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「最初のひと口はその日一番頑張ったことを思い出しながら」夜間当直の小児科医師たちを支える、極上レシピ

  • 2024.6.22
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日本人は休むのが苦手、というのはよく聞く言葉だ。昼休みを返上して仕事の準備に取り掛かったり、短時間で食事を終えて職場に戻ったり…そういう姿は勤勉さの証とも言われるが、そもそもしっかり休むことが苦手な性質もあるのだと思う。

『神辺先生の当直ごはん』(ちんねん ・能一ニェ/KADOKAWA)は、夜間診療にあたる小児科医の休憩時間を舞台に、食べることや休息することの意義をわたしたちに伝えてくれる。

市内唯一の夜間小児診療を受け入れる総合病院には、今宵も多くの患者がやってくる。真面目な新米小児科医・平野先生は、夜間診療の現場にてんやわんやだ。自身のふがいなさにどんより肩を落としていると、先輩医師・神辺先生から食事に誘われる。

神辺先生は夜間当直の休憩時間に料理を始める、一風変わったドクターだ。手慣れた様子で包丁を操り、フライパンからは香ばしいにおいが漂ってくる。はじめは怪訝な顔をしていた平野先生も、炊き立てご飯のあたたかさに心の緊張が解けていく。

夜間診療を支える戦士たちのつかの間の休息。休憩時間も勉強したい、という平野先生はあたたかな食事が久々だという。同席している眞島先生も、カップラーメンが欠かせないらしい。

寸暇を惜しむ現場において、そういった状態こそが正しい在り方だと捉えられがちだが、神辺先生はあたたかな食事を囲むことで自分のペースを守りエネルギーを蓄えているという。自分を整えることが患者にも良い影響を与えると、身をもって実感しているからだ。

ナスとトリ肉の黒酢炒め、しっかり漬け込んだマグロとアボカドの山かけ丼、梅と白身魚の出汁茶漬け…今にもおなかが鳴りそうな神辺先生の当直レシピは、孤独で長い当直医たちの夜を乗り越えるためのごほうびだ。

「最初のひと口はその日一番頑張ったことを思い出しながら…」これが神辺先生流の当直ごはんの楽しみ方。それは急患や急変の連絡に備えるわずかな時間でできる、自分を奮い立たせるための魔法だ。褒めて、労って、体にいいものを口に運ぶ。食べることで幸福感を育み、自らの体調も整える。自分を大切にするご自愛の精神とも言えるだろう。

身体的にも精神的にも健やかであることこそが、まわりまわって周囲へのやさしさや業務のクオリティアップに繋がることを神辺先生は教えてくれる。自分の体が欲しているものを見逃さない神辺先生のセルフケアは、あらゆる職業人が見習いたい感覚ではないだろうか。

夜間の小児診療には、一刻を争う事態の子どもたちも多く運ばれてくる。なかには、とある事情から予防接種を受けていなかったり、独自の医療理論に頼っている家庭も。ある一方から見れば「困った親」扱いされてしまう保護者像を、現役小児科医でもある原作者・ちんねん先生が描いたことに本作の矜持を感じる。

ヒヤッとするような考えを露呈する家庭に対して、本作では頭ごなしに否定を投げつけることはしない。マイペースな神辺先生のキャラクターのせいだろうか、むしろどこかゆるりとした余白すら漂っている。追い詰めるのではなく包み込むような空気感は、子育て中の家族の心も癒してくれるに違いない。

文=ネゴト/ あまみん

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