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スマホ撮影をまじえたような現代的絵本―国際アンデルセン賞・画家賞受賞作家、3年がかりの野心作

  • 2024.6.8
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ダ・ヴィンチWeb
『ねえ、おぼえてる?』(シドニー・スミス:作、原田 勝:訳/偕成社)

ページ数が多い本と少ない本。現代日本でどちらが好まれやすいかといえば(あくまで筆者の予想ですが)少ないほうではないでしょうか。もちろん「せっかく読むならいっぱい知りたい」「物語の世界に入り込みたい」などといった理由で、分厚い本を好む方もいらっしゃるでしょう。でも、サッと読めたり「これだけは押さえておきたい」という関心から、新書ぐらいの軽めのボリューム感を好む方が多いだろうと想像します。

さて、本のページ数・読む所要時間と読書体験の相関関係でいうと、絵本は絶妙なポジションにあります。基本的に話は短く、すぐ読み終われる。でも、話は深く、実際より長い時の流れを感じるものが多いように思います。今回ご紹介する『ねえ、おぼえてる?』(シドニー・スミス:作、原田 勝:訳/偕成社)は、それに「現代的」というエッセンスが加わっていて独特の時間を感じる作品です。

物語は題名が示す通り、主人公の少年が引っ越し直後に母親と二人で交互に回想をして、過去のひとときを思い返す様子を描いています。

ねえ、おぼえてる…? …ぼくのたんじょう日のこと。 パパによばれて外へ出てみたら、ほら、おまえの自転車だよ、って。 ママがささえてくれて、またがって走りだしたのに、 とちゅうで手をはなすから、まっすぐ走れなくなっちゃって。ダ・ヴィンチWeb

本作から現代的な印象を受けるのは、スマートフォンで撮ったようなアングルが溢れているからです。撮りたいと思ったときにサッとカメラをまわす。カメラがコンパクトであるがゆえの主観的アングル。情報が限定的で画としてアンバランスでも、「あっ」と思った瞬間を即座に記録することができる。そういった特徴があります。

一転してハリウッド映画の決めショットのような、1日がかりでワンショットを撮ったような、圧倒的な画力を持つ場面もあります。見開きページ一面に溢れんばかりに散らばる光や粒子は、本書を読む子どもたちの脳裏に強烈に焼き付くだろうダイナミックさを持っています。

そんなパワーと引き換えに、本作からにじみ出ているのは、著者が「受け入れざるをえない」と感じていること。シャッターを押してとらえた思い出が、フレームにどうしてもおさまりきらないこと。いくら素早くシャッターを押せたとしても、次から次に過ぎ去っていく時間には永遠に追いつけないこと。美しい思い出に、このような空しさが徐々にブレンドされていくことで物語は深まっていきます。

著者自身が色濃く投影された主人公は、過ぎ去っていく時間に対してひとつの解決策を思い付きます。

このことも、いつか思い出にできるかな。ダ・ヴィンチWeb

「思い出にする」ということは、美しいようでいて覚悟がいることなのだと思います。筆者は宝箱というものを保有した記憶がありません(あるいは忘れているだけかもしれません)が、もし「思い出にする」ということが宝箱に記憶を詰めることならば、そうそう簡単に開けられなくなるのではと思います。毎日見返していたら、それは宝箱ではなく、筆箱とかアクセサリー入れのような日常的なものに成り下がってしまうでしょう。

頭の中にある宝箱に思い出を詰めて、フタを閉め、鍵をかける。そして、その鍵を大事に肌身離さず持っておく。そのひとつひとつの動作をしながら、しっかり自分の心の動きを見つめる。大胆な場面転換も細かな描写も、心の荒ぶりを抑えながらのものだったと気付いたとき、(大人の読者であるならばなおのこと)主人公の少年の気持ちだけでなく、この物語を読む私たちの苦楽も報われたような感覚になることでしょう。ちなみに本書のひらがなの題字は、著者がチャレンジして直筆で書いたそうです。ひらがなをマスターして、漢字をおぼえはじめているお子さんも読むことができると思います。ぜひ親子で読んでみてほしい一冊です。

文=神保慶政

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