1. トップ
  2. レシピ
  3. なぜ、餃子は世界中に存在する?愛される秘密を三賢人が語る

なぜ、餃子は世界中に存在する?愛される秘密を三賢人が語る

  • 2024.6.18
  • 552 views
 鴻奈緒 イラスト

中国王朝かモンゴル帝国か、はたまた古代メソポタミアか。小麦粉の皮で具を包んだもの=日本名でいう餃子は、あまりに普遍的な存在のため、発祥の場所も時代も諸説ある。ユーラシア大陸を横断する壮大な餃子ロードに加え、大航海時代にスペイン・ポルトガル人によって新世界へもたらされたとされる海路ルートもまた、歴史的ロマンに満ちている。

確かなのは、土地ごとの特産物を包み、思い思いに成形した餃子は究極の“ご当地料理”であること。世界の国民食を俯瞰で眺めれば、地方性や文化が見えてくる。餃子は歴史の代弁者なのだ。

塚田亮一

本日は餃子で世界を語るという、壮大なミッションですが。

青木ゆり子

まず郷土料理の歴史から申しますと、“餃子的なもの”は紀元前6世紀頃に中国東北地方から発祥し、1200年代のモンゴル帝国の勢力拡大とともにユーラシア大陸の西の方に伝播したという説が一般的かと。もちろん諸説ありますが。

本山尚義

モンゴルのボーズ(小籠包のような伝統的な蒸し料理)がジョージアに渡ってヒンカリになる。

青木

ええ。モンゴル人や中央アジアに住むチュルク系民族は遊牧民だったので、彼らが羊を連れて西に移動しながら伝えたといわれています。

塚田

確かにウズベキスタンやカザフスタン、アフガニスタンの一帯には「マントゥ」がありますよね。

青木

そうなんです。で、もう一つが大航海時代。スペイン・ポルトガル人が南アフリカのケープタウンを経由してインドに到達するルートを発見し、キリスト教の布教や植民地化とともに各地で食べ物を伝えた。

本山

それがマレーシアのカレーパフや、フィリピンや中南米のエンパナーダ的なものになる訳ですか。

青木

ええ。潮の流れは人の流れ、人の流れは食の流れ。世界史と照らし合わせると面白いですよね。

 鴻奈緒 イラスト
餃子発祥の地とされる中国東北地方やモンゴルで最も一般的なのは、肉餡を小麦粉の皮で包んでゆでる水餃子。中国の黒酢、乳製品を使うロシアのサワークリームやトルコのヨーグルトなど、タレやソースも地域性が表れる。モンゴル「バンシ」/羊が主食のモンゴルの日常食。具材は羊肉、タマネギ、ショウガが基本で、黒酢で食す。水餃子の原点!
 鴻奈緒 イラスト
中国(延辺)・北朝鮮「土豆 蒸し餃子」/異彩を放つ黒色の皮は土豆=ジャガイモのデンプン。キムチ入り餡は北朝鮮文化が混在する延辺ならでは。
 鴻奈緒 イラスト
大韓民国「マンドゥ」/韓国の国民的おやつ。中は挽き肉やキムチ、豆腐など。帽子や三日月形、肉まん大のワンマンドゥと形も豊富。
 鴻奈緒 イラスト
マレーシア「カレーパフ」/半月形の揚げ餃子で、サックサク生地の中身はカレー味のポテト。マレーシアを代表する定番スナック。
 鴻奈緒 イラスト
ブータン「モモ」/蒸し餃子のモモに激辛のエヅェ(唐辛子の味噌)をつけて食べるのが、唐辛子大国・ブータンの食文化だ。
 鴻奈緒 イラスト
ネパール「モモ」/チベット文化圏の蒸し餃子。餡にターメリックを加え、かすかに黄金色に染まるのはネパールならでは。
 鴻奈緒 イラスト
ジョージア「ヒンカリ」/小籠包のように大粒で餡は主に挽き肉、唐辛子、パクチー。結び目を持って食べ、その部分は残すのが現地流。
 鴻奈緒 イラスト
トルコ「マントゥ」/指先ほどの小さな水餃子。中は牛挽き肉とタマネギ、香辛料。ニンニクを加えたヨーグルトソースをかけて。
 鴻奈緒 イラスト
カザフスタン「馬肉のマンティ」/ロシアやトルコと同様、生地に卵を使うのが、欧州からの影響を感じさせる。馬肉食文化もカザフの特徴だ。
 鴻奈緒 イラスト
ロシア「ペリメニ」/各家庭の冷凍庫に常備される国民食。パスタのように生地に卵を使い、バターとサワークリームを添える。

餃子は偉大な保存食にして最強のご当地料理である!

本山

僕、個人的には小麦粉の生地で何かを包んであれば餃子と呼んでいいはず、と解釈してるのですが。

塚田

同感です。餃子は誰もが作れる庶民の食べ物なので、口承で伝えられて文献があまり残ってないんです。もともとは保存食ですしね。

青木

チュルク系民族の人たちも氷点下の中で凍らせて持ち歩き、ゆでていたそうですよ。お湯を沸かせば食べられる、保存食としての便利さ。

塚田

そして餡に“地のもの”を使うから、土地の個性が表れる。

青木

モンゴルは羊肉ですが、カザフスタンでは馬肉の餃子もあります。インドはベジタリアンが多いので豆をよく使う。世界では宗教上の理由などで肉を食べない人も多いので、豆やチーズもポピュラーです。

塚田

そう。モンゴルから南下して中国の山東省あたりまで来ると豚肉になり、大連などの沿岸部は魚介になる。サワラやサバ、貝類とか。タレやソースも、トルコのようにヨーグルトをかけるのは中央アジアの特徴ですね。ヨーグルトも乾燥すれば保存食になりますし。

本山

中央アジアで餃子とヨーグルトが出合うのは面白いですね。さらに西へ行くと生地の材料に卵を入れるようになり、パスタやパイに近づいていく。あと、モンゴルではボーズを作れたら一人前とか、ネパールではモモを上手に包めたらいいお嫁さんになれるとかいうそうですよ。

青木

トルコのカイセリという町では、マントゥのサイズがすっごく小さいんです。一粒が小さいほど手先が器用だと評価されるそうで、餃子作りは花嫁修業的な要素でもあったのでしょうね。

塚田

そうかもしれません。ちなみに皆さんは海外で印象に残る餃子体験はありますか?僕は北京にある北朝鮮の国営レストランで食べた、黒い蒸し餃子「土豆餃子」が衝撃的でした。皮がジャガイモのデンプンでできているのですが、想像以上に真っ黒&プルプルで。

青木

私は中国・西安の名物料理「餃子宴」かな。いわば餃子のフルコースで、有名店の〈徳發長〉はなんと300種類以上もあるんです。

本山

それ、とても食べ切れないですね(笑)。僕はネパールに半年ほど滞在していた時に、知人家庭のモモパーティによく招かれたのですが、皆さん手さばきが本当に素晴らしくて。餡はバフ(水牛)の肉が多かった。お礼に日本の焼き餃子を作ったら、すごく喜んでもらえました。

 鴻奈緒 イラスト
シルクロードを経て欧州へと流通し、大航海時代にはアフリカ大陸にもたらされたとされる小麦食文化。揚げる、オーブンで焼くペストリーなど調理法も多彩。形は餃子と類似しながら、パスタやパイの要素が強まっていく。ポーランド「ピエロギ」/平たい半月形の国民食。「ゆで」がポピュラーな食べ方で、パテ状の肉とジャガイモを使った餡が定番。
 鴻奈緒 イラスト
ドイツ「マウルタッシェ」/シュヴァーベン地方の郷土料理。パスタ生地で肉などを包んだ大きめの長方形。スープに入れることも多い。
 鴻奈緒 イラスト
イタリア「チャルソンス」/フリウリ地方の郷土料理。ジャガイモやシナモン、レーズン等を使う甘い一皿。バターと燻製チーズをかけて。
 鴻奈緒 イラスト
スペイン「エンパナーダ」/ガリシア地方が発祥とされ、具材は牛肉やツナなど多彩。丸い生地を折り、半月形にして揚げるのが一般的。
 鴻奈緒 イラスト
チュニジア「ブリック」/春巻に似た皮でツナやジャガイモ、生卵などを包んで揚げた日常食。大型の三角形で、中は半熟卵がとろり。

地球上に存在するという“餃子空白地帯”とは⁉

青木

こんなに世界中に浸透していますが、実は“餃子空白地帯”もあるんです。その一つが太平洋のオセアニア一帯。主食がタロイモの国々です。アフリカ大陸ではサハラ砂漠の南側もあまり見当たらないです。

本山

そういえば、青バナナやキャッサバを主食とする東・西アフリカや、あと東南アジアでもあまり見かけないかも……!

塚田

なるほど、赤道のコーヒーベルト地帯は餃子空白地帯でもあったんですね。余談ですが、日本のご当地餃子って「豚肉、キャベツ、ニンニク」という基本の餡に特産物を入れただけのものがまだまだ多いんです。でも、作り手の方が世界各地の餃子を食べて既成概念が広がったら、その特産物を主役にした画期的においしい餡を作るとか、もっと面白いものができそうな気がします。

本山

確かにそうですね。僕は帰国後に神戸に開いたレストランで韓国のマンドゥやロシアのペリメニなど11種類の餃子を出す『餃子フェア』をやったのですが、チュニジアのブリックが一番人気でしたよ。ちなみに僕が世の中で一番好きな餃子は高校時代から通う神戸市東灘区の〈餃子の王将 御影店〉ですが(笑)。

青木

やはりね、小麦粉で包めばシンプルにおいしいですし、餃子は食べると幸せになる。世界に広まった理由はこれに尽きると思います。

本山

集まって作ってシェアして食べる。こんなにコミュニケーションが生まれる食べ物、そうないかも。

塚田

ですよね。そもそも字が「食べて交わる」ですから!

青木・本山

なるほど!(笑)

profile

 鴻奈緒 イラスト

本山尚義(〈世界のごちそう博物館〉 オーナーシェフ)

もとやま・なおよし/30ヵ国を旅しながら料理を学び、帰国後は神戸に世界の料理を振る舞うレストランを開店。現在は各地の味をレトルトで販売する〈世界のごちそう博物館〉を主宰。

profile

 鴻奈緒 イラスト

青木ゆり子(「e-food.jp」代表)

あおき・ゆりこ/各国・郷土料理研究家。雑誌記者等を経て2000年に世界の料理の情報サイト「e-food.jp」設立。世界の料理レシピ・ライブラリー&サロン主宰。郷土料理の魅力を発信。

profile

 鴻奈緒 イラスト

塚田亮一(「東京餃子通信」編集長)

つかだ・りょういち/2010年開設の餃子専門ブログ「東京餃子通信」編集長。フードジャーナリスト。日本各地から世界各国まで餃子を求めて食べ歩く。スローガンは「餃子は完全食!」。

元記事で読む
の記事をもっとみる