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「サムシクおじさん」でドラマ初出演。韓国の“演技の神”ソン・ガンホは、いまなお進化し続ける

  • 2024.6.11
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35年近い演技生活の中でカンヌ国際映画祭主演男優賞をはじめ、数々の栄誉に輝き、誰もが認める国民的俳優となったソン・ガンホ。韓国映画をそれほど観なくとも、アカデミー賞受賞作『パラサイト半地下の家族』(19)の主演俳優として認識している人は多いと思う。デビューから一貫して映画に専念してきた彼が、「サムシクおじさん」(ディズニープラスで配信中)で初めてドラマに出演し、大きな注目を集めている。この話題作について紹介する前に、彼のこれまでの華々しいキャリアを監督との関係性も含めて振り返ってみたい。

【写真を見る】韓国の名優ソン・ガンホが「サムシクおじさん」で30年を超えるキャリア初のドラマ出演!

「サムシクおじさん」に出演した理由を「俳優にはいろんなチャレンジが求められるから」と語るソン・ガンホ [c]2024 Disney and its related entities
「サムシクおじさん」に出演した理由を「俳優にはいろんなチャレンジが求められるから」と語るソン・ガンホ [c]2024 Disney and its related entities

ヤクザ役から人気に火がつき、演技派スターに!

中学時代に俳優を志望し、地元・釜山での演劇活動を経て、20代前半でソウルの劇団に参加すると、間もなく先輩俳優の推薦により『豚が井戸に落ちた日』(96/ホン・サンス監督)でスクリーンデビューした。続いて、ハン・ソッキュ主演の『グリーン・フィッシュ』(97/イ・チャンドン監督)にヤクザ役で起用される。あまりの成り切りぶりに観客からは「本物のヤクザを連れてきたのか」と言われ、共演したベテラン俳優には「驚くような俳優を発見した」と演技を絶賛された。ソン・ガンホにとっては、本気で映画に取り組みたいと思わせてくれた作品になったという。

続いてハン・ソッキュ主演の『ナンバー・スリー』(97/ソン・ヌンハン監督)で再びヤクザ役を任され、大鐘賞新人賞をはじめ各賞を受賞。なかでも、彼が子分たちに「ハングリー精神が大事だ」とこんこんと説くシーンが大ウケし、物真似されるようになって認知度も上昇した。大言壮語しながら、ほとんど中身がないというキャラクターは、後に『パラサイト 半地下の家族』で演じた「計画すること」について言い募る家長役にも通じるものがあり興味深い。ただ、この時点では彼を単なるコメディ俳優だと認識している観客が多かったそうだ。

韓国情報院の要員でハン・ソッキュ演じるジョンウォンの相棒ジャンギルを演じた『シュリ』 [c]Everett Collection/AFLO
韓国情報院の要員でハン・ソッキュ演じるジョンウォンの相棒ジャンギルを演じた『シュリ』 [c]Everett Collection/AFLO

このようにコミカルなイメージが強かったことから『シュリ』(99/カン・ジェギュ監督)で、ハン・ソッキュ演じる国家情報院エージェントの同僚ジャンギルというシリアスな役を務めた時は、ミスキャストだとの声も聞かれた。それでも、作品の大ヒットとともに彼自身も飛躍を遂げ、翌年の『反則王』(キム・ジウン監督)で初主演を飾る。平凡な銀行員テホが、ふとしたきっかけでプロレスの世界へ足を踏み入れ、覆面の反則レスラーとして活躍する様子をユーモラスな持ち味を十二分に生かして演じきり、2000年の観客動員数2位となる好成績を収めた。

パク・チャヌク、ポン・ジュノら名匠たちが手がけた映画の“顔”として出演

イ・ビョンホンと共演した『JSA』 [c]Everett Collection/AFLO
イ・ビョンホンと共演した『JSA』 [c]Everett Collection/AFLO

2000年は観客動員数1位を記録した作品『JSA』(パク・チャヌク監督)にも主演。イ・ビョンホン扮する韓国軍兵士と交流を結ぶ北朝鮮兵士のギョンピル役で、人間味あふれる演技を披露した。屈託ない笑顔を見せていた彼が韓国のチョコパイの美味しさに感心し、「我々の国でもいつか作れるようになる」と真剣な眼差しで話す姿に魅了されない人はいなかったのでは。これにより大鐘賞主演男優賞など多くの賞を獲得しトップスターの地位を確立すると、とどまるところを知らない快進撃を開始する。パク・チャヌク監督とは続けて『復讐者に憐れみを』(02)に主演。友情出演した『親切なクムジャさん』(05)を入れて、『渇き』(09)まで4作品で組んでいる。

ラストシーンのソン・ガンホの顔が物語に余韻をもたらす『殺人の追憶』 [c]Everett Collection/AFLO
ラストシーンのソン・ガンホの顔が物語に余韻をもたらす『殺人の追憶』 [c]Everett Collection/AFLO

映画人であればソン・ガンホと仕事をしたいと希望するのは当然のこと。パク・チャヌク以外にも複数作を一緒にした監督は何人もいる。2003年に『殺人の追憶』で初参加して以降、『グエムル 漢江(ハンガン)の怪物』(06)、『スノーピアサー』(13)、『パラサイト 半地下の家族』と4作で顔を合わせたポン・ジュノ監督とのコンビ作は、すべてが作品性と興行面で大きな成功を収めている。連続殺人犯を追う田舎の刑事ドゥマン役で主演した『殺人の追憶』で見せたラストの顔のアップは、今も語り伝えられる名場面。ソン・ガンホが“顔で語る俳優”であることを強く印象付けた。監督との現場については「いつも困惑させられる」と言いながら、それを楽しんでいるようだ。

仕事に精を出すほどに妻と娘から疎まれてしまう『優雅な世界』のイング [c]Everett Collection/AFLO
仕事に精を出すほどに妻と娘から疎まれてしまう『優雅な世界』のイング [c]Everett Collection/AFLO

ソン・ガンホの“顔”を印象的に映し出した作品としては『優雅な世界』(07/ハン・ジェリム監督)も心に残る。彼が演じたのは家族のために懸命に働く男イング。ただ、ヤクザ稼業のため世間からも家族からも理解は得られず、念願だった庭付き一戸建てを手に入れても、結局は妻子に去られて一人になってしまう。誰もいないガランとした部屋でラーメンをわびしく食べていたイングが急に器を壁に投げつけたかと思うと、こぼれた中身を手でかき集め、虚無や哀愁の漂う放心したような表情を見せる。言葉ではうまく言い表せない湧き上がる感情を、見事に表現してみせた最後のこのシーンは忘れ難い。この後監督とは時代劇『観相師 かんそうし』(13)、『非常宣言』(22)まで3作で組んでいる。

イ・ビョンホン、チョン・ウソンとの3大スター共演が実現した『GOOD BAD WEIRD グッド・バッド・ウィアード』 [c]Everett Collection/AFLO
イ・ビョンホン、チョン・ウソンとの3大スター共演が実現した『GOOD BAD WEIRD グッド・バッド・ウィアード』 [c]Everett Collection/AFLO

現段階でコンビ最多はキム・ジウン監督。1998年の『クワイエット・ファミリー』に始まり、前述の『反則王』、『GOOD BAD WEIRD グッド・バッド・ウィアード』(08)、『密偵』(16)、最新作『クモの巣(原題)』(23)まで5作品を数える。ソン・ガンホが監督の意表を突く発想を買っているというだけあり、一つとして同じような役柄はなく、作品ごとに異なる彼の魅力を引き出している。中でも『グッド〜』の“変な奴(=ウィアード)”テグは、彼でなければこれほどチャーミングには見えなかっただろうと思えるキャラクター。ひょうきんな振る舞いで善人にも見えながら、残虐な面も併せ持つ列車強盗の男は、確かに変な奴という形容がぴったりくる。

庶民的なキャラクターでこそ真価を発揮!

光州事件を舞台にした実話に基づく『タクシー運転手 ~約束は海を越えて~』 [c]Everett Collection/AFLO
光州事件を舞台にした実話に基づく『タクシー運転手 ~約束は海を越えて~』 [c]Everett Collection/AFLO

特異な人物ではなく、誠実に生きる庶民役で発揮するリアルな存在感がまた絶品。不安定な60年代を背景にした『大統領の理髪師』(04/イム・チャンサン監督)では、たまたま大統領の理髪師になったことで時代の渦に巻き込まれていく純朴な人物を生活感たっぷりに演じた。図らずも歴史の1ページに足跡を残す市井の人という役どころでは、『タクシー運転手 ~約束は海を越えて~』(17/チャン・フン監督)も印象深い。政治に関心などなかったタクシー運転手のマンソプがドイツ人記者を乗せて動乱の光州を訪れ、弾圧される人々を目の当たりにしたことで、彼らのために泥臭く駆けずり回る姿が胸を打つ。1200万人以上を動員した『タクシー運転手~』は、ソン・ガンホ出演作では『グエムル』に次ぐ興行的成功を収めた。ちなみにこの2作に続くヒット作は、故ノ・ムヒョン大統領をモデルとした『弁護人』(13/ヤン・ウソク監督)で、ここでも俗物から正義感あふれる弁護士へと変貌する様子を自在に演じて感動を誘った。

こうして見ていくと恋愛映画がまず見当たらないことに気づく。そんななかで『シークレット・サンシャイン』(07/イ・チャンドン監督)で演じたジョンチャンは最も愛に満ちた人物だ。地方都市で自動車修理工場を営む独身者のジョンチャンは、ソウルから息子を連れて転居してきた女性に惹かれ、何かと世話を焼くが相手にされない。それでも、子供が殺されてしまったことで病んでいく彼女を無言で支えるようになる。二人がロマンチックな間柄へと進展するわけではないし、普通の恋愛映画のようにときめく場面も描かれないが、じっと彼女のそばにいるジョンチャンを見ているだけで胸がいっぱいになってくる。

イ・チャンドン監督と組んだ『シークレット・サンシャイン』 [c]Everett Collection/AFLO
イ・チャンドン監督と組んだ『シークレット・サンシャイン』 [c]Everett Collection/AFLO

『グリーン・フィッシュ』以来10年ぶりに息を合わせたイ・チャンドン監督は、ソン・ガンホを「自分が前に出るのではなく、作品全体を見て配慮するとても頭のいい俳優」と評した。本作でカンヌ女優となったチョン・ドヨンもこれに大きく同意する。この頃から国内外で“不世出”“世界最高”とあらゆる賞賛を受け続け、ついに『ベイビー・ブローカー』(22/是枝裕和監督)でカンヌ国際映画祭主演男優賞に輝いた。韓国男優初の快挙ではあるが、これをキャリアの頂点とせず、さらなる進化を続けている。

カン・ドンウォン、IUと共に出演した是枝裕和監督作『ベイビー・ブローカー』 [c]Everett Collection/AFLO
カン・ドンウォン、IUと共に出演した是枝裕和監督作『ベイビー・ブローカー』 [c]Everett Collection/AFLO

最初に触れたように、「サムシクおじさん」でドラマに初出演したことも新たな挑戦となった。朝鮮戦争の傷跡がまだ残る1960年、政財界の裏で暗躍するサムシクおじさんことドゥチルは壮大な“計画”を抱いて、国を憂える若き官吏や功名心あふれる軍人に接近し、言葉巧みに彼らを操っていく。人懐っこく親しみやすい一方で冷酷な面も持つ、どこか捉えどころのないドゥチルは、人間の多面性を演じさせたら天下一品のソン・ガンホの真骨頂とも言える役だ。脚本も手掛けたシン・ヨンシク監督とは、ドラマの前に撮影した映画『1勝(原題』(公開待機中)で信頼関係が築かれた模様。こちらも楽しみだが、まずは全16話のドラマを通して神業演技を堪能する贅沢に浸りたい。

文/小田 香

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