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「母さんが悪人なわけないよな…」誰かを悲しませる悪人が消え去った、“理想の世界”を描いた衝撃作

  • 2024.6.10
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日頃は自身のエッセイや、読者から募集した体験談をやわらかくキャッチーな絵柄で描き、SNSを中心に多くの人々から人気をあつめるしばたまさん。本稿で紹介するのは、そんなしばたまさんによる創作マンガきれいな世界である。

殺人、窃盗、詐欺、事件に事故。日々テレビやネットで流れる悪いニュースに、主人公・森田はウンザリしていた。そんな彼はある日、登下校の道中にある神社で神様にこうお願いする。「どうしようもない犯罪者や、これから犯罪を犯す奴らを消して欲しい。被害者のいない未来にして欲しい」と。

そんなお願いをしてから数日後、クラスのいじめっ子・西村と、彼の通う高校の副校長が立て続けに失踪する。不安になった森田がテレビをつけると、そこでも刑務所から集団で人が失踪した、とのニュースが。

もしや自分が神社であんなことを願ったからか、という思いが頭をよぎる森田。しかし一方で西村の不在によりクラスは明るくなり、日々のニュースからは暗い話題が減ったり。神様が願いを叶えたおかげで世の中は確実にいい方向に向かっているかのように見えた。

しかしある日、こつぜんと森田の母親が姿を消してしまう。自分にとっては良き母親だった彼女。しかしいなくなった彼女のスマホを森田が覗くと、なんと母はSNSで大勢の人々に匿名性を盾にして罵詈雑言を吐いていたのである。

身近な自分の母親が、神様に消される「犯罪者」側の人間だったことに愕然とする森田。しかし相変わらず世界ではあちこちから人が失踪し続けており、それが止む気配はない。

一体この世界はどうなっていくのか、そして森田はどうなるのか――。最後まで不穏な空気の漂う、本作はそんなサイコホラーテイストのショートストーリーとなっている。

元より大勢の人々から支持を得ている、ほんわかとしたやわらかいイラストのタッチと、物語のじんわりとした闇のギャップがやはり大きな魅力でもある本作。

またあわせてストーリーも人によって感想や意見がわかれるであろう、さまざまな切り取り方ができる内容である点もポイントだ。

争い事や醜い事のない世界を作るためには、それらを起こす悪人を消せばいい、という至極単純な発想を持った主人公。その発想はあながち間違いではないし、「そうなればいいのに」と思った事のある人もおそらく多いに違いない。

しかし、現実にはそんなに単純な問題ではない。なぜなら本作で描かれている通り、誰かにとっての悪人は、別の人にとっては大事な人である可能性も非常に高い。悪人を悪人として、一元的に括ることは実はすごく難しいからだ。

誰かにとっての悪人が誰かにとっての大事な人である可能性。それは同時に誰かにとっての大事な人が、誰かにとっての悪人である可能性も孕んでいる。本作に登場する森田の母親が、わかりやすくその典型例でもあることだろう。

あるいはこの物語の結末は、まったく別の展開へと進んでいた可能性も当然否めない。ストーリーの途中に登場した、いじめっ子・西村の妹。彼女に「兄は消えて当然の人間」と無遠慮に言い放った森田自身は、はたして妹の目にどう映ったのだろう。

確かに彼は明確な罪を犯していない。しかし悪人である家族を庇おうとする妹に、もし森田がこれ以上暴言を吐き、拳を振るおうとしていたら――悪人は、この世から消えるのは、一体誰になっていたのだろうか。

本作に触れた人々が一番に気付くべきは、森田の母親や森田自身もまた、悪人と成り得る己の一面にひどく無自覚な点である。それはつまりこの作品に登場する人々だけでなく、自分の身の回りにいる人間、あるいは自分自身もまたそうなる可能性を秘めているという事に他ならない。

悪人を消しても、きれいな世界は訪れない。それ以前に、悪人を一括りにしてこの世から消すこと自体が現実では不可能なことだ。現実で我々ができることは、自分もいつか誰かにとっての悪人になる可能性があると自覚する事。自覚した上で、当然そうならないようにできうる限りの努力はするべき事。そんなことを考えさせられる作品だ。

文=ネゴト/ 曽我美なつめ

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