「私は、物理学者の両親のもと、カウボーイの町・カリフォルニア州リバモアで生まれ育ちました。両親は政府関連の研究所で働いていたため、私は幼い頃からテクノロジーに触れてきました。その後入学したカリフォルニア州サンタバーバラ大学では、ちょうどロボット工学のセンターが立ち上がったばかりだったので、何かとてもクールなことが起きると予感していました。当時はよく友人とNASAの惑星探査車を作りたいと話していたことを今でも覚えています」
かつて「ニューヨークタイムズ」紙にこう語ったシンシア・ブリジールは、現在世界のソーシャルロボティクス分野をリードするパイオニアだ。1967年、アメリカ・カリフォルニ州に生まれた彼女は、1989年にカリフォルニア大学サンタバーバラ校で電気/コンピューター工学の学士号を取得。その後マサチューセッツ工科大学で電気工学とコンピューターサイエンスの博士号を取得し、研究対象をソーシャルロボット工学にシフトチェンジした。
そんな彼女の名を世界的に知らしめたのが、90年代に開発した最初の対話型ロボット「Kismet」だ。当時、日本は人型ロボットを開発するなどし、世界のロボット工学を一歩リードしていた時代だ。そんな中、マサチューセッツ工科大学のロドニー・ブルックス教授のもと、博士論文として開発されたこのモデルは、世界で初めて人間と人型ロボットの社会的交流に特化したロボットとして大きな注目を集め、1997年に運用が始まった。
世界初の対話型ロボット「Kismet」の誕生
「私は、10歳のときに初めて『スター・ウォーズ』(1977)のR2D2とC3POを見た時から、ロボット工学に憧れてきました。そして、もし私たちがあのようなロボットの誕生を目撃するのならば、それはきっと私の研究室だろうと確信したのです」
Kismetは、ブリジール曰く“ロボット漫画”のような風貌で、顔や腕など、全身に機械部品が露わになったものだ。眉毛の部分には表情を作るための手術用チューブがあしらわれ、興奮状態を表現するためにピンクの耳を装着するなど、Kismetのエンジニアリングは、人間の幼児の社会的発達がベースとなっている。
その後もブルックス教授のもと、MIT人工知能研究所の大学院生時代に彼女が共同開発したパーソナルロボットには、上半身人型ロボット「Cog」や昆虫型ロボット「Hannibal」、2000年代初頭の「Leonard、「Aida」、「Autom」、「Huggable」があり、いずれも現在MIT博物館に展示されている。
中でもKismetの後継モデルとしてスタン・ウィンストン・スタジオと共同開発されたLeonardは、ロボットの社会学習能力の開発のために利用され、“ロボットの心”に関する研究にも応用された。そんな同モデルはまた、彼女が初期に開発したロボットのひとつとして2006 年に『WIRED』誌の「史上最高のロボット50作品」のにも選出されている。
人間とロボットのよりよい未来の創造のために
「私は、心ある人々との慈悲深い交流が、機械(ロボット)の学習プロセスをどのように加速させ、どこまで豊かにすることができるのかを探り続けています。より社会的に洗練された方法で人間から学習するロボットの構築が可能かどうか、この目で確かめたいと思いました。その考えが、 Kismetの誕生につながったのです」
こう語った彼女が2014年に開発した世界初家庭用パーソナルロボット「Jibo」は、その機能はもちろんのこと、クラウドソーシング・キャンペーンで開発資金を募ったことでも大きな注目を集めた。職業の代替ではなく、人間の生活をより楽にすることを目的として開発された同モデルにはAIが搭載され、写真を撮ったり、家族と会話するなど、家族の“コンパニオン”としての役割を果たすことを念頭においている。
そんな彼女は、パーソナルロボットの成長を阻む環境として、開発段階でロボットが人間ではなく“物体”のみと対話する場面が多すぎることを挙げている。さらに「ロボットと人間のより円滑なコミュニケーションのためには、人間の日常的な非言語的合図(ジェスチャーなど)を実行する能力を多く与えなければならない。そうすると、人間はロボットにより親近感を抱き、彼らを仲間のように扱う」という人間側のロボットに対する心理的側面も発見した。
2022年1月にマサチューセッツ工科大学のデジタル学習学部長に就任した彼女は、現在この持論のもと、ソーシャルロボットが人間の日常生活にもたらす影響を研究する「Living With AI(AIとともに生きる)」というプロジェクトに注力している。そして、パーソナルロボットのAIに感情を追加することで、人々により良いサポートを提供したり、遠く離れて暮らす人間同士を繋いだり、さらには人間の“仲間”をも作り出すことを目指している。
人間とチームとなって一体化し、より複雑で、高度で、豊かな社会的コミュニケーションを図るロボット開発に邁進するブリジール。一方で、その先進技術の軍事転用もますます危惧されている中、ロボットと人間との平和的共存社会の構築を目指す彼女は、自身の揺るぎない哲学をこう明かした。
「パーソナルロボット開発で私が最も興味をそそられたのは、ロボットが人と対話する能力の精度を上げるプロセスです。これは、宇宙や地雷原などの危険な場所で人間の代わりに作業するロボットとは全く違うもので、私たち人間の環境にロボットを取り込み、彼らが私たち人間を理解し、これまで人の手では不可能だったことを可能にするものです。
ロボットというものは、生まれたての状態ではあまりプログラムされていないことから全く無力で、かなり原始的な状態です。そのため、ロボットは子どもが学習するように、さまざまな人の手を経て学習を重ねて成長します。ですから人格的にも優れた人間の手を借りなければなりません。それも、人への思いやりに溢れた慈悲深い “管理者”(=オーナー)の手が。これこそが、私たち人間と共存する魅力的なロボットの誕生には必要不可欠なのです」
Text: Masami Yokoyama Editor: Mina Oba