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「まとめ払いがお得!」の起源!インフレと宗教改革に悩んだ教会だった

  • 2024.6.11
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サブスクなど期間契約では、1年分まとめて払うと通常より安くなる割引サービスがあります。

こうした最初にまとめて払うとお得にするよ、という発想はどこから始まったのでしょうか?

アメリカのMIT(マサチューセッツ工科大学)の研究により、現在私たちが行っているまとめ払い割引の基本的な計算技術が、1600年代のイギリスではじめて広く使われるようになったことが示されました。

しかも、このような方法が行われるようになった背景には、17世紀英国のインフレ経済と宗教改革に悩んだ教会の作戦があったというのです。

一体当時、教会に何があったのでしょうか?

研究内容の詳細は『The Journal of Modern History』にて公開されています。

目次

  • インフレから逃れるために教会がまとめ払い割引を始めた
  • 計算機がなかった17世紀の計算方法

インフレから逃れるために教会がまとめ払い割引を始めた

過去から現在まで、インフレは人々の生活を脅かし続けてきました。

インフレとは1本100円の缶コーヒーの値段が200円になったり、1杯500円のラーメンが1000円になったりなど物価が上昇していくことを指します。

これは別の見方をすると、時間とともに貨幣の価値がどんどん下がっている状況を意味します。上の例だと同じものを買うのに2倍のお金が必要なので、お金の価値は半分に下がっていると言えます。

そのため老後のための預金をコツコツと蓄えていた人々にとっても、お給料が上がらない人々にとっても、インフレは敵と言えるでしょう。

今から400年ほど前の1600年代のイギリスも長期的なインフレの最中にありました。

この頃のヨーロッパではアメリカ大陸から流れ込んだ大量の銀のせいで「価格革命」と呼ばれる歴史的な物価の上昇が発生しており、加えて急速な人口増加も起きていたため物が不足気味になり、これもインフレを加速させていました。

そしてこの時期のインフレは、庶民の生活だけでなく教会勢力にも危機的な財政状況をもたらしていたのです。

当時の教会の収入は多くが小作農への土地の賃料から得ていました。そしてこの土地の貸し出しの契約期間は、基本的に非常に長期に及んでおり、簡単に料金を上げることもできませんでした。

神父様が尊敬に値する人でも、賃貸料金の値上げには大きな反発があったのです。

またこの仕組みは安定した収益を得るためには好都合ですが、インフレに対しては脆弱でした。

小作農から得られる土地の賃貸料は毎年同じでも、インフレによりお金の価値が下がっていけば、教会が得る収益もどんどん下がってしまいます。

そこで教会は数年おきに高額な「更新手数料」を徴収するアイディアを思いつきましたが、高すぎる更新料は小作農との争いの種になりました。

昔ならば、教会側は「嫌なら出ていけ」と言えました。

しかし1600年代ではそう言えない事情がありました。

1600年代のイギリスは、キリスト教がイングランド国教会とピューリタンに分かれて宗教対立が激化した時代です。

イングランド国教会はカトリックと決別し国王を首長とする国教会であり、一方ピューリタンは純粋なプロテスタント信仰を求める宗派です。

この期間は清教徒革命(1642-1651年)が起こりピューリタンが体制派となったり、王政復古(1660年)が起こりイングランド国教会が再び優勢になるなど混乱が続き、教会権威は大きく揺らいでいました。

戦争によって経済が混乱し、小作農の多くが戦果を恐れて逃げ出してしまった土地もありました。

そのため教会は収入の源である小作農に対して以前のように、強気に出ることができなかったのです。

ダラム大聖堂
ダラム大聖堂 / Credit:Canva

社会全体が長期的なインフレになると「今の100円」と「10年後の100円」を比べたとき、「今の100円」のほうが価値が高くなります。

「今の100円」では缶コーヒーを1本買えても、インフレのせいで「10年後は100円」で缶コーヒーを買えないからです。

この問題を回避するためには、今手にした現金を金や証券などお金以外のものに変え、10年後に再びお金に換金するなど投資を行うのが有効です。

インフレ経済では、貨幣の価値が下がって物価が上がっていくので、金や証券の価格も10年後に換金した場合、高確率で現在よりも高くなっているからです。

そのため一般にインフレ環境では「投資を行うとお金の額面が増えていく」という現象が起きやすくなります。

つまり小作農から回収する更新手数料が少額でも、金や証券に変換しておけば、10年後には増えて帰ってくる可能性が高いのです。

そこで当時の教会も、今現在可能な限り多くの現金を徴収し、お金の価値が高いうちに金や証券に変えて財産を保護しようと考えました。

しかし先に述べたように、教会の権威が揺らいでいる時期に無理のある更新手数料の徴収をしても、小作農から反発されるのは目に見えています。

そこで一部の先進的な教会は、インフレ現象そのものの仕組みに活路を見いだしました。

教会は小作農たちの反応やインフレ率の推移を予測し「農地の1年分の純価値を更新手数料として払えば7年間の土地使用を認める」あるいは「農地の7.75年分の純価値を更新手数料として支払えば21年間、土地使用を認める」といったまとめ払いの割引を確立したのです。

(※ここで言う純価値は農作物を売却して得た金額から1年間の土地の賃貸料を引いた値段を意味します。)

この方式は一見すると小作農にとってはお得でしたが、実はお金の価値が最も高い「今」のうちに多く徴収できるので教会側にとっても美味しい方法でした。

ですがこの目論見を正確に実現させるには計算という「壁」がありました。

計算機がなかった17世紀の計算方法

ある教会にとって最適な値段設定でも、別の地域にある教会では異なる可能性があります。

現代の先進国では、かけ算や割り算を使った割引計算は義務教育で教えられますが、1600年代では多くの人々にとって計算は容易なことではありませんでした。

中世から知識の蓄積場所として機能してきた教会も、インフレ率を考慮にした割引計算をできる人材は多くはありません。

もし中世にタイムトラベルした人が簿記計算の資格を持っていたなら、きっと大聖堂クラスの会計士にもなれるでしょう。

教会の財政難を救うには誰でも簡単に使える「カンニングペーパー」が必要でした。

そこで1619~1624年に「簡潔で簡単かつ必須の表(Briefe, Easie, and Necessary Tables)」と呼ばれる本が出版されました。

この本にはさまざまな金額に対応した計算結果を記した表が記されていました。

つまりこの時代の人は直接計算せず、対応表で計算結果を導いていたのです。

便利な計算結果が書かれている表。ただしこの本は類似のアクロイドの表として知られるもの。
便利な計算結果が書かれている表。ただしこの本は類似のアクロイドの表として知られるもの。 / Credit:William Deringer . Mr. Aecroid’s Tables: Economic Calculations and Social Customs in the Early Modern Countryside . The Journal of Modern History

その後、アンブローズ・アクロイドが記した『リースと利息の表(Tables of Leasses and Interest)』(1628年から1629年)が出版され、これが決定版となります。

この本に記載された表を使えば、現在の100円が未来にどうなるかを知ることができます。

こうした方法を使って、当時の教会の会計士は自分たちが損をせず、小作農が納得する土地更新料のラインを探っていったのです。

そして「農地の1年分の純価値を更新手数料として払えば7年間の土地使用を認める」あるいは「農地の7.75年分の純価値を更新手数料として支払えば21年の土地使用を認める」という割引価格が決定されました。

その後、計算結果が記載された本は教会だけでなく、イギリス内のあらゆる勢力でも用いられるようになっていきました。

このようなインフレ率を考慮した計算は現在でも行っている「割引計算」の初期の姿だと考えられています。

インフレ率を考慮する計算について記載された文献は少なくとも1200年代から知られていましたが、知識のない人が利用できるように大規模に印刷されたのは「簡潔で簡単かつ必須の表(Briefe, Easie, and Necessary Tables)」からであると言えるでしょう。

通常、お金の計算に使う便利ツールは金融分野で重宝されますが、1600年代のイギリスではインフレに苦しむ教会勢力が真っ先に割引計算を導入したという点で珍しくあります。

ですが研究者たちは「簡潔で簡単かつ必須の表(Briefe, Easie, and Necessary Tables)」やアンブローズの『リースと利息の表(Tables of Leasses and Interest)』の真の効果は、便利ツールを超えて社会全体の経済を変革した可能性があると述べています。

計算に従って合理的に契約を遂行することは、後に資本主義が形成させる基礎を築いたと考えられます。

本に記された計算結果の羅列が権力者の横暴を抑えながら資本主義の形成を助け、人間社会を大きく変えていくキッカケになったのは非常に面白い事実と言えるでしょう。

参考文献

The unexpected origins of a modern finance tool
https://news.mit.edu/2024/unexpected-origins-modern-finance-tool-discounting-0606

元論文

Mr. Aecroid’s Tables: Economic Calculations and Social Customs in the Early Modern Countryside
https://doi.org/10.1086/728594

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

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