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「仕事が一番」妊娠しても仕事を頑張りたかった私。妊娠中のトラブルを経験して大切なことに気づいた話

  • 2024.6.9
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妊娠当時、看護師だった私。体力勝負である一方、女性が多く、妊娠に対する職場の理解は良好です。しかし、私は妊娠してもなお、まだまだ仕事が一番でした。とはいえ、第一線で仕事を続けたくても、妊娠中はすべての仕事を今まで通りに続けることはできません。優先順位の変化が受け入れられなかった矢先に起こった「つわり」、そして「切迫早産」。働く妊婦として揺れ動いた当時の気持ちを振り返りました。

※コロナ禍前の体験談です

妊娠判明! 喜びの一方で…

私は妊娠当時、手術室の看護師として勤務していました。放射線下での治療、何時間にも及ぶ手術の介助や救急対応など特殊な現場での仕事です。安定期に入ってから周囲へ妊娠報告される方も多いかもしれませんが、こういった仕事柄、妊娠が判明してすぐに職場へ報告する必要があります。

私も妊娠8週で判明してすぐに報告をしましたが、女性が多い職種のため理解はよかったものの、できない仕事が多くなってしまったため、申し訳なく不甲斐ない気持ちでいっぱいに。当時、まだまだ仕事を頑張りたかった私にとって、妊娠は単に喜ばしいことではありませんでした。

妊娠10週目にやってきたつわり

妊娠10週目、ついにつわりがやってきました。仕事中のにおいが特にダメになり、手術室勤務の私には致命的でした。ただでさえ職場に気をつかってもらっているのに、これ以上迷惑をかけたくない気持ちでいっぱいに……。つわりの原因はまだ解明されていないと言いますが、一部には精神的な要因もあると考えられています。

出勤しても何もできない私を見兼ね、上司から傷病手当を提案され取得することにしました。この休暇は、私にとってようやく落ち着いておなかの赤ちゃんのことを考えるいい機会となりました。

妊娠25週に起きたのは切迫早産

休暇から復帰後は、自身を気づかいながら仕事ができました。とはいえ、立ったり座ったりと動き回る仕事です。妊娠25週目ごろより頻繁におなかの張りを感じていました。案の定、切迫早産と診断され、おなかの張りを抑える「ウテメリン」を内服しながら仕事を続けました。

そんなある日の仕事中、10分毎におなかの張りを感じ、すぐに産婦人科を受診すると即入院。そこからは24時間点滴とベッド上での安静の日々が始まります。もちろん仕事は休職。しかし、職場の仲間がたびたび面会に来てくれたことで、申し訳ない気持ちとは裏腹に、より一層自分の体とおなかの赤ちゃんへ気持ちを向けられました。

のんびりしすぎて生まれたのは妊娠41週

24時間点滴から次第に内服に切り替わり、妊娠35週ごろようやく退院できることになりました。退院後も自宅安静指示だったので、正期産にあたる妊娠37週まで実家に甘えたゴロゴロ生活。いよいよ妊娠37週、安静指示が解かれ、今度は「どんどん動いて」と言われました。

真夏の臨月。17kgも太ってしまった私は、体が重く筋力も弱ってしまい、15分ほどの犬の散歩で息切れ。挙句に妊娠41週を迎えてもまったく生まれる気配がなく、分娩誘発の入院予約をも入れる始末。しかし、この日の健診で子宮口を刺激されたのが功を奏したのでしょうか。同日夕方ようやく陣痛が始まり、無事に元気な赤ちゃんを出産できました。

仕事をしながらの妊娠や出産はいまや多くの方が経験していることだと思います。仕事が一番だった私ですが、妊娠トラブルを経験したことで、人のやさしさに触れ、おなかの赤ちゃんの大切さに気づけました。できれば経験したくないトラブルでしたが、大事なことを気づかせてくれた、いい思い出です。

※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。

イラストレーター/市田スナオ


著者:川口ゆう

5歳男の子の母。看護師・保健師・助産師資格を取得。現在は夫の駐在のため、海外在住。自身の経験をもとに、育児・医療などをテーマに執筆している。


監修者・著者:助産師 松田玲子

医療短期大学専攻科(助産学専攻)卒業後、大学附属病院NICU・産婦人科病棟勤務。 大学附属病院で助産師をしながら、私立大学大学院医療看護学研究科修士課程修了。その後、私立大学看護学部母性看護学助教を経て、現在ベビーカレンダーで医療系の記事執筆・監修に携わる。

ベビーカレンダー編集部

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