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映画監督・塚本晋也のカーライフ。クルマも映画も、小さく、遠くに行けるように

  • 2024.6.23
ポール・スミスとコラボレーションしたローバーミニ、映画監督・塚本晋也

地面スレスレでゆるゆると走るのがいいんです

小さな白いクルマをゆるゆると走らせ待ち合わせ場所にやってきた塚本晋也さん。到着するなり、「めったにないんです、映画以外の取材を受けるのは。僕、全然クルマに詳しくないのでお恥ずかしい限りなんですが」としきりに謙遜。「とにかくクルマをきれいにしなくちゃと、昨日、妻と一緒に掃除しましてね」

ポール・スミスとコラボレーションしたローバーミニ
一貫した自主製作のスタイルで、世界でも評価される名監督は今日もクラシックミニに乗り込み都内を走る。
映画監督・塚本晋也
「小さな秘密基地みたいで落ち着くんですよ」。ミニでの車中泊はまだ経験がないが、セットだけは用意している。

ご存じ、塚本さんは、クエンティン・タランティーノやギレルモ・デル・トロといった世界中のクリエイターやシネフィルを熱狂させる孤高のフィルムメーカー。そんな彼の愛車がローバーミニだと小誌が知ったのは、2023年公開された最新監督作『ほかげ』のインタビューを行った時。濃ゆい「塚本ワールド」とは好対照のクラシックミニで取材に現れ、ちょっと意表を突かれたのだ。

「僕がクルマを語るなんて、どの口が言うんだっていう(笑)。免許を取ったのは42歳の時でしたから、デビューが非常に遅いんです」

とはいえ、小学生の頃からクルマには憧れがあったと塚本さんは言う。「商業デザイナーだった父がえらいクルマ好きで、フォルクスワーゲンのビートルやカルマンギアなんかに乗ってましてね。その影響もあったと思います。18になったら免許を取って、友達と一緒にバンに乗って旅に出る、そんな計画もしてました」

しかし、次第に映画にのめり込み、8mmを撮るようになってからは小遣いやバイト代などお金はすべて自主製作映画に注ぎ込み、免許どころではなくなった。大学卒業後はCM制作会社に就職、「この業界に入って免許がないのはあり得ない」と上司から呆れられたが、「ずっと誰かの運転に頼りながらぬくぬくとやってました」と塚本さんは笑う。

「で、40代になりまして。42で子供ができ、同時に母の具合が悪くなって病院へ送り迎えをしなくちゃいけなくなった。これはクルマが必要だと。免許を取らなくちゃって」

なんにつけても小っちゃいものが好き

そして人生初のクルマに選んだのが日産のパイクカー、パオ。奇(く)しくも塚本さんのデビュー作『鉄男』が公開された年と同じ1989年式。

「水色のボディに白いハンドルにキャンバストップ。安くてボロボロでしたが、これはかわいい!開放感もある!一目惚れしたんです。でも、雨漏りはするわ、そのおかげでシートがいつも湿気を帯びてるわ、ぶつけられたこともありますし、パンクもしたし、もともとが事故車だったから車軸がブレていて、顔も斜めってて(笑)。

ありとあらゆるポンコツな出来事を経験して、大変だったぶん、愛着も非常に湧きました。7年乗ったんですが、子供の成長とともにいましたから10年くらい一緒だったように感じるんです」

最後は真っ黒い煙が出てきてしまい修理不能に陥ってジ・エンド。「うちのかわいいロボットちゃんがとうとう動かなくなっちゃった、そんな感じでした。レッカー車で引き取られたんですが、その前日、息子はパオの上に乗って連れていかないでって言いましてね。家族みんなでウルウルしながら見送ったんです」

その後の2台目は、BMW・ミニ。2009年式で幌の付いたコンバーチブルタイプ。ディーラーの試乗車を割安で購入することができたそう。

「当時僕は49。仕事も頑張らないとっていう気持ちが高まっていましたし、年相応のポンコツじゃないものに乗ろうと。ボディは濃い紺色で、幌の部分は焦げ茶色。カッコよかったんです。走りもぐいぐい小気味よく進みます。ただ、なんとなく居心地が悪かったんです。小っちゃい映画しか作ってないのに、やる気満々のクルマに乗ってることに罪悪感があるといいますか(笑)。

結局、神棚に飾ってる状態になっちゃいまして、パオよりも長く所有したのに接する濃度は薄かった。やっぱり窓は手でグルグル回して開ける方が自分の性に合ってるなって」

そして出会ったのが現在所有する1998年式のローバーミニ。クラシックミニでは最終型のモデルだ。「実は、古いミニに乗りたいという憧れが子供の頃からずっとあって。でも、自分には乗りこなせないと思っていたんです。父に“オマエには絶対無理だ”と言われていましたし、友人知人も“壊れたりするとやっかいだからやめといた方がいい”と。心折れました(笑)。でも僕も60歳。そろそろいいかなって」

ポール・スミスとコラボレーションしたローバーミニ、東京〈上野の国立科学博物館〉外観
東京・上野の国立科学博物館にあるシロナガスクジラと塚本さんの愛車ローバーミニ。この小ささ、わかっていただけるだろうか。塚本さんのミニに気づかない大きなクルマに幅寄せされてしまうこともしばしば。
ポール・スミスとコラボレーションしたローバーミニの丸型3連のメータ
丸型3連のメーター類がかわいい。燃料計はポール・スミスのサイン入り。
映画監督・塚本晋也
「ここに来ると車内でサンドイッチを食べますね」。墓地巡りは結構好き。

完璧にレストアされたピカピカのものではなく、ドロドロになるまで使い倒せるものを探し、発見したのが白いローバーミニ。稀少車として人気の高いポール・スミス仕様だったが、「レア車だと気づいたのは購入後。専門店じゃなかったからか、とっても安かったんです。安くて程度がいい、それが決め手でした」。

一緒に暮らし始めて2024年で5年目。当初は本格的なミニを買うための練習用にと思ったが、今はできる限り長く一緒にいたいと思っている。

ポール・スミスとコラボレーションしたローバーミニのハンドル
当初付いていたハンドルは径が小さく重かったので大きいハンドルに変更した。
パディントンの人形
数年前に妻も免許を取得。妻もミニはお気に入り。リアシートにはパディントン。

「ボロボロの野良猫を拾って愛着が湧くのと同じですよね。やっぱり小っちゃいのがいいんです。地面スレスレでゆるゆると、いろんなところへ行けるのがいい。というか、僕は何につけても小っちゃいのが好き。自分の映画のスタイルもそう。小っちゃい編成で小っちゃい規模で作ったものがどのくらい遠くまで飛ぶのか、そこにダイナミズムを感じるんです。クルマもそうだなって」

ポール・スミスとコラボレーションしたローバーミニ、映画監督・塚本晋也
ミニとよく一緒に来る谷中霊園にて。散策中の外国人観光客から「Nice!」と声が。

コロナ禍に危機に瀕したミニシアターを応援するためYouTubeで短編動画企画『街の小さな映画館』を始めた塚本さん。自作のタイニーハウス・キャンピングカーで劇場へ行くことも。「車中泊をしたら悪夢を見ちゃいました(笑)」

軽トラック
軽トラックに自作のタイニーハウスを載せて。

Information

ポール・スミスとコラボレーションしたローバーミニ

Rover Mini Paul Smith

1998年発売のポール・スミスとのコラボレーションモデル。限定1,500台。トランクルームやグローブボックス、エンジンヘッドカバーなどにシトラスグリーンを配し、七宝焼きで仕上げた特注エンブレムなどが付いている。

profile

映画監督・塚本晋也

塚本晋也(映画監督

つかもと・しんや/1960年東京都生まれ。14歳で初めて8mmカメラを手にし自主映画製作を開始。89年『鉄男』で劇場映画デビュー、世界中に衝撃を与える。2023年は趣里と森山未來出演の『ほかげ』を公開。俳優としても映画やドラマなどに多数出演。
HP:https://www.tsukamotoshinya.net/

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