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深夜の諏訪湖は美しかった。七時間かけて運転してくれた父に感謝

  • 2024.6.25
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よくドライブに連れて行ってくれる父とは、仲がいい方だと思う。世間では、父と娘といえば特に思春期になると距離を置きがちな関係だと聞くからだ。

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高校一年生のとき、父親と二人で長野県と名古屋まで旅をした。高校生になって初めてのゴールデンウィーク。どこへ出かけようか。これといった予定は、ギリギリまでなかった。けれど、父と親交がある脚本家さんのワークショップへ行ってみようと、長野県へ旅に出た。

ゴールデンウィーク前日に学校が終わると、制服から私服へ着替えて簡単な身支度をすませて、荷物をのせて車で旅先へ向かった。和歌山県から長野県まで車で約七時間かかったけれど、好きな音楽を聴きながら県外から来たクラスメイトとの話をした。

七時間というと、最初はすごく距離のあるドライブに思えた。しかし走り出したら、あっという間だった。

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父と二人で、長野県までドライブデート。友達にゴールデンウィークの予定を聞かれて、そう答えると予想通り驚かれた。遠く離れた長野県に行くことではなく、父と二人で行くことにその子は驚いたのだということは、言われなくてもわかりきったことだった。

高校生になって男親と二人きりでお出かけなんて、私以外の十六歳の女の子にとったら、ありえない話なのかもしれない。それが、私にとったら、ごく普通の日常的なイベントである。21歳になった今でも、ちょくちょく一緒に出掛けている。

このことを当時のクラスメイトに話すと、驚きのあまり言葉がでないかもしれない。いや、そんなに驚かないか。今は親孝行している子も少なくはないと思うから。

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松任谷由実の中央フリーウエイが鳴り響く車内で、私は少し眠っていたらしい。気づけば窓の外は深夜0時を越えていて、真っ暗でどこを走っているのか私にはよくわからなかった。父に聞くと、もう諏訪湖サービスエリアまで来たというのだ。

なんと、ぐっすり眠っている間に長野県へ着いていた。運転していた父からすると、果てしない距離だっただろうけれど、助手席に乗ってゴールデンウィーク明けの課題を思い出しては必死に忘れようとするのを脳内で繰り返していただけの私からすると、あっという間だった。

深夜の諏訪湖サービスエリアは、さすがに真っ暗でお客さんらしき人もいなかった。トイレ休憩で車からソロソロと降りてきた人はいたけれど。車内でほとんど眠っていた私も、外の空気を吸って深呼吸するために、車から降りた。そうすると、真っ暗な空が光っているように見えたのだ。

諏訪湖が暗闇で一筋の光を放っているようで、美しかった。こんなにも綺麗なんだと見惚れていると、七時間かけて運転して連れてきてくれた父に感謝したくなった。直接声に出して伝えるのは恥ずかしいから、心のなかでそっと「ありがとう、おつかれさま」と呟いてみた。

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それから留守番中の母親にもその景色を見せたくて、スマホで写真を撮った。やっぱり間違いなく、眩しいくらい綺麗な景色だった。十六歳のゴールデンウィークに父親と見た景色を、ずっと目に焼き付けておこう。そう心に誓って、サービスエリアをあとにした。

長野県の街は、静かで時間がゆったりと過ぎていた。諏訪湖が一望できる旅館に着いたときには、そんな印象を気づけば抱いていたのだ。宿泊の荷物と手荷物、持ってくれる?と言わなくても、全部父が持ってくれたので、私はのんびりと旅館を散策するようにして部屋へと向かった。ロビーでチェックインして部屋に入ると、行儀よく並び合ったふたつのベッドが私と父を迎え入れてくれた。

演劇ワークショップが行われた茅野市民会館には、窓から柔らかく降り注ぐ光につつまれた本がずらりと並べられていた。素敵なところだった。そんなところに、父はいつも私を導いてくれる。今まで知らなかった景色を見ると、私はいつも心打たれるのだ。また一緒に新しい景色を見せてほしいと、父にお願いしておこう。

■真桜のプロフィール
恋愛の神様、北川悦吏子先生に憧れながら、小説やエッセイを執筆しています。

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