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初めての恋でついたウソは、「元気でね」の4文字が実らせてくれた

  • 2024.6.12
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ウソをつくことは好きではない。特に自分の気持ちに蓋をしてまでウソをつくなんて考えられない。それでも自分がウソをつくことで、相手が傷つかないのならウソも悪くはない。

◎ ◎

私が人生で初めてウソをついたのは、小学二年生のころだ。今も鮮明に覚えている小さくて切ないウソである。当時、大阪の小学校に通っていた私は少し変わった小学生だった。小学校低学年ともなれば、女の子は男の子よりもませてくる。「好きな人」の存在に心躍らせながら学校に通う子が多くなり、給食の時間や移動教室、遠足の時間までがそういう「恋愛」の話で持ち切りになった。

クラスで一番運動神経がよくて、勉強もできて女子に優しい男子が、モテるというのが鉄則になりつつあったころ、私も周囲の女子と同じように男子を意識するようになっていた。しかし、クラスで一番かっこいい男の子というのは同じ空間にいても遠い存在のように思えた。少年野球をやっていた男の子が、男女ともに人気を集めていて、バレンタインはその子に集中攻撃するように女子たちはチョコレートを贈っていた。

ほとんどの子がマンションやアパートで家族と生活するなか、私が好きになった少年野球チームに所属していた男の子は、一軒家に住んでいた。両親と弟の4人家族だということは、同じクラスの女子たちから聞いていたことだった。

◎ ◎

そうして次第に恋心を加速させていった私は、待ちに待ったバレンタインを迎えた。しかしチョコレートを作って渡すなどという意欲は全くなく、その男の子のことが好きな女子が自分以外にも沢山いたので、私はその恋心を隠したままだった。ひっそりと目で追うだけで、良かった。でも、バレンタイン直前となるとやり過ごすわけにはいかなかった。

「なあなあ、バレンタイン、真桜ちゃんは誰に渡すん?」いつものように苦手な給食を残って食べていた私に、ちょくちょく話す仲だった女子が声をかけてきたのだ。

「渡さないよ」

「えっ、そうなん?好きな人おらへんの?」

このとき私は胸がぎゅっとなって苦しかった。気になっている男子の名前が喉を通って溢れ出そうなのを、必死に押さえた。なぜなら、その女子も自分と同じく、あの男の子のことが好きなのをわかっていたからだ。

「うん、おらんよ。Aちゃん(ここでは仮名とする)は、Rくんに渡すん?」
「うん、Rに渡すんや」

ついでに私の気持ちも、そのチョコに乗っけておいて。と心のなかで叫び散らして、私は平常心を保とうとしていたのかもしれない。

「そうなんや。楽しみやなあ」

これは私が初めてついた小さなウソだった。好きな気持ちを押し殺すことは、21歳になった今でも苦しいことだと思う。人、物、空気、場所。こうした生活に関わるものに対して、誰もが「好き」という気持ちで選び取っているはずだ。

でも時には集団生活をうまく乗り切ることを優先しなければいけないとき、自分の気持ちにウソをついて蓋をしてしまうこともある。それもそれで生き抜く術だからこそ、許されるのではと私は感じている。

◎ ◎

それから3年がたって、私は転校することになった。不意打ちだった。もう会えないから、とりあえず「好きだった」と正直に気持ちを伝えてみようと考えていた。しかし、そんなずるいことはしたくなかった。告白する勇気が湧いたけれど、周囲の女子の恋を邪魔したくなかった私はひっそりと大阪の小学校をあとにしたのだ。

春休み前の終業式が近づくと、だんだん転校するんだという実感が湧いてきた私は、長いようで短かった5年間の小学校生活を振り返った。その時間のなかに、やはりあの男の子がいたのだ。どうしても忘れられなかった。

終業式の日、私はクラスの皆からサプライズで色紙をもらった。そこには、あの男の子からの寄せ書きもあった。「元気でね」たったその4文字で、私の恋心は満たされた。小さなウソが実った瞬間だった。

■真桜のプロフィール
恋愛の神様、北川悦吏子先生に憧れながら、小説やエッセイを執筆しています。

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