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平気なフリばかり、上手くなる。ダメでもムダでも、伝える勇気 『9ボーダー』8話

  • 2024.6.12

19歳・29歳・39歳。節目の年齢を目前にした三姉妹が「LOVE」「LIFE」「LIMIT」の「3L」について悩み、葛藤し、それぞれの答えを見つける過程を描くヒューマンラブストーリー『9ボーダー』(TBS系)。第8話では、記憶喪失であるコウタロウ(松下洸平)の過去が、ついに明かされた。

「ボーダー上」で心揺れるコウタロウ

コウタロウ(松下)の過去が明らかになった。大庭家の三女・八海(畑芽育)がSNSに投稿した誕生日会の動画をきっかけに、弟であるという人物が名乗り出てきたのだ。

コウタロウは、本名・芝田悠斗。不動産会社の副社長で、おおば湯がある市街地の再開発プロジェクトを推進する立場にあった。記憶をなくした当日、商店街にいたのは、計画に一番反対していた自治会長に会う約束をしていたためだった。

仕事が生きがいだったというコウタロウは、再開発プロジェクトにも懸命に向き合っていたのだろう。あの日、橋の階段で彼にけがを負わせた自治会長の話によれば、住民の意見を聞き、町の発展にも貢献しようとしていた。

神戸出身だというコウタロウの元へ、弟の代わりに、婚約者を名乗る酒井百合子(大政絢)がやってくる。彼女と会って話しても、コウタロウの記憶がよみがえることはなかったが、彼女がいつも飲んでいたのか、紅茶の銘柄・オレンジペコのことは覚えているようだ。

次々と明らかになるコウタロウの過去。持っていた謎の大金は、祖父から受け継いだ遺産であること。弟・芝田尚希(中山翔貴)はオーケストラでチェロを演奏していること。仕事人間の彼でも、婚約者に対して土産を買うことを欠かさず、ウェディングドレス姿に「綺麗(きれい)だ」と伝える優しさがあること。

記憶がスッポリと抜け落ちるだけで、こうも人柄が変わってしまうのか、と違和感が芽生えるほどだが、コウタロウ自身の根っこにある優しい気質は、変わっていないのかもしれない。

その人らしさを形づくるものは、過去なのか。経験なのか。それらに基づく記憶なのか。それとも、今なのか。元の自分と、新しく重ねてきた「コウタロウ」としての自分のあいだで、揺れ動く心。松嶋朔(井之脇海)が言うように、コウタロウも、ある種「ボーダー上」にいる。

恋を、好きになった人を、忘れられるか?

過去が明らかとなり、自分が何者なのかもわかり、婚約者である女性まであらわれたコウタロウを見て、大庭七苗(川口春奈)は静かに心を決める。

「もうコウタロウさんはいない。あの人は芝田悠斗さん」「だからもう忘れる! コウタロウさんとはバイバイ」などと繰り返し、いったん神戸に帰るため空港へ向かったコウタロウを見送ることもしようとしない。

それはきっと、七苗にとっての、コウタロウに向けた優しさなのだ。ようやく過去が判明し、自分が誰なのかもわかった彼のことを、尊重した結果だ。彼が元いた場所に戻るにせよ、コウタロウとしてとどまるにせよ、自分の存在が彼の足かせになってはいけないと、七苗はどこかで強く思い込んでしまっている。

二人は間違いなく恋人同士だ。しかし、記憶喪失であるコウタロウが相手である以上、それは期限付きの恋愛。彼が何者であるかがハッキリわかったいま、相手が元いた場所に戻ることを選べば、七苗の恋愛はなかったことになる。

それでも、お互いに好きな気持ちを伝え合い、大事だと実感している相手を、忘れられるのか。「忘れる」と決めるだけで、恋をしたことそのものを、忘れられるのか。

大庭六月(木南晴夏)は、自身の経験から「絶対にその人じゃなきゃ駄目なんてことはない」と妹の七苗を励ます。きっとそれも、間違いではない。仮に七苗が、もう二度とコウタロウと合わない選択をしたとしても、きっとまた新しい誰かと出会うだろう。

しかし、それは、七苗がしっかりコウタロウと向き合わない限り、難しいはず。中途半端に区切りをつけようとした恋愛は、ちぎり損なったまま、いつまでもぶらぶらと心に貼り付いて取れないものだから。

七苗の背中を押す、九吾の言葉

本当のことを伝え合う、嘘はつかない、と約束し合ったはずの七苗とコウタロウ。しかし、コウタロウに対してまたもや、本音を隠して平気なフリをしてしまう七苗。根付いた癖は、なかなか直らない。平気なフリばかり上手くなってしまう七苗だけれど、それはきっと、彼女が常に周囲をうかがう“優しさ”を発揮してきたからだ。

現代に生きる私たちにとっても、この歪(いびつ)な優しさは他人事ではないかもしれない。周囲や他者のことばかり考えて、先回りして動くこと。相手の言ってほしいことを想像して、言動を選ぶこと。

そんな優しさは、決して悪ではない。むしろ社会を円滑にするうえで、必要な場面も多い。

それでも「また後悔するの? 母さんが出て行った時、言えなかったんでしょ、行かないでって……。ダメでもムダでもいいから、伝えなよ」と、弟の品川九吾(齋藤潤)が七苗の背中を押したように、ときには無理やりにでも我をとおすきっかけが必要な瞬間もある。

SNSやインターネットを介して、表には出ていない“裏の本音”が見えやすくなった現代だからこそ、人の目を気にして忖度(そんたく)してしまうことがある。傷つくのを怖がることを、やめよう。身を引くことが相手のためになる、と自分よがりに考えることを、やめよう。優しさや思いやりの先取りは、ときに相手の負担になると、知っておくために。

■北村有のプロフィール
ライター。映画、ドラマのレビュー記事を中心に、役者や監督インタビューなども手がける。休日は映画館かお笑いライブ鑑賞に費やす。

■モコのプロフィール
イラストレーター。ドラマ、俳優さんのファンアートを中心に描いています。 ふだんは商業イラストレーターとして雑誌、web媒体等の仕事をしています。

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