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遺伝子操作で「母乳」が作れる植物を開発!大人向け母乳の可能性も

  • 2024.6.18
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※ 画像はあくまでもAIによるイメージです
※ 画像はあくまでもAIによるイメージです / Credit:Generated by OpenAI’s DALL·E,ナゾロジー編集部

植物の力で「母乳」を人工生産できるようになるかもしれません。

米カリフォルニア大学バークレー校(UCB)はこのほど、植物を遺伝子操作することで、本物のヒトの母乳に含まれている特別な糖類「ヒトミルクオリゴ糖(HMO)」を作り出すことに成功しました。

HMOは非常に栄養価の高い糖類ですが、これまで人工的に製造することが難しく、粉ミルクは近い栄養素を添加しているもののHMOはほぼ含まれていませんでした。

しかし植物からこの糖類が得られることで、本物に近い成分の粉ミルク製造栄養価の高い大人向けの母乳の開発も可能になると期待されています。

研究の詳細は2024年6月13日付で科学雑誌『Nature Food』に掲載されました。

目次

  • 「ヒトミルクオリゴ糖」が体にいい理由とは?
  • 植物を遺伝子操作して「ヒトミルクオリゴ糖」を作らせる!

「ヒトミルクオリゴ糖」が体にいい理由とは?

現在、世界の乳児の約75%は生後6カ月以内に、母乳育児の補助として「乳児用調製粉乳」、いわゆる「粉ミルク」を飲んでいます。

粉ミルクは成長期の乳児に必要な栄養素を与えてくれるものの、現時点で本物の母乳と同じ成分を再現することはできていません。

中でも特に人工生産が難しいとされているのが「ヒトミルクオリゴ糖((Human Milk Oligosaccharide:HMO)」です。

そもそも「糖」と一口に言っても、すべてが同じ作りをしているわけではありません。

最も単純なのはブドウ糖や果糖を代表とする「単糖類」で、これはそれ以上分解されない糖質の最小単位となります。

次いで、単糖類が2つ結合すると「二糖類」となり、砂糖や乳糖などがこれに当たります。

そして単糖類が数個〜10個ほど結合したものが「オリゴ糖」で、ヒトミルクオリゴ糖(以下、HMOと表記)はこの一種です。

単糖類がそれ以上くっつくと「多糖類」になります。

言うまでもなく、単糖類が多く結びついたものほど、構造が複雑で人工的に作り出すのが難しくなります。

ヒトミルクオリゴ糖(HMO)は人工生産が難しい
ヒトミルクオリゴ糖(HMO)は人工生産が難しい / Credit: canva

その一方で構造が複雑な糖類ほど、体への消化・吸収がゆっくりになるため、健康価は高くなります。

(お菓子やジュースに多量に含まれるブドウ糖や果糖は消化・吸収が速いので、急激に血糖値を上げてしまいます)

ヒトの母乳にのみ高濃度で含まれているHMOも、乳児の健康にとって非常に重要です。

その最大の理由はHMOが持つ「プレバイオティクス効果」にあります。

プレバイオティクス(prebiotics)とは、オリゴ糖や食物繊維のような難消化性のものを指します。

難消化性のものは食べても胃や小腸で分解・吸収されず、そのまま大腸まで運ばれるので、大腸に共生する微生物の餌となり、腸内環境を整える整腸効果、食後の血糖値の上昇抑制、肥満予防などの機能を発揮してくれます。

乳児においてもHMOはプレバイオティクス効果を発揮して、有益な腸内細菌の成長を促進し、危険な腸内感染症のリスクを低減するのに役立っています。

しかしながら、HMOの人工生産は不可能ではないものの大量生産は困難であり、産業的な利用はできない状態です。

現時点では大腸菌を使ったHMOの生産方法が存在していますが、生産できる量が少ない上に、毒性のある副産物も生産されてしまい、これを除去するのに多大な費用がかかるのです。

そのため、HMOを取り入れた粉ミルクはほとんど存在しておらず、あったとしてもかなりの高級品になってしまいます。

そこで研究チームは、まったく新しい方法でHMOを人工生産する技術の開発を試みました。

その主役に抜擢されたのは「植物」です。

一体どうやって植物にHMOを作らせるのでしょうか?

植物を遺伝子操作して「ヒトミルクオリゴ糖」を作らせる!

植物を使おうとした理由について、研究主任の一人であるパトリック・シイ(Patrick Shih)氏はこう話します。

「植物は太陽の光と大気中の二酸化炭素を取り込んで糖を作り出せる驚異的な生命体です。

しかも植物は1つの糖だけを作るのではなく、単純な糖から複雑な糖まで、多種多様な糖を作ることができます。

植物はこうした糖を自然に作るための基礎システムをすでに備えているので、私たちはそれをヒトミルクオリゴ糖(HMO)を人工生産するために応用してみてはどうかと考えたのです」

そこでチームはオーストラリア原産で、タバコの近縁種である植物ベンサミアナタバコ(学名:Nicotiana benthamiana)」を実験台に、遺伝子操作を行いました。

ベンサミアナタバコ
ベンサミアナタバコ / Credit: Charles Andres via wikimedia commons (CC BY-SA 3.0)

HMOを独特な糖にしているのは、単糖同士を互いに結合させている複雑な分子構造です。

これまでの研究で、HMOに見られるこの分子構造には特定の酵素の働きが関わっていることがわかっています。

そこでチームはベンサミアナタバコを遺伝子操作して、この特定の酵素を遺伝的に発現できるように改造しました。

実際に遺伝子操作した後のベンサミアナタバコ
実際に遺伝子操作した後のベンサミアナタバコ / Credit: UCB – Can engineered plants help make baby formula as nutritious as breast milk?(2024)

その結果、遺伝子操作されたベンサミアナタバコは見事、本物と同様の分子構造を持つHMOの生産に成功したのです。

しかも同チームのコリン・バーナム(Collin Barnum)氏によると、ベンサミアナタバコはHMOの主要な3つのグループのすべてを生産することに成功したという。

(ヒトミルクオリゴ糖は単一の糖の種類を指しているわけではなく、多様な種類のある多糖類グループの総称。そのためHMOsと複数形を付けて表記する場合も多い)

3つのグループとは、分子構造が分岐型のものが1種と非分岐型のものが2種です(下図を参照)。

「私たちの知る限り、たった1つの生物から3つすべてのHMOを同時に作ることができたのは今回が初めてです」とバーナム氏は話しています。

HMOの主要な3グループ全てを作ることに成功
HMOの主要な3グループ全てを作ることに成功 / Credit: Collin R. Barnum et al., Nature Food(2024)

さらにチームは、遺伝子組み換え植物からHMOを工業規模で製造するコストを算出したところ、現在の大腸菌を用いた方法よりも安価になる可能性が高いことを見出しました。

これを受けて、シイ氏は将来の展望についてこう話しています。

「1つの工場でヒトミルクオリゴ糖を人工生産できることを想像してみてください。

そうすれば、植物を粉々にしながらヒトミルクオリゴ糖を抽出し、粉ミルクに直接加えることができるでしょう。

実際の製造と商品化にはまだ多くの課題がありますが、これは私たちが目指している大きな目標です」

また植物が作り出したHMOは赤ちゃんのためだけではなく、大人向けの植物性ミルク(植物から搾取されたミルクのこと。牛乳と違い、乳糖やコレステロールが含まれない)の開発にも役立つと考えられています。

近い将来、スーパーの店頭に”大人向け母乳”が並ぶようになるかもしれません。

参考文献

Can engineered plants help make baby formula as nutritious as breast milk?
https://news.berkeley.edu/2024/06/13/can-engineered-plants-help-make-baby-formula-as-nutritious-as-breast-milk/

元論文

Engineered plants provide a photosynthetic platform for the production of diverse human milk oligosaccharides
https://doi.org/10.1038/s43016-024-00996-x

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

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