づいていない問題がある可能性がある」と指摘する。

末吉氏と一緒に抗議文の取りまとめをした埼玉県鳩山町議の野田小百合氏も、「確かに、一般質問で議案の内容がそんなに変わる訳ではないかもしれないけど、住民の意見を直接くみ取る現場を持っているのが地方議会。町の条例を作る際も、国から降りてきたからとか、法律ができたからといって、右から左に流すことはできない。国に意見書を出す必要がある時もある」と話す。

埼玉県鳩山町議会では発言を止められることがない

野田氏のいる鳩山町議会の場合は、会派がなく、ボスもいない。議会が止まることも、発言を削除するようなこともない。町の執行部も特定の議員を特別扱いするようなことはない。野田氏も、有権者の選択肢を増やそうと町長選に出たことがあるが、その後警戒されたことはないという。「議員数12人と所帯が小さいからではないか」と野田氏は言う。鳩山町では、古い住宅地を地盤としている議員も、新興住宅地の票が取れないと当選が難しい。そうした事情も背景にありそうだ。

そうした議会がある一方で、多数派に標的にされた議員が辞めていく議会もある。「田中さんのように戦う人は多くない。辛い思いをして壊されていく。色々言われるうち、もういいと思って次の選挙に出るのを止めてしまう」と野田氏は指摘する。田中氏に、これまでのことをどう思っているか聞いてみると、少し沈黙した後、「後悔はしていないけど、報われない仕事だなと思う。ただ私の場合『みんなの会in日高』という後ろ盾があり、本当に支えてもらっている」と答えた。

田中まどか氏
「1期でやめてしまう若い女性議員も多いのが現実」

ネットを通じて、全国的な応援団が出てくるような変化も起きている。田中氏のために抗議文の取りまとめをしたのがきっかけで、有志の地方議員約百人がメンバーの「議会の多様性を模索する会」ができた。通称「たもさく」。ほとんどが現職の市議や町村議で、一部に元議員や支援者もいる。シンポジウムを開いて情報交換をしたり、愚痴を言ったり慰め合ったりする場としても機能している。「担ぎ上げられて当選しても、後は自分で頑張れ、と放り出されるケースもある。1期でやめてしまう若い女性議員も多いのが現実」と田中氏は言う。

「国会はテレビで映るけど、一番身近な自分の町の議会の情報は少ない。自分から情報を取りに行かないとわからない。メディアの無関心もあり、議会の中身が知られていない」と田中氏。末吉氏は「議会はいらない、議員は多すぎる、といった議会不要論、議員不要論がある。そうした市民の批判に耐えるためには、議会と議員のレベルを上げていかなければならない」と話す。

野田氏は「議会に自浄能力がない場合がある。だから市民による外圧、『市民力』が必要。裁判所も、議会の自律性を尊重すると言って司法判断を避けているけど、これでは議会の内部で閉ざされたものが外に出てこない。もっと議会の見える化が必要」と語る。市民やメディア、司法が外から働きかけないと、地方議会は変わっていかない現状がある。

柴田 優呼(しばた・ゆうこ)
アカデミック・ジャーナリスト
コーネル大学Ph. D.。90年代前半まで全国紙記者。以後海外に住み、米国、NZ、豪州で大学教員を務め、コロナ前に帰国。日本記者クラブ会員。香港、台湾、シンガポール、フィリピン、英国などにも居住経験あり。『プロデュースされた〈被爆者〉たち』(岩波書店)、『Producing Hiroshima and Nagasaki』(University of Hawaii Press)、『“ヒロシマ・ナガサキ” 被爆神話を解体する』(作品社)など、学術及びジャーナリスティックな分野で、英語と日本語の著作物を出版。

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