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人に信じる心を与える「信頼遺伝子」を発見

  • 2024.6.14
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人を信じる力を与える「信頼遺伝子」を発見
人を信じる力を与える「信頼遺伝子」を発見 / Credit:Canva

「信じる心」は遺伝子に刻まれていました。

デンマークのコペンハーゲン大学(UCPH)で行われた研究により、見知らぬ人を信じる力を与えてくれる「信頼遺伝子(PLPP4)」の存在が明らかになりました。

見知らぬ人に電車代やバス代を貸すことは誰にとっても怖いことですが「信頼遺伝子(PLPP4)」の働きが強い人々はこの恐怖に打ち勝ち、見知らぬ人を信頼できるようになります。

もし将来的に信頼遺伝子を活性化する薬を開発できれば、さまざまな用途への活用が見込めるでしょう。

研究内容の詳細は『Scientific Reports』にて公開されています。

目次

  • 見知らぬ人を「信じる力」はDNAに刻まれている
  • 信頼遺伝子は「闘争・逃走反応システム」を抑制している

見知らぬ人を「信じる力」はDNAに刻まれている

見知らぬ人を「信じる力」はDNAに刻まれている
見知らぬ人を「信じる力」はDNAに刻まれている / Credit:Canva

人を「信頼」には大きく2つの種類があります。

1つは家族や友人に対する「信頼」で、もう1つは見知らぬ人に対する「信頼」です。

家族や友人に対する信頼は仲間を助けるだけでなく、仲間からの助けを期待できるという点において相互扶助の利益となります。

しかし全く見ず知らずの人間に対する信頼、特に今後の人生においてもう2度とかかわらないかもしれない相手への信頼は、家族や友人に対する信頼とは大きく異なります。

たとえば、見知らぬ人に「必ず返すから、電車代を貸してくれ」と言われた場合、家族や友人に対する信頼が厚い人でも困惑するでしょう。

つまり見知らぬ人々への信頼と個人の社会性の強さとは、ある意味で、異なる概念となります。

また見ず知らずの今後関わる可能性も低い相手への信頼は根拠がなく、電車代の場合にはお金が返ってくるか来ないか(0かマイナスか)というだけの、ギャンブル以下の結果にしかなりません。

心理学を持ち出すまでもなく、「0かマイナスか」という2択で人は「0」を選びます。

つまり見知らぬ人への信頼は、個人の心理的特性(性格)とも、一線を画します。

ですが一部の人々は見知らぬ人々に対する「信じる力」を持ち、この賭けに乗ります。

いったいなぜなのでしょうか?

そこでコペンハーゲン大学をはじめとした国際研究では、この見知らぬ人々に対する「信じる力」が何によって与えられるかを調べることにしました。

調査にあたっては、デンマークの3万3822人の遺伝子が分析され、見知らぬ人を「信じる力」がDNAによって影響を受けているかが調べられました。

するとPLPP4と呼ばれるたった1つの遺伝子の働きの違いが、他人を「信じる力」の6%を説明していることが判明します。

6%というと大した数値ではないかと思うかもしれません。

しかし人間の心の複雑さを考えると、この数値は極めて大きいと言えます。

見知らぬ人を信頼するかどうかの葛藤が起こるとき、人間の脳内では数え切れないプロセスが進行し、しばしば決断の天秤は何度もギリギリのラインを巡って揺れ動きます。

そんなギリギリの決断において6%の追加の重りの存在は、大きな意味を持ちます。

また人間の体格差に大きな影響を与える遺伝子として「FTO」と呼ばれる遺伝子がよく引き合いに出されますが、この遺伝子がもたらす差はわずか0.34%に過ぎません。

身長や体重といった物理的特性よりも遥かに複雑な「信じる力」が、たった1つの遺伝子によって6%も上下しているという結果は、驚異的とも言えるでしょう。

そのため研究者たちはPLPP4が「信頼遺伝子」であると結論しています。

ですが信頼遺伝子(PLPP4)はどうやって脳に「信じる力」を起こさせているのでしょうか?

信頼遺伝子は「闘争・逃走反応システム」を抑制している

信頼遺伝子は「闘争・逃走反応システム」を抑制している
信頼遺伝子は「闘争・逃走反応システム」を抑制している / Credit:Canva

信頼遺伝子(PLPP4)はどんな仕組みで「信じる力」を発生させているのか?

研究者たちは、そのヒントが「信じる力」と健康の不思議な関係にあると述べています。

これまでの研究により、見知らぬ人を「信じる力」が強い人々は、疑い深い人に比べて寿命が長く、心血管疾患のリスクが低いことが示されています。

信頼遺伝子(PLPP4)は主に脳で働いていると考えられており、研究者たちは信頼遺伝子(PLPP4)が何らかの形で闘争・逃走反応システムの働きを和らげるのではないかと予測しています。

その理由は、闘争・逃走反応システムが動物の原始的な感情を司っており、脅威に出会ったときの態度に大きく影響を与え、警戒心の源泉としても機能しているためです。

闘争・逃走反応システムの働きが低ければ警戒心も低くなり、その副作用で信頼のしやすさに貢献すると考えられるのです。

自然界においては闘争・逃走反応システムは、捕食される危険性を下げてくれるため有効です。

しかし個人の健康という側面からみれば、闘争・逃走反応システムの弱さはストレスレベルを引き下げ、健康レベルに大きな恩恵をもたらします。

実際、見知らぬ人への信頼が強い人は、神経症・抑うつ症状・うつ病・ADHDなどになる傾向が低くなっていました。

(※ただし見知らぬ人への信頼の強さは、統合失調症と正の相関関係がありました)

しんじる心は持っておいて損はない
しんじる心は持っておいて損はない / Credit:© SQUARE ENIX

研究者たちは、見知らぬ人を信頼できる特性がストレスに対する緩衝材として機能し、心血管疾患やうつ病のリスクを下げている可能性があると述べています。

もし将来的に、信頼遺伝的の働きを強化する薬を作ることができれば、心臓病を予防したりうつ病の改善を促せるようになるかもしれません。

参考文献

We’ve discovered a gene for trust – here’s how it could be linked to good health
https://theconversation.com/weve-discovered-a-gene-for-trust-heres-how-it-could-be-linked-to-good-health-231627

元論文

A genome-wide association study of social trust in 33,882 Danish blood donors
https://doi.org/10.1038/s41598-024-51636-0

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

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