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逆境から楽しさを見つける力が、どんな舞台でも背中を押してくれる/車いすテニス 上地結衣

  • 2024.6.13

身長143cm。世界では小柄な日本人の中でも小さな体格だが、相棒である競技用車椅子に乗りラケットを手にすると、ひときわ大きな存在感を放つ。女子車いすテニスの上地結衣選手だ。

史上最年少14歳で日本ランキング1位、21歳の時にはテニス4大大会制覇のグランドスラムを達成。輝かしい功績の数々は、身長のハンデを微塵も感じさせないプレーで、世界の強者たちを圧倒して獲得してきた。今年のパリ大会で4度目のパラリンピックとなる彼女の強さの理由に迫る。

フラットに戦いたい、叶えてくれた競技がテニスだった

上地選手とテニスの出会いは、10歳の時。スポーツが大好きで座って勉強しているよりも体育の時間が一番好きだった彼女は、姉の影響でテニスを始めた(「」上地選手)。

「小さい頃は、姉がやっているものは何でもやりたがる子でしたから、自然とテニスもやってみたくなりました」。

先天性の潜在性二分脊椎症という、下肢運動障害などが生じる病気を抱え、3歳からリハビリをしてきた。

「テニスを始める前は両親がバスケ経験者というのもあって、車いすバスケをしていました。大人に交じりながらやっていたので、身長の小さい私に特別ルールを作ってくれて練習していたんですが、それが悔しくて(笑)。特別扱いされずにみんなと同じようにフラットに戦いたかったんですよね。テニスなら、ネットを挟んで対等に戦える。だから楽しくて自然と練習量も増えていきました

はじめは大会に出る気は全然なかったけど、競技志向の高いクラブチームだったから、半ば強制的に大会にエントリーされて(笑)。その時に、テニスの師匠と『2ゲームは絶対に取る』って約束したんです。結果は、1ゲームは取れたけど、試合には負けてしまって悔しい気持ちが残りました。それをきっかけに、『次はあの人に勝ちたい!』とか、『もっと強くなりたい!』と勝負にこだわりを持つようになりました」

負けず嫌いな彼女の闘争心に火がついた瞬間だった。それからの中学時代は、学校終わりに夜9時まで練習をこなし、週末は朝昼夜の三部練習。テニスに明け暮れる中でめきめきと実力を伸ばし、14歳の時には、史上最年少で日本ランキング1位までのぼりつめたのだ。

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障害をハンデにしない、状況を良い方へシフトする秘訣とは?

負けず嫌いなのは、テニスだけではなく、普段の生活も例外ではない。

「小さい頃は障害があるがゆえに『結衣はこれをやっちゃだめ』と言われる。『悲しい』というよりも『悔しい』でしたね。私もみんなと同じルールで生活して、自分に足りない部分は自分で工夫して補いたいという思いが強くありました。小学校の遠足では、みんなと同じように歩きたいから車いすを使わずに、ゆっくりだけど歩いて行ったこともありました」

しかし体の変化とともに、難しいことが増えてゆく。

「小学校高学年になると、体の重さに脚が耐えられなくなってきたんです。通常なら徒歩15分かからない登下校の道が、1時間ほどかかるようになりました。それでもゆっくり歩きながら登校していたけど、段々とその距離も辛くなって、とうとう道端に座り込んでしまったこともありました」

年齢とともにのしかかる障害の進行で、車いすでの生活が増えていった。しかしそんな状況とは反比例するかのように、彼女はいつも前向きだった。

「車いすが増えるのは受け入れがたかったけど、徐々に意識が変わって。歩けないからしかたなく車いすに乗るんじゃなくて、車いすテニスにハマっていくなかで、競技としてスキルアップするために車いすに乗りたいと思うようになりました。競技以外の時間も車いすと触れ合うことで、テニスのときにもっと自由自在に操れるようにしようって思ったんです」

なぜ、こんなにも前向きでいられるのだろう。

多分私は考えをシフトするのが得意なんだと思います。物事を深く考えることは好きだけど、楽観的な部分もあって、それは今も昔も変わりません。

以前、シカゴ経由のオーランド行きの飛行機に乗ったつもりが、なぜか別の場所に行ってしまって、その日のうちにたどり着けなくなってしまったんです。翌朝の予定もキャンセルして、経由先のホテルに着いたのは夜10時過ぎ。突然のトラブルでヘトヘトだったけど、雪が降っていたのが嬉しくて、夜じゅう雪だるまを作っていました(笑)。

冷静に考えれば大変な状況だったけど、焦ったところで何も変わらない。『じゃあ何したらいいだろう?』と今できる最善策を見つけて、やるようにしています」

その考え方は、テニスでも活きているという。

「もし試合に負けてしまったとき、たとえ決勝まで行ってもそこで負けてしまったら負け。悔しい気持ちでいっぱいだけど、すぐに『もし同じ試合に出たらどうするか』『そのためには何をすべきか?』と考えるので、もう試合に出たくないとモチベーションが下がることはありません。時には、勝つためにはどうしたらいいかわからないこともあるけど、とにかく向き合って、何かヒントを得ようとします。

それは勝った試合でも一緒ですね。100%納得のいくような試合ってなかなかないから、いつも振り返りを忘れません」

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練習時間を2時間短縮した、自身最大のテニス大改革

常に成長と変化を追い求める上地選手にとって、特にこの1年は変化の連続だった。

「2020年に長年一緒にやってきたコーチから離れ、多くのコーチと関わるようになりました。その中で学んだことを自分の中で取捨選択していって、練習方法を見直しています。これまでの練習時間は一日5時間でしたが、今は3時間に短縮して、基礎練習中心の内容から、相手とのラリーの中で展開を作っていく、より実践的な練習を多めにしました」

今まで続けてきた方法から、大幅な改革を起こした中で発見があったという。

「練習時間が短くなったことによって、プレーの質が落ちるんじゃないかって不安もあったんですが、結果として大会での感覚は今までと変わらずにいられました。ということは、練習時間に費やしていたものを、コート外のウェイトトレーニングだったり、試合のビデオを観て研究する時間にあてることができるようになったんです。

これまでは、あまり他の選手の試合のビデオを観る機会がなくて、特に健常選手の試合はほとんど研究していなかったんですが、最近はゲームの展開の仕方など参考にするようにしています。今はまさにステップアップの真っ最中。この試行錯誤がとても楽しいです」

パリの目標はもちろん金、でも、この瞬間もワクワクしたい

自身4度目のパラリンピックとなる、パリ大会。目標は明確だが、目標にこだわり過ぎていないという。

「初出場だったロンドン大会から着実に成績は上がってきて、残すところは一つ、やっぱり金メダルです。もちろんパリ大会のシングルスで金メダルを取りたいって気持ちはあるけど、今は練習方法だったり、競技用の車いすを変えながら、新しいことにチャレンジしている最中で、大会に向かっているこの時間が最高に楽しいです。

もう20年近くテニスをやっているけど、まだまだ技術的にも強くなれる部分があるなって感じていて。本番はもちろん勝ちにこだわると思うけど、今は純粋にプレーしているのが楽しいし、どうやって勝っていこうかって追求できるのが心地いいんですよね。楽しみながら本番までの時間を過ごしつつ、結果を残せたらいいなと思います」

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スピード感あるプレーはもちろん、選手一人ひとりにとって唯一無二の車いすにも注目!

「車いすテニスはパラスポーツの中でも、クラス分けがすごく少ない競技なんです。クラスは『男子』『女子』、そして三肢以上の障がいがある選手を対象として男女混合で行う『クアード』の3つだけ。なので、色んな個性を持った人たちが大きな囲いの中で戦っていて、乗っている車いすも人によって全然違います。座面の高さや角度に制限はないので、地面すれすれにしてもすごく高くしてもいい。選手一人一人が自分の持っている障害をフォローする機能と好みを試行錯誤しながらやっているので、車いすにも注目してみてもらいたいですね。

以前から私のプレーを見てくれている人には、攻撃的なテニスにシフトした姿を見てほしいです。女子ではあまりいないネット際のボレーや、ポジションも前に攻めていたりするので、動きのあるラリーを見せられるはず。小柄なのでどちらかと言えば前に出る行為は頭を抜かれやすいので不利ですが、技術力でカバーしながら視覚的なプレッシャーを与えるテニスができればと思っています。

パリで初めて私を見てくださる人には、海外の選手と比べると身長やパワーやスピードは劣るかもしれないけど、技術の制度の高さで勝負しているところに注目してみてほしいです。身長差やパワーがあってもそれでも勝てるところがテニスのおもしろいところです」

一日一日進化に妥協しない彼女は、パリの舞台でどんな姿を見せてくれるのだろう。

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上地 結衣(かみじ・ゆい)

先天性の潜在性二分脊椎症であったが、11歳で車いすテニスを始める。2014年の全仏オープンでグランドスラム、シングルス初優勝。2021年東京パラリンピックでは自己最高のシングルス銀メダル、ダブルス銅メダルを獲得。

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