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生活こそが人生だ/龍崎翔子のクリップボード Vol.65

  • 2024.6.13
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龍崎翔子<連載コラム>HOTEL SHE, 、香林居、HOTEL CAFUNEなど複数のホテルを運営するホテルプロデューサー龍崎翔子がホテルの構想へ着地するまでを公開!

生活こそが人生だ/龍崎翔子のクリップボード Vol.65

最近、オフィスを移転した。諸々の入退去の手続きに加え、オフィスのリノベーション工事や、膨大な書類や蔵書のパッキング、引越し対応や入居後のスタイリング…と、対応すべき数々のタスクに震え上がり、1ヶ月ほど出張を取りやめてずっと京都で過ごすこととした。

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新幹線に乗らない生活は、久しぶりだった。思い返せば、大学生の頃から週に最低でも1往復は時速300kmで東京-京都間を高速輸送されるのが日常となっていた。京都駅を21:30に出る終電ギリギリまでオフィスで作業をし、そこからタクシーを走らせて八条口に乗りつけ、スーツケースを引きずりながら駅構内を疾走し、12番線ホームから自由席車両に飛び乗る。そして万引きGメンのように目を光らせて空席を探して身を埋め、車内に漂う弁当の香りと微振動に由来する吐き気を堪えながら、窓から見える暗闇の中を線路沿いの蛍光灯の白い光が帯のように流れていくのを眺めて過ごしていた。

年間外泊数は200日を超え、自宅には週末に寝に帰るような生活。冷蔵庫の中には酒瓶と調味料が転がり、シンクにはいつ使ったのかさえ思い出せない食器が積み上がり、洗濯物は洗面所で山脈を形成し、家中にビニール袋と飲みかけのペットボトルが散乱していた。誰かによって玄関まで運ばれてきた食事を摂り、小腹を満たすために深夜にコンビニを徘徊し、27:00まで布団の中でスマホと対峙する。それが私の日常だった。そして、そんな自堕落な生活を愛していた。

出張のない生活は不思議な感覚だった。毎朝決まった時間に起き、化粧をして髪を巻き、朝食を食べてオフィスに行く。仕事を終えればスーパーに寄り、野菜を買って家で調理する。週末になれば自転車で少し遠くのイオンに行って、無印良品を物色して、花を買って帰る。部屋を掃除して、また料理をして食べて、風呂でスクラブとヘアパックをして、髪を乾かして寝る。

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それは凡庸で、取るに足らなくて、それでいてどことなく心地いい時間だった。つい数週間前までの生活を振り返ると、あの狂乱の日々は一体何だったのだろうと思うくらい、凪であった。自分で髪をスタイリングする時間がないから美容室に行き、自分で家事をする時間がないから家事代行を雇い、自分で料理をする時間がないから毎日のように外食をしていた。それはある意味便利で、時短で、効率的な生活だったけれど、今思えば資本主義経済に生活が蝕まれていくような異様さすら漂っていたような気がする。

真のラグジュアリーな宿泊体験とは何か、を考えた時に、自分ひとりのためにパーソナライズされた空間なのではないか、と思っていた。たまに帰省した時の実家とか、親しい友人の家でのお泊まりとか、そんな人間臭くて、それでいて洗練されきっていない野生のおもてなしが好きだった。

でも、今になって思うのである。ご自愛とは、自堕落を許容することではなく、大切な人をもてなす時のように自分を扱うことなのだという。大切な人としての自分自身から自分自身へのもてなしこそが、真のラグジュアリーな宿泊体験なのだと。

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生活は楽しい。自分の意思で、無限にカスタマイズとコーディネートをすることができる。スーパーで買った花を活けることもできれば、もらった花を活けることも、自分で育てた花を活けることもできる。お気に入りの花瓶に活けてもいいし、いつか空けたワインボトルに活けてもいいし、旅先の窯元で買った一輪挿しに活けてもいい。ドライフラワーにしてもいいし、お風呂に浮かべてもいいし、押し花にしてもいい。

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自分の力で生活をしつらえて、自分のために豊かな1日を生み出していく。それこそが、地に足のついた愛すべき営みであり、ラグジュアリーなのではないかと最近思うようになった。

人生は長く、生活はほろ苦い。退屈な日々を彩るのは旅という非日常でもあるけれど、それ以上にささやかな日常を輝かせる、己へのホスピタリティなのである。

龍崎翔子
龍崎翔子

龍崎翔子/SUISEI, inc.(旧:株L&G GLOBAL BUSINESS, Inc.)代表、CHILLNN, Inc.代表、ホテルプロデューサー
1996年生まれ。2015年にL&G GLOBAL BUSINESS, Inc.を設立後、2016年に「HOTEL SHE, KYOTO」、2017年に「HOTEL SHE, OSAKA」を開業。
2020年にはホテル予約システムのための新会社CHILLNN, Inc.、観光事業者や自治体のためのコンサルティングファーム「水星」を本格始動。
また、2020年9月に一般社団法人Intellectual Inovationsと共同で、次世代観光人材育成のためのtourism academy "SOMEWHERE"を設立し、オンライン講義を開始。2021年に「香林居」、2022年に「HOTEL CAFUNE」開業。

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