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役者・大泉洋が新境地を開拓…定番の”難病モノ”にはない魅力とは? 映画『ディア・ファミリー』考察&評価レビュー

  • 2024.6.19
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©2024「ディア・ファミリー」製作委員会

ノンフィクション作家・清武英利の著書「アトムの心臓 『ディア・ファミリー』23年間の記録」を原作とした大泉洋主演の映画『ディア・ファミリー』が公開中。余命10年を宣告された娘を助けるため、経験ゼロから医療器具の開発に挑む感動作。その見どころを解説する。(文・村松健太郎)【あらすじ キャスト 解説 考察 評価 レビュー】
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【著者プロフィール:村松健太郎】
脳梗塞と付き合いも15年目を越えた映画文筆屋。横浜出身。02年ニューシネマワークショップ(NCW)にて映画ビジネスを学び、同年よりチネチッタ㈱に入社し翌春より06年まで番組編成部門のアシスタント。07年から11年までにTOHOシネマズ㈱に勤務。沖縄国際映画祭、東京国際映画祭、PFFぴあフィルムフェスティバル、日本アカデミー賞の民間参加枠で審査員・選考員として参加。現在各種WEB媒体を中心に記事を執筆。

「ディア・ファミリー」
©2024「ディア・ファミリー」製作委員会

開発されてから現在に至るまでに、世界中で17万人以上の命を救ってきた“命のカテーテル”と呼ばれる医療器具をご存知だろうか? 映画の見どころに触れる前に、本作の基になった実話を見ていこう。

現在・株式会社東海メディカルプロダクツの会長を務める筒井宣政(映画では坪井宣政)の次女には先天的な心臓疾患があった。

現在でも決して軽視できない心臓疾患だが、1970年代当時は不治の病と言っても過言ではなかった。そんな中、筒井の次女・佳美は“余命10年”という宣告をうけ、医師から成人式を迎えることはできないだろうと告げられてしまう。

日本中はおろか海外の医療機関まで回った宣政。もはや打つ手はないかと思われた時、とんでもない宣言をする「じゃあ、俺が人工心臓をつくってやる」と。

小さな町工場を経営しているとはいえ筒井には医療に関する知識は全くない。にもかかわらず、日本中の医療機関を口説いて回り、共同研究の約束を取り付ける。

しかし、やはりというべきか、研究は難航する。やがて人工心臓の研究・開発に行き詰まり、これを断念することになる。しかし、転んでもただでは起きぬ筒井は、それまでに得た技術を転用してIABP(大動脈バルーンポンピング)通称・バルーンカテーテルの国内開発、生産に舵を切る。その裏には佳美の進言もあった。

かねてより、海外から輸入したカテーテルが使用されるケースはあったものの、海外製は日本人の体質・体格に合わず、問題が頻発していた。そのため、日本人のカラダに合わせた国産カテーテルの開発は画期的なものだった。

筒井の情熱が実を結んだ結果、東海メディカルプロダクツはバルーンカテーテルの国産シェアナンバーワンの座にまで上り詰めることになる。そして、父親を支えた佳美は成人式を迎えることが叶い、23歳まで生きた。

「ディア・ファミリー」
©2024「ディア・ファミリー」製作委員会

立志伝中の人、筒井宣政をモデルにした人物を演じたのが大泉洋だ。

NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(2022)やTBS日曜劇場『ノーサイド・ゲーム』(2019)、『ラストマン-全盲の捜査官-』(2023)、など多くの話題作に出演する一方、紅白歌合戦では司会を務めるのみならず、アーティストとして出演を果たすなど、八面六臂の活躍を見せる、今や名実ともに国内トップクラスのタレントの一人である。

大泉のキャリアを振り返る上で、大学時代の演劇研究会の面々と立ち上げた演劇ユニットTEAM NACSの結成と、TEAM NACSによる伝説的バラエティ番組『水曜どうでしょう』(北海道テレビ)への出演は外せないだろう。

北海道を代表する人気タレントとなった大泉洋は、東京の芸能事務所アミューズと業務提携したことで、タレントとしてだけでなく俳優業にも力を入れ始める。その後の活躍は、上記のとおりだ。

そんな大泉、映画『ディア・ファミリー』では、新境地とも言える一面を披露している。

それが“強い父親”としての顔だ。

実生活で一女の父親であり、バラエティ番組などで、娘への愛情あふれるエピソードを披露してきた大泉。父親役に扮した経験はあったが、本作では、今までよりも“強い父性の持ち主”を演じている。

彼が『ディア・ファミリー』で演じる坪井宣政は心臓疾患を抱える次女を含む3人の娘の父親で、一家の大黒柱でもある。

また、小さな町工場とは言え、経営者でもあり、また人工心臓研究のかじ取り役でもある。

長いキャリアを誇る大泉洋ではあるが。ここまで主体的に周囲の人物を奮い立たせて物事を動かしていくキャラクターを演じることはあまりなかった。

「ディア・ファミリー」
©2024「ディア・ファミリー」製作委員会

大泉は自身が演じた宣政(1941年生まれ)の世代について、生きるために悩んでいる余裕がなかった世代と評している。一方、視点を令和に移すと、選択肢の多さゆえにかえって生き辛さを感じる人も多い。

そんな現代を生きる我々観客の目に、“為せば成る”を信条に猪突猛進していくキャラクターは、一歩間違えればはた迷惑な存在として映りかねない。しかし、娘の命を助けるために経験ゼロから医療器具を開発するといった偉業は、こういうキャラクターだからこそ成し得たのだ。

また、猪突猛進型のキャラクターを主人公に据える場合、一歩間違えると物語のバランスは破綻しかねない。しかし、受けの芝居が抜群に巧い菅野美穂を妻&母親役に配し、3人の娘に川栄李奈、福本莉子、新井美羽という芸達者をキャスティングすることで、大泉洋の勢いのある芝居を時には受け止め、時には巧くいなして、エモーションのバランスを絶妙に保っている。つまるところ、本作は感動モノではあるが、過剰にウェットではないのだ。

「ディア・ファミリー」
©2024ディアファミリー製作委員会

有村架純や松村北斗、満島真之介といった主演級の役者が脇を固める本作において、光石研は“嫌われ役”を担わされており、少しかわいそうな気もするが、嫌味な役でも彼ならではの演技力が光っており、光石の役者としての充実した力量が堪能できる作品にもなっている。

映画『ディア・ファミリー』は立て付けだけを見るとかなり重たい、これまでに何度も作られてきた「難病モノ」と代わり映えしない作品に見えるが、実際には、“きっかけ”を得た人間がどう動きだすのかを真摯に描いた、どの世代にも刺さる普遍的な物語でもある。

一見、“実話ベースの難病モノ”という定番の感動映画の枠に収まっているように見えるが、既存のフレームに収まらない力強い作品だ。

(文:村松健太郎)

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