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『死ねばいい!呪った女と暮らします』凄まじく物騒なタイトルからは想像できない感動の友情物語! まるで人間版『あらしのよるに』

  • 2024.6.19
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ダ・ヴィンチWeb
『死ねばいい!呪った女と暮らします』(保坂祐希/中央公論新社)

真っ暗な小屋の中で出会ったオオカミとヤギが、互いの正体を知らずに親友になる。「食うもの」「食われるもの」の関係を超えて友情を育んでいく。そんな絵本『あらしのよるに』みたいな奇跡は、人間でも起こり得るのだろうか。

今話題の作家・保坂祐希による最新作は、まさにシニア版『あらしのよるに』とでも呼ぶべき物語だ。その名も『死ねばいい!呪った女と暮らします』(保坂祐希/中央公論新社)。凄まじく物騒なタイトルから感じられる激情、憎悪に「シニア版『あらしのよるに』ということは、呪いたいほど憎んだ女との間に友情が芽生えるということ?」「そんなこと、可能なの?」とつい疑いたくなるかもしれない。だが、読み始めてみれば、思いがけない絆の物語に圧倒されずにはいられないだろう。

主人公は、30年前に夫と離婚した後、慰謝料代わりに貰った一軒家でひとり暮らしをしている76歳の真理子。単調な毎日を過ごしていた彼女は、ある台風の夜、自宅の庭で岩のようにうずくまっている太った老婆を見つける。自分よりもずっと年上だろうと思っていたその老婆は、まさかの年下、73歳の加代。なぜ加代は庭にいたのだろう。疑問に思いつつも、真理子は怪我をしている彼女を放っておけずに部屋に招き入れる。孤独な暮らしをしていた真理子は、思っていた以上に1人での暮らしに参っていたのかもしれない。「家賃が払えず、帰る家がない」という加代に対し、真理子は「年金受給日の来月15日まではこの家にいていい」と申し出て、あろうことか、ふたりは一緒に暮らし始めるのだ。

「人間、いつ死ぬかわからんじゃ?明日、死ぬかも知れんじゃろ?明日死んだら、今日の我慢の意味ないじゃ?」ダ・ヴィンチWeb

最初は得体の知れない加代という老婆に対して、真理子同様、私たちも警戒心を抱いていたはずだ。だが、マイペースな加代に翻弄されるうちに、いつの間にか彼女のことが好きになってしまう。山口の離島出身だという彼女の方言は心地よく響くし、「うっしゃっしゃ」という屈託ない笑いかたも、「スーパーに行こう」といえば無邪気に喜ぶ姿も、子どもみたいに純粋に見えて、悪い人には思えない。お金の使い方も豪快で、朝ごはんに何を食べたいかと聞けば、「ローストビーフ」と答え、スーパーに行けば、値段を気にせずほしいものをどんどん買い物カゴに放り込み、真理子に払わせるわけではなく自分でお会計をする。節約を心がけてきた真理子はその金遣いの荒さに「だから家賃が払えなくなるのだ」と呆れ果てながらも、加代という刺激的な存在にどんどん惹かれ、「ずっと一緒にいたい」とさえ思い始めていたのだが……。

タイトルから察しがつくように、実は、加代と真理子は憎しみあってもおかしくはないふたりだ。だけれども、読めば読むほど、あらゆる疑問が頭をよぎる。たとえば、真理子の憎んでいる相手は、ほっそりした女優みたいに綺麗な女性だったはずで、男物のスウェットを着て平気で外を歩く恰幅のよい加代とは似ても似つかない。一体、どういうカラクリなのかと思えば、クライマックスにかけて明かされる事実に驚かずにはいられない。ふたりの過去にそんなことがあったとは。それを知った時、真理子がとった行動にもハッとさせられる。憎しみ合うはずのふたりの不思議な友情に、胸が熱くなる。

誰かの怒りを反映したかのような激しい豪雨から始まったかと思えば、クライマックスはまるで雨上がりの虹。まさかこんな過激なタイトルの物語に胸打たれるとは思いもよらなかった。生きている限り、人と人とは分かり合える可能性があるのかもしれない。後悔しないために大切なのは、言葉を尽すこと。素直になること。加代と真理子の織りなす奇跡を、是非ともあなたも見届けてほしい。

文=アサトーミナミ

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