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【2024注目の女性】ブレイキンの頂点に挑むB-Girl AMI 湯浅亜実インタビュー

  • 2024.6.18
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ニューヨーク発祥のストリートダンスであるブレイキン。DJの流す音楽に合わせて、軽快なステップやアクロバティックな技の入ったダンスを披露し合い対決する。パリオリンピックの新種目となり注目を集めるこの競技だが、世界ランキング16位内に日本人女性が4人も入っているのをご存じだろうか。

日本が強豪国と言われるブレイキンで多くの大会成績を残し、世界の頂点の射程距離にいるのが湯浅亜実だ。ダンサーネームは「B-Girl AMI」。ステージで見せる挑発的な表情と磨き抜かれたパフォーマンスのなかにある素顔とは。取材オファーに対して返ってきたのは、こんな言葉だった。

「ブレイキンをカルチャーサイドで長くやってきました。オリンピックに対してありのままの心境をお伝えしてよいのであれば、お受けします」。

アスファルトの上にダンボールを敷いて練習に励んだ

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彼女がダンスを始めたのは6歳のとき。ヒップホップダンスを習っていた姉の影響でレッスンに通い始めた。ブレイキンとの出合いは10歳。いつものクラスの休講時にたまたま参加したのがブレイキンのレッスンで、その魅力の虜になった。彼女の心を震わせた技は「ウィンドミル」。床に背中をつけて風車のように足を回転させるパワームーブで、ブレイキンといえばこの動きを思い浮かべる人も多い代表的な大技だ。

「私もあれがやりたい!」

技の習得を目指す面白さが幼い彼女に刺さり、本格的にスクールに通い始める。

「週に3、4回のレッスン以外にも、毎日のように練習してました。すっごい夢中でやって、いつもあざだらけ」

小さな彼女が個人練習を重ねた場所は、アスファルトの上。

「鏡がなくても、練習ってどこでもできるんです。もちろんあった方がいいけど、未だに鏡がないところでも練習しますよ。

スタジオみたいにきちんとした環境が整っていなくても、家の前の道にダンボールを敷いてひたすら練習してました。アスファルトの上でウィンドミルとかも、あざだらけになりながらすごく楽しくやってましたね。

当時は『B-Boy、B-Girlたるもの、綺麗なフロアがなくてもどこでも踊れるように』っていうカルチャーがあったから、場所を気にせずやる、という感じでしたね。あざだらけでジーンズが履けなくなるんです。固いデニムが触れるのが痛くて、スウェットじゃないと学校に行けないくらい。それでもあざの上をさらに打ちつけながら練習してたから、よっぽど好きだったんだろうと思います」

誰に練習しろと言われたわけでもなく、自主的にやっていたこと。15歳になると、その情熱はダンスバトル参戦に向けられるようになる。

「バトルは東京のクラブなどで開催されて、その場で流れた音楽に合わせて1対1やチーム戦でダンスを披露し合うもの。当時はキッズや女性が少なく、男性ばかりという中でやっていました」

バトルでは異色の存在。15歳の少女には、家族のサポートなしでは没頭し続けることはできなかった。

駅のシャッター前で、深夜3時まで練習

「ダンサー仲間の練習場所が、神奈川の溝ノ口駅前でした。仕事を終えた後に終電で集まってきて、駅のシャッターが閉まってからが練習時間。私も夜23時頃から深夜2時、3時まで練習して、帰ってまた朝から学校に行く、という生活をしていました。

埼玉に住んでいたので、片道2時間かけてよく母が車で送り迎えをしてくれました。母も翌日の仕事が大変だったと思います」

授業中に居眠りすることはなかったのか? 素朴な疑問を投げかけると、「意外と優等生だった」と笑顔がこぼれる。

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「自分の好きなことでダンスしてるし、ちゃんとやんなきゃな、と。中学は手芸部に入ってました。小さい時からお裁縫が好きで、今でもニット帽を編んだりしています」

高校、大学も同様に放課後はダンス漬けという日々を過ごすが、現在はもっぱら昼間に練習をしている。

「今はもうヘルシーに、早起きしたいんです。朝はしっかりストレッチしてから練習に行きたい。30分くらいかけて全身をほぐします。ブレイキンは筋肉がついて体が硬くなりがちで、そうすると怪我も増えるからストレッチは欠かせません。

それから練習仲間が集まっているスタジオに行ったり、大会前は一人で篭って踊ることもあります。練習時間は平均すると3時間くらい。技を詰めてやるときは3時間も体が持たないし、逆に新しい動きを考えたりする時は4、5時間かかることも。

毎日毎日練習したい。感覚がすごく大事だから、休みすぎると体が忘れちゃう。練習しないとそわそわしちゃうんですけど……週1だけは必ず休もうって決めたんです」

外見の華やさとやんちゃな印象とは裏腹に、堅実にコツコツと練習を重ねるタイプ。体づくりに対してもストイックだ。

プランクは欠かさず、5分は維持!

「アウターの筋肉は練習中に自然とついてしまうので、アウターに対してインナーが負けないように、体幹トレーニングはかなりやっています。プランクなら5分(!)。回転技は軸がないとブレて暴れているように見えてしまうので、体幹が大事なんです。

体が重いと技に表れるので、 常に軽く動けるように、食事も意識しています。普段はゆるっと、大会近くなったらしっかり調整する感じですが、日頃からあまり脂っこいものは食べない。

食事は基本、自炊です。鶏胸肉を使ったレシピや野菜スープを作り置きしたり、あとは鍋。ヘルシーで栄養がしっかり摂れるのでよく作ります。

糖質は、一度控えすぎて大会中に足が震えたことがあって……それからしっかり摂るよう意識するようになりました。

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同じカロリーを摂っていても、スイーツなどから摂ってしまっていると体の調子があまり良くなくて。やっぱりクリーンなものを食べた方が調子がいい。

大会が近づくと練習のきつさがぐっと上がるので、重いものを食べると練習ができません。でも大会前はストレスが溜まって甘いものが欲しくなっちゃう……だから『大会前はスイーツは食べない!』と決めました。決めてしまえば、逆に楽なんです」

大会までは徹底して「スイーツとお酒抜き」。その期間はひと月から2カ月間に及ぶこともあるという。

「やるって決めたことはやりたい、頑固なんですよ。自分を追い込んでやり抜きった後だと、大会で勝っても負けても、『うん、よっしゃ。これからお酒とスイーツだ!』って達成感があって。大好きなモンブランを食べるのを楽しみに、頑張ってます(笑)」

常に前向きになんていられないから、落ちたら素直に認める

ダンスバトルはすべて即興で行われる。あらかじめ流れる音楽も知らされず、振り付けも存在しない。ステージに上がって初めてかかる曲に合わせ、その場の判断で踊る。

「私は事前にある程度流れを考えておかないと不安になるので、どんな曲でもアレンジできるようなベースを作って臨みます。でもその通りにできた試しはないですね。音によって変わっちゃったりとか、どんなに練習していても緊張でネタを忘れちゃったりもするから、どのラウンドも思った通りにできたことはありません。曲によっても勝敗は変わるから、練習中はなるべくいろんな曲を聞くようにしています」

ストイックに自らを律し続けながら、大会へ向けての日々を紡ぐ彼女。どうやってモチベーションを維持しているのか。

「メンタルは全然保てていないんです。でも、それを受け入れるように変えました。メンタルが落ちている時は、なぜ落ちているのか考える。そして、落ちてるなりにできることをする、っていうのを意識しています。

気持ちは上げようと思っても、上がるものじゃないから。『大会前だからしょうがないか』とか、『生理前だからしょうがない』とか。諦めるようにしてからの方が、元に戻りやすくなりました。

あとは走るのが好きです。部屋で悩んでるよりは思考がポジティブになる。走る元気がない時は散歩に行ったり。アニメを観て何も考えずに笑ったり、編み物に集中するのもリフレッシュになっています」

小心者だからこそ、用意は周到

もがく中で自分なりの方法を見つけてきた。ブレイキンを通じて、否応なしに自分と対峙させられてきたという。

「ブレイキンはバトルカルチャーではありますが、やっぱり練習してる時に向き合うのは自分だし、自分がどんなスタイルを持って、どうやっていきたいのか、深く向き合わないといけない。だからなんとなく、自分のいいところも悪いところも、前より理解するようになりました。

悪いところは、すごく小心者なところ。ブレイキンをするまでは人前に立つのも嫌いだったし、今でも大きなステージよりもちっちゃい輪の中で踊る方が好きだし、気持ちが弱いところ。

でも、だからこそ準備周到だったり、何かに向けて用意をするのが上手だった。心配性だから用意をして、それによって自信を持てるようになるのであれば、いいところにもなるのかなって思ってます」

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自分を掘り下げる過程は苦しみも伴うが、彼女にとってブレイキンは惚れ込んだ道であり、自己表現の手段。その見どころをどう捉えているのか。

「初めて見る人はきっと、大技を成功させた方が勝ちと思うかもしれない。でも実は、そのスタイルの細かいすごさがあったりします。勝ち負けは置いといて、自分の好きなB-Girl、B-Boyを見つけてほしいな。

ファッションも自由だから、『この人の服装好き』とかでもいいし。”推し”を見つけて観た方が楽しめると思います」

ストリートダンスからオリンピック種目になった戸惑い

パリでオリンピック新種目となり、カルチャーとしてのダンスから、ダンススポーツとしてのブレイキンへと変化した。自らを取り巻く環境の大きな変動の渦に必死で適応しながらも、踊り手としての葛藤がなかったわけではないという。

「最初は戸惑いがありました。例えば今までのバトルは、大会情報や審査員を見て出る出ないを自分たちで選べた。みんな尊敬するジャッジたちに裁かれるぞって参加して、たとえジャッジがフェアじゃなかったとしてもそれでOK、というカルチャーがありました。でもダンススポーツになってからは、様々な制約や変化があったりする。

ただ自分のダンスを追求することに集中できていたものが、一変する。どんなに努力して『うまくいった』と思っても、結果が違ったり。正直、最初は葛藤がありました。多分それはきっとダンサー全員があったと思います」

常に敗北と背中合わせの厳しい世界。戦い続けるには、タフな精神力と歩みを止めない覚悟がいる。彼女が出した答えは、「後悔できないくらい、できることをすべてやり尽くす」ことだった。

「今は結果だけにフォーカスするのはやめました。自分の踊りをそのステージで出しきって、それで負けたら『負け』。うまくいけば『勝つ』かもしれない。ジャッジを気にするより、自分がなりたいB-Girlになるために必要なことを考えていたいって気づいたんです。

もちろん大会には『よし勝つぞ!』って気持ちで挑むけど、何よりも重要なのは『自分は今までの練習を全部出しきれるか』、そのために練習を重ねるしかない」。

欠けているものがあるからこそ、かっこいい

「ダンススポーツの成績分析表も、気にしすぎないようにしています。採点項目の6つが満点だときれいな六角形になりますが、ブレイキンってどこか欠けているところがあるからこそ、かっこよく見えるものだと思うんです。

だからもうその時にその会場で、自分が勝ったと感じるか、負けたと感じるか。結果ばかりに集中するのはやめて、その気持ちを大事にしようと決めました。もちろん自分は勝ったと思ったけど負けて、後で映像見てみたら『負けてたわ』ってことも全然あるんですけど。

でも、私はやっぱりそのステージで自分が感じた感触がいちばん大事だから、『すっごい気持ちよく踊れた』とか、『相手にがっつりやられた』とか、そういう気持ちを大事にしようって思っています」

AMIが追い求めるB-Girlの姿とは

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彼女が描く理想のB-Girl像は、どんな存在なのだろうか。

「大会では、B-BoyでもB-Girlでも『ああ、あの人、勝てなかったけどかっこよくてすごく印象に残ってるな』って人が毎回います。仲間とも『あいつやっぱめっちゃかましてたよね』って話題になったり。でもその人が必ずしも優勝者ではなかったりする。

勝ち負けだけにフォーカスするよりは、自分らしさを、自分のやりたいことを突き詰めたうえで、『かっこい』って誰かの印象に残るB-Girlになれたらいいな。それが今いちばん思っていることです」。軽やかなステップとアクロバティックな技をまるで流れるように組み立て、磨き上げるB-Girl AMI、25歳。今年の夏、パリの舞台を沸かせてくれるだろう。

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B-Girl AMI 湯浅亜実(ゆあさ・あみ)

埼玉県出身。姉のB-girl AyuとともにGood Foot Crewに所属。10歳でブレイキンを始め、ダンサーKatsu Oneに師事。ベーシックを重んじ、クールでクリーンなダンススタイルとスムーズなフロウに定評がある。多くの大会で優勝経験を持ち、2023年には『Red Bull BC One World Final』で2度目の優勝。日本を代表するB-Girlとして世界に活躍の場を広げている。

Photo: TAROH OKABE(SIGNO)Hair &Make: KIKKU Text: KANNA KONISHI

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