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部長にフライング土下座をして海外営業部に栄転…ジョージア大使が日本企業でサバイバルするためにしたこと

  • 2024.6.9

日本の企業文化は海外ではどのように見られているのか。日本企業で働いた経験がある駐日ジョージア大使のティムラズ・レジャバさんは「日本の会社はチーム意識が強く、うまくなじめなかったが、宴会の盛り上げ役というポジションを買って出た。3年勤めて辞めるときには送別会を開いてもらい、去る人を温かく送り出す日本の習慣にとても感動した」という――。

※本稿は、ティムラズ・レジャバ『日本再発見』(星海社新書)の一部を再編集したものです。

日本企業は閉鎖的だが、そこでこそ日本人は底力を発揮

「お祭り」のあり方が、日本人の仕事観にも通じる気がします。

お祭りは、外の世界から来た外国人はなかなか簡単には入っていけない領域だと思います。ある意味、閉鎖的なのです。それは、歴史と宗教にもつながっているし、地域の絆によって構成されているからです。だからこそ、とても敷居が高い文化のひとつです。もちろん、見るのは簡単であり誰でもできますが、実際に参加するとなると、そう簡単にはいかないでしょう。

そのとき垣間見える日本人の精神こそ、仕事の中で発揮されている日本人の底力のようなものではないでしょうか。お祭りでも仕事でも、大きな目的を集団で達成するイメージを日本人はみんな思い描けているように映ります。そうなると、職場という家族同然のメンバーで、何か目的を決めれば、あとはみんな課せられた仕事を力を合わせて猪突猛進にこなすだけで、100%以上の力が出ているのです。

そういえば、日本は体操の団体戦が異様に強いです。これは、チームの他のメンバーに迷惑をかけまいと、それぞれが最大限の力を発揮するからだと聞いたことがあります。

同僚や上司は優しいが、やりたいことは会社員ではなかった

今思うに、私がキッコーマンにうまく馴染めなかったのは、会社側の問題というより、私側の問題が大きいかもしれません。なかなか仕事で成果を挙げられない私に対して周囲の人たちは非常によくしてくれましたし、「おまえもキッコーマンの一員だ」と認めてくれた方は、仲間として隔たりなく付き合ってくれました。私は自分で言うのもなんですが、人には好かれるタイプで、決して心を閉ざしていたとか、まわりに攻撃的な態度を取っていたとか、そういうわけではありません。しかしそれでも、会社コミュニティの一員にはどうしてもなれなかったのです。

駐日ジョージア大使、ティムラズ・レジャバ氏。
駐日ジョージア大使、ティムラズ・レジャバ氏。(『日本再発見』より)

それはなぜか。祖国ジョージアのために何かやらなければならない、という思いを捨てられなかったからです。「自分の理想や思いは、それはそれ。目の前の仕事は目の前の仕事」と割り切って目の前の仕事に取り組むことは、私にはできませんでした。私は「仕事のための仕事」をこなすより、何かはっきりと目標を実現するための仕事でないと、納得がいかないタイプなのです。

宴会の盛り上げ役として春闘でベースアップ選手を演じた

そんなふうに疎外感を抱いている人間なりに職場に貢献できることはないかと考えて見つけた居場所が、イベントの際の盛り上げ役です。外国の企業でも職場のメンバーの誕生日などに張り切ってサプライズを用意することがありますが、日本では誰かが退職する際の送別会など、みんなで飲み会をする機会がたくさんあります。そういった宴会で一発芸や余興をやったりして場を盛り立てる文化がありますが、私は仕事以外の部分で、私らしさが発揮できるところで役に立とうと思って本気で取り組みました。

温泉への社員旅行の際には扇子を5つ使った芸を披露し、労働組合で春闘の際には脚本・演出を担当して劇をやりました。春闘の期間は会社を相手に戦って仕事をボイコットしているという体ですから「労働時間」ではありません。したがって、その時間に仕事をしてもし何か事故があっても労災保険の対象外になってしまいます。ですからその時間、社員は働かずに待機が発生します。

でもただ何もせずに待っているとつまらない。だから下の年次の人間が待つ間に余興をやるのです。それを聞いた私は若手を10人ほどまとめて座長になったのです。私自身も「ベースアップ選手」という給料を上げるために働く役として出演もしました。

ティムラズ・レジャバ氏
『日本再発見』より
温泉旅行では部長にフライング土下座の一発芸でアピール

日本企業は営業成績のような明確で数字で出るものだけではなく、職場を盛り上げる存在であるかといったコミュニケーションも人事評価の一要素になっています。私が海外営業部に配属されたきっかけは、温泉旅行で部長に対してフライング土下座の一発芸をしながら「行かせてください!」と直訴したからです。そもそも私を海外要員に起用する構想はあったのでしょうが、しかし私が日頃から余興の場で存在感をアピールし、職場のムードメーカーとなっていたからこそ認知してもらっており、「1回やらせてみるか」と判断してくださった可能性も否定できません。

前回の記事では「日本企業は従業員に猶予を与えすぎている」と否定的に語りましたが、でももし「こいつは使えない」と判断したらすぐにクビを切れる環境だったなら、私は自分が何に向いているのか、どんな職場や業務なら働けそうなのか、何も見つけられないままあっという間に失業者になっていたでしょう。猶予のなかで自分がしたいこと、自分に向いていることを見つめる時間を与えてくれた日本の雇用習慣、そしてキッコーマンの社員に対するあたたかな接し方に感謝していますし、退職したあとになって改めて職場のみなさんのすばらしさを思い出す場面がたくさんありました。

ジョージア外務省に入るが、歓迎会を開いてもらえず不安に

私が大好きな日本の習慣が歓送迎会です。会社であれば異動や離任、学校でも誰かが転校するタイミングには絶対にやりますよね。日本人は一期一会を大事にしますが、その感覚がよく表れています。

日本の方は誰でも小さいときから歓送迎会に親しんでいるから当たり前のものだと思っているかもしれませんが、実は歓送迎会文化は、外国には必ずしも存在しません。

私がジョージア外務省に着任してからキッコーマンとの違いを感じたのが、歓迎会がなかったことによる一抹の寂しさです。自分が着任したときも、あるいは誰かが異動や離任したときにも、ジョージアでは歓送迎会をしません。ジョージア人の人間関係が希薄なわけではありません。むしろ人と人との付き合いを重んじる社会です。にもかかわらず歓送迎会文化がないのです。私は着任した際に歓迎会がなかったことで、正直に言うと「これからうまくやっていけるかな」と心細く感じました。

 ジョージア州の首都トビリシ、2019年
ジョージア州の首都トビリシ、2019年(※写真はイメージです)
日本の歓送迎会は「一期一会」の精神の表れ

日本は歓送迎会を通じて、入ってきた人に対しては「あなたはこれから集団の一員だよ。いっしょにやっていこうね」とあたたかく迎え入れ、送り出す人に対しても「今まで本当にありがとう。集団を離れても大事に思っているよ」という気持ちを表し、その後の関係性を円滑にし、お互いに気持ちよく過ごせるようにするための時間を作るのが上手だと思います。

特に別れのときに色紙にみんなからの気持ち、メッセージを書いて手渡すのがすばらしい。ほかにも手紙を読み上げたり、手作りのプレゼントを渡したり、その人が好きな食べものをいっしょに食べたりしますよね。日本人は奥ゆかしい人が多く、普段の生活の中ではお互いの気持ちを汲み取り合ってはいても、意外と実際に言葉にすることが少ないでしょう。けれども、送別会のときには去りゆく人のことをいかに大切に想っていたのかを表現し、感謝の言葉を伝えます。

私自身、日本で何度かお別れの会をしていただいたことがありますが、そこでみなさんからいただいた言葉が、自分の人生の門出において大きな力になりました。このように、お別れの機会をしっかりと重んじる文化はものすごく良いものです。

仕事中はマイナス感情があっても、去る人を温かく送り出す

ジョージアには似たような会を設ける習慣はありませんが、誰かが去って行くことになっても、集団みんなで過ごす最後の会合や食事の機会を設けることはなく、非常にあっさりしています。日本で過ごした期間の長い私は、てっきりジョージアでも何かしてくれるものだと思い込んでいただけに、歓送迎会文化に慣れた身としては、なんだか寂しく感じました。

日本では「終わり良ければすべてよし」と言います。実際には日々の付き合い、仕事をするなかでは失敗して迷惑をかけてしまうこともあれば、意見が衝突することや「この人はあまり仕事ができないな」と感じることなど、マイナスの感情を抱くことも当然あります。それでも、どこかに誰かを送り出すときはお互いにいい気分で、その人のよいところを伝えて送り出すという暗黙の了解がある。

送別会の文化には日本の良いところが詰まっている

ある集団を離れて別の場所に移ること、環境が変化することは、たとえ本人が望んで選んだ道であったとしても「やっていけるかな」と不安なものです。また、「今まで身近な人たちに対して何か貢献できただろうか。自分がしてきたことはこれでよかったんだろうか」とか「悪いことしたな」などと、それまでの振る舞いを反省していたりもします。

そんなときに送別会で「あなたに感謝しているよ。これからも応援しているよ」と言ってもらえることは、本当にありがたいことです。今はお別れして離ればなれになったとしてもネットでつながり続けることができますが、昔は別れると遠いところに行ってなかなか顔を合わせることも難しかったわけですから、なおさら送別会はありがたいものだったことでしょう。

日本の伝統的なパブ「居酒屋」を楽しむ
※写真はイメージです
「ジョージアに帰ってもがんばれ」と言われたことが心の支え
ティムラズ・レジャバ『日本再発見』(星海社新書)
ティムラズ・レジャバ『日本再発見』(星海社新書)

私がキッコーマンを退社してジョージアに帰国するころは、仕事についていけずに精神的にやられて辞めようと思った部分もあり、心細くてつらい時期でした。けれども友だちが門出をお祝いする送別会を企画してくれて、大勢の友だちが集まり、作ってくれたビデオにはその場に来られなかったたくさんの知人も登場し、みんながあたたかいメッセージを贈ってくれたのです。「ジョージアに帰ってもがんばれよ」「君にはこういう良いところがあるから、絶対うまくいくよ」と。その言葉がどれほど私にとって救いになり、その後の心の支えになったことか。

私もこのような日本ならではの歓送迎会のしきたりを、積極的に仕事に取り入れています。送り出してもらったり、新しく着任したりするタイミングで、そのような心づかいを受け取って嫌な気持ちになる人はいませんから。

おそらく今日も日本中のどこかで同じような会が設けられており、日本のみなさんにとっては「よくある風景」のひとつに感じているでしょう。しかし歓送迎会は非常に価値ある行為なのです。

ティムラズ・レジャバ
駐日ジョージア大使
ジョージア出身。1992年に来日し、その後ジョージア、日本、アメリカ、カナダで教育を受ける。2011年9月に早稲田大学国際教養学部を卒業し、12年4月キッコーマンに入社。退社後はジョージア・日本間の経済活動に携わり、18年ジョージア外務省に入省。19年に在日ジョージア大使館臨時代理大使に就任し、21年より特命全権大使。著書に『大使が語るジョージア 観光・歴史・文化・グルメ』(星海社、共著)など。

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