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「デザイン思考とアート思考。」箭内道彦

  • 2024.6.18
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合理性より自由を。数字より感情を。人の心に強く響く企画を生む術(すべ)として注目される「デザイン思考」と「アート思考」。前者は「ユーザーのニーズ」を起点に課題を見つけて根本的な解決策を探り、後者は起こっている事象に疑義を呈しつつ「自分のアイデアやニーズ」から独創的な解決策を生む。共にロジックより感覚やセンスを重視する「人間中心の考え方」である点が特徴だ。そのクリエイティブな思考回路を理解する手がかりを、箭内道彦さんが解説。

例えば町の壁を塗り替える時に、「赤がいいか、黄色がいいか」で意見が対立しているとしましょう。そこで、多数決をとるとか、2色を混ぜたオレンジにするとかではなく、「水色もいいですよね」「そもそも、この壁いらなくないですか?」と、思いもよらぬアイデアを差し出すのがクリエイティブの役割です。この時、「世の中には壁がない方がいいことがありますよね」みたいなロジックを積み上げていくのが一般的な解決法なのでしょうが、僕は先に「壁、いらなくない?」というアイデアを思いつき、後からそれを検証する。その方が飛躍も生むし、課題に対して純粋な解になると思います。

では「壁、いらなくない?」はどこから思いつくのか。僕の場合、アイデアの起点の一つは「好き」。中でも、人がキラキラしている瞬間を見つけるのが大好きで、それがクリエイティブのすべてと言ってもいいぐらいです。「初めて」という状況が人にもたらす輝きもたまらなく、いい。そのただ事ではない輝きを見たくて、「ミュージックビデオの監督してみない?」と学生に無茶ぶりするようなことも少なくありません。言葉にすると青くさいのですが、好きが放つまぶしさを僕は信じていて、そのまぶしさが強い商品力を持つことも、競合他社の脅威になることも実感として知っているんです。

あるいは、これから作るものを受け取るだろう人たちの顔を見ることがアイデアにつながることもよくあります。町に出て通りを何往復も歩き、すれ違う人の顔を見ながら、彼らに何を見せたら喜んでくれるかと想像する。僕には過剰に想像してしまうところがあって(ニュージーランドに行った時は「南半球に閉じ込められた」という感覚に陥ってしまったほどです)、生きていくうえでは厄介でもある。でも仕事にはすごく役立つんです。タワーレコードのポスターの写真を選ぶ時も、一枚見るたび脳内にファンの歓声が響いてくる。いつも一番大きなキャーッが聞こえる写真に丸をつけています。

箭内道彦(クリエイティブディレクター)

一方通行の企画よりも巻き込まれ合う体験を

自分が見たいものを作りたいという気持ちも、アイデアを生む始まりです。アマチュア的だとも思いますが、自分の心を通さずに技術と知見で解決策を見出す感覚は持っていないのです。「こういうものを作ればみんな喜ぶだろう」という作り方だと、喜ぶ人がゼロの可能性があるけれど、自分が見たいものを作れば、喜ぶ人間が必ず一人はいるということ。それを一緒に見てくれる仲間を探し、巻き込んでいく方が、人を幸せにする確率が高そうです。

ここでも鍵は「すき」。ラブの「好き」もありますが、「隙」でもありますね。若い頃は本心を言うのが怖くて心の隙を覆った鎧(よろい)を外せなかったけれど、今は、正直になった方がコミュニケーションに到達力が宿ることを学びました。だから緊張も隠さないし、うれしい感情がダダ漏れするのも遮らない。隙があると、好きになってもらえる気さえします。

ところで僕は2015年から、故郷の福島県のクリエイティブディレクターをしています。それまで企業の広告やCMという「民」に携わってきた人間が、「官」である県に利益をもたらすべく地域ブランディングをする。東日本大震災からの復興の道を歩む故郷の光と影に向き合い、クリエイティブの力で「誤解を理解に」変えようとし続ける仕事です。

企業のCMでは巻き込んでいくことを意識してきましたが、県の仕事でも変わりません。「利益」とはお金を得ることだけでなく、愛情や正しい理解、県のファンを増やすことでもあるからです。その際、大事にしているのは、一方通行ではなく「巻き込まれ合う」こと。忌野清志郎さんがステージから問いかけ続けた「愛し合ってるかい?」の精神です。

ここに、2016年に制作した県公式ポスターがあります。コピーは「来て。」の2文字だけ。福島って素敵なところなんだよという誇りを持って、県内の風景写真をレイアウトしました。最初の一枚は観光交流課のポスターでしたが、翌年は別部署から「ウチの課でも同じフォーマットで作りたい」と声が上がり、農産物流通課の「味わって。」や移住促進のための「住んで。」へと展開。

やがてコピーはそのまま、写真を地元の風景に替えた市町村版が生まれます。全国の商店や団体がポスターを取り寄せて自主的に発信する仕組みもでき、各課が巻き込まれ合って、ノリノリに盛り上がっていきました。広告の専門家ではない人たちが、クリエイティブの力で横につながった。それはとてもうれしく可能性に満ちた光景でした。

2011年以降、日本中の人が選択を迫られています。自分と違う答えを掲げる人を攻撃することでしか自分を肯定できないという状況は、簡単にはなくなりません。「感じ方は一人一人違って当たり前」という思考が足りていないことは、今も大きな課題です。

もちろん、多様性の時代だよね、いろんな人がいるよねというところまではみんなわかっているんです。ただ、僕もそうですが、自分と全く意見が違う人とどうしゃべって、どう力を合わせたらいいのかわからない。そこで役立つのが、デザインやアートが持つ、いい意味で曖昧な突破力なのかもしれません。

では、デザインやアートの突破力って何でしょう?人という存在の、いい意味での限界やゆらぎという「理屈じゃないもの」を活用しながら、ばらばらに存在する課題のわずかな共通点を見つけ、つないでいくこと。互いに巻き込まれ合いながら、いい感じの曖昧さで関係を成立させること。おそらくこれが僕のデザイン思考やアート思考みたいなものであり、企画を考える時の指針です。

例えば仕事を始める際、まずは対象と自分との関係性を見つけるのが、好きなやり方です。以前、お菓子のビスコのCMを手がけたのですが、説明を受けた企画趣旨が「お母さんと子供のための商品」だった。ここで「僕はお母さんじゃないし」と思ってしまったら関係が始まりません。だけど「おじさんもおじいさんも、お母さんから生まれたんだ」と思えたら、自分と商品との間になんらかの絆が生まれます。そうしたらもう突飛な発想は必要なくて、関係性をみんなで突き詰めていけばいい。

こういう時によく使うのは、無理に答えを提示するのではなく、「一緒に考えましょう」と問いかける方法です。タワーレコードの「NO MUSIC, NO LIFE?」にもクエスチョンがあるし、樹木希林さんと内田裕也さんに出ていただいた結婚情報誌『ゼクシィ』のCMでも、希林さんのセリフは「結婚のいいところってなんでしょうね?」。問いかけって、時には断言よりも強いんです。問いかけられた言葉は、自分のところまで真っすぐ届く気がしませんか?

愛し合ってるかい?は風向きを変える合言葉

NHKの番組『トップランナー』の司会をしていた頃の話です。最後にゲストへ感想を言うのが決まりになっていたのですが、これが本当に難題で。みんなが納得できて、でもその人が言われたことのない言われ方で褒めたい。「そんなふうに言われたことなかった!」と喜んでくれるポイントを探したい。それは広告や企画を考えるうえでも、大事にしている思考です。褒めるってとてもクリエイティブで難しい。だから隣の人でも水でも豆腐でもいいんですけど、良いところを見つけて表現にまで昇華させる訓練をすると、どんな仕事にも役立つと思います。

いろんな経験を持つ人と共創してアイデアを生み出すことが、デザイン思考の特徴の一つだといわれていますが、その際、相手の能力や輝きを最大限に引き出すことが、僕にとって重要なポイントです。よく行うのが無茶ぶり。無茶ぶりとは、高所恐怖症の人にバンジージャンプしてみろということではなく、相手をよく観察し、「この人にとって、本当はできるのにやっていないことは何か?」と真剣に考える行為です。

2009年に始まった秋の音楽イベント『風とロック芋煮会』でも、僕は敬愛するミュージシャンたちに無茶ぶりをし続けています。縁日の手伝いをお願いし、お客さんと一緒にキャンプファイヤーをしたり、線香花火をしたり。ライブ後は野球の試合も。最初は全員クタクタで、クレームも届きました。でも、みんな少しずつ慣れてきてて楽しくなり、そのうちお客さんがブラスバンド隊を組んで自発的に演奏しに来てくれたり、試合前にミュージシャンがビールの売り子を始めたりということが生まれたんです。

関わった人たちが「自分にもできることはないか」と考え、互いに巻き込まれ合い、その行動が「宇宙一楽しい2日間」と言ってもらえる場を作った。僕が思うクリエイティブの、理想形の一つです。「自分のしたことでこんなに喜んでいる人が目の前にいる!」という実感と、自分もみんなに楽しくしてもらっているんだという感覚。巻き込まれ合う衝撃体験を一度でも共有すると、人は沼から抜け出せなくなるものです。

ロックバンド怒髪天のパフォーマンス
ロックバンド怒髪天のパフォーマンスを舞台袖で見守り中。

この「一緒に作る形」が持つ可能性にもヒントを得て、2022年、新たな学校〈誇心館(こしんかん)〉を福島県と始めました。目標は、地元のクリエイターを育成し、彼らの力を活用すること。そして福島からの情報発信を、故郷への愛や誇りに支えられた強いものにしていくこと。県の発信をサステイナブルなものにするための、これもクリエイティブの形です。

現在僕は、ロックバンドTHE BACK HORNの松田晋二と、〈ゆべしス〉というアートユニットを組んでいます。たまにライブはしますが、仕事ではありません。でも〈ゆべしス〉の活動があることで、課題に応え仕事をしている自分とは別の自分が開拓される。リフレッシュのようなことではなく、仕事の精度を上げ、突破力をつけるための、絶対に必要な場なんです。

『風とロック芋煮会』も同じで、会場を歩いてお客さんと話したり笑顔を見たり。名前を覚えている人もいっぱいいます。こんな体験を毎年必ずしている広告制作者はほかにいないでしょう。自分の好きなことをするという足元を確認し、広告という責任あるものの中に自分の思いを深く宿らせる訓練を続けているのかもしれません。

福島県白河市で開催された『風とロック芋煮会』の会場
2023年9月9日と10日、福島県白河市で開催された『風とロック芋煮会』の会場で。出演者と来場者の距離の近さは日本一!

「愛し合ってるかい?」と、今改めて自分に問いかけています。「壁は赤か黄か」という決めつけや一方通行の愛では解決できっこない風向きを、一歩ずつでも変えるクリエイティブはこの言葉にある。僕はそう感じます。あなたはどう思いますか?

箭内道彦のデザイン思考・アート思考と実践の十ヵ条

  1. 「好き」のまぶしさは無敵の商品価値である。
  2. 「初めて」の輝きをハンティングする。
  3. オーバーイマジネーション(過剰に想像)する。
  4. 隙で好きを生む。
  5. 巻き込むことで共鳴させる。
  6. 関係性を見つけて愛着を持つ。
  7. 問いかけという最強ツールを使う。
  8. 観察し、褒める訓練をする。
  9. 無茶ぶりを成功体験に替えていく。
  10. 衝撃体験で沼へ。

箭内さんのお仕事年表

1990
東京藝術大学美術学部デザイン科卒業。
博報堂入社。

1996
CMプランナーに転向。
タワーレコード「NO MUSIC, NO LIFE.」制作。

タワーレコード「NO MUSIC, NO LIFE.」忌野清志郎

2003
博報堂退社後、〈風とロック〉設立。

2005
フリーペーパー『月刊 風とロック』創刊。

フリーペーパー『月刊 風とロック』

2006
山口隆(サンボマスター)と音楽ユニット〈ままどおるズ〉結成。

2007
『ロックの学園』(校長・忌野清志郎)開催。
福島民報・特集『207万人の天才。』企画。

イベント『ロックの学園』の校則は「愛し合ってるかい?」。

2008
NHKトーク番組『トップランナー』5代目MC担当。(~11年)
松田晋二(THE BACK HORN)
とアートユニット〈ゆべしス〉結成。

2009
福島でロックフェス『207万人の天才。風とロックFES 福島』開催。

2010
ロックバンド〈猪苗代湖ズ〉結成。

2011
3月11日、東日本大震災発生。3月20日、猪苗代湖ズの楽曲「I love you & I need you ふくしま」をレコーディング、発売。売り上げ全額を福島県災害対策本部へ寄付。
4月、ゼクシィCM、樹木希林×内田裕也「Get Old with Me」制作。
6月、NHK『福島をずっと見ているTV』開始。
9月、6日間にわたるロックフェス『LIVE福島 風とロックSUPER野馬追』実行。以降現在まで、野外フェス『風とロック芋煮会』や『風とロック LIVE福島CARAVAN日本』などの音楽イベントを開催。
12月31日、NHK『紅白歌合戦』に猪苗代湖ズで出場。

ゼクシィCM、樹木希林×内田裕也「Get Old with Me」

2012
支援活動「東北ライブハウス大作戦 with LIVE 福島」開始。

2013
ラジオ公開生番組『風とロック CARAVAN福島』開始。

2015
福島県クリエイティブディレクターに就任。県の広告「ふくしまプライド。」、県公式イメージポスター「来て。」、総合情報誌『ふくしままっぷ』ほか。

福島県公式イメージポスター「来て。」
総合情報誌『ふくしままっぷ』

2016
東京都渋谷区のコミュニティ放送局『渋谷のラジオ』開局。

2019
東京藝術大学美術学部デザイン科教授に着任。
福島ブランド米〈福、笑い〉ディレクション。

福島ブランド米〈福、笑い〉

2022
福島クリエイターズ道場〈誇心館〉開塾。
コロナ禍のオンライン開催を経て『風とロック芋煮会』再開。

福島クリエイターズ道場〈誇心館〉

profile

箭内道彦(クリエイティブディレクター)

箭内道彦(クリエイティブディレクター)

やない・みちひこ/1964年福島県生まれ。〈風とロック〉代表。数々の広告を手がけ、福島県クリエイティブディレクターも務める。河尻亨一との共著に『ふるさとに風が吹く 福島からの発信と地域ブランディングの明日』(朝日新聞出版)。

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