1. トップ
  2. 快進撃を続ける河合優実…『佐々木、イン、マイマイン』から『サマーフィルムにのって』『PLAN 75』『あんのこと』へとつながる役者としての存在感に迫る

快進撃を続ける河合優実…『佐々木、イン、マイマイン』から『サマーフィルムにのって』『PLAN 75』『あんのこと』へとつながる役者としての存在感に迫る

  • 2024.6.7
  • 27 views

河合優実の勢いが止まらない!宮藤官九郎がオリジナル脚本を書き下ろしたドラマ「不適切にもほどがある!」で昭和の不良少女を快演して大ブレイク。さらに、人気アニメ「オッドタクシー」と世界観を共有する「RoOT / ルート」では愛嬌ゼロのクールな探偵に扮し、『あみこ』(17)の山中瑶子監督と念願の初タッグを組んだ主演映画『ナミビアの砂漠』(9月6日公開)が今年の第77回カンヌ国際映画祭で国際批評家連盟賞を受賞している。このように、話題にこと欠かない河合だが、彼女の快進撃はいまに始まったことではない。

【写真を見る】社会が救うことができず、命を絶った実在の女性をモデルにした『あんのこと』の主人公を圧倒的リアリティで演じきった河合優実

順調に進み始めた杏の人生はコロナ禍によって一変してしまう…(『あんのこと』) [c]2023『あんのこと』製作委員会
順調に進み始めた杏の人生はコロナ禍によって一変してしまう…(『あんのこと』) [c]2023『あんのこと』製作委員会

作品の肝となる人物を演じ、観客に強い印象を残す

初期の代表作『佐々木、イン、マイマイン』(20)では中盤からの出演ながら、主人公である悠二(藤原季節)の学生時代の友人、佐々木(細川岳)がカラオケでひと目惚れする女性、苗村を好演。西岡恭蔵の名曲「プカプカ」を雰囲気たっぷりに熱唱し、佐々木を魅了するその役柄に説得力を持たせると、部屋に突然入ってきて「一緒にカラオケを歌いたい」という彼に戸惑いながらも、その申し出を受け入れる彼女の人となりを微妙な距離感とやり取りで一瞬にして伝えていた。

佐々木と別れたあとの早朝の笑顔と佇まいだけで、その後の彼らの関係を観る者に想像させるハードルの高いミッションをこの時点ですでにクリアしていたのも印象的だ。それらの一連がちゃんと成立していたから、ラストのクラクションを鳴らしながら号泣する苗村の悲しみが胸に迫ってきたのは間違いない。

振り返ってみると、河合はそのころから作品の肝となる重要な役どころを担うことが多かった。女子高生のいじめ自殺事件を追うドキュメンタリーディレクターの由宇子(瀧内公美)が、学習塾を経営する父、政志(光石研)の愚行を知ったことから究極の選択を迫られることになる『由宇子の天秤』(20)でも、河合が演じた女子高生の萌が物語を根底から覆す。

ネタバレになるので詳細には触れないが、彼女自身は経験したことのない萌の痛みや苦しみを背負い、それを自然な涙と共に放出しているから、私たちも由宇子が直面する大きな問題と人間の愚かさ、社会の不条理を彼女と一緒に考えさせられることになった。

クセのある女子高生役も卓越した読解力で自分のものに

さらに、『サマーフィルムにのって』(20)では主人公の時代劇オタクの女子高生ハダシ(伊藤万理華)の幼なじみで、ちょっと内気なメガネ女子のビート板を低いテンションと小さな声、いつもと違うおかっぱヘアで体現。瞳の動きと全身からほとばしる輝きで、映画作りに撮影で参加した彼女の高揚感や、友たち想いのキャラクターをさりげなく印象づけていたのも記憶に新しい。

同じ内気な高校生でも、『女子高生に殺されたい』(21)で演じたあおいはかなり異色のキャラクターだが、演者にとっては挑戦し甲斐のあるこの役も河合は完璧に自分のものにしていた。

“女子高生に殺されたい”。そんな歪んだ欲望を抱く高校教師の春人(田中圭)がどの女子高生にいつ殺されたいのか?を予想しながら観るミステリ仕立ての構成もおもしろい本作。親友の真帆(南沙良)に付き添ってもらいながら保健室にいることが多いあおいは、誰よりも地味で影が薄く、地震が来るのを予測できる不思議な力を持っているところも彼女の風変わりなキャラを強調していた。

そんなあおいを、河合はおどおどした言動と他人と視線を合わせられない瞳で楽しみながら演じていたに違いない。なぜなら、あおいは本作の最大のトラップ。それまでの風景をガラリと変える、クライマックスの彼女こそ、河合がこの作品で一番見せたかった姿だったような気がする。

観客の視点になる役柄で絵空事でない社会問題について考えさせた『PLAN 75』

「私は運がいい」。役に恵まれている自分のことを河合はそう公言しているが、その運を引き寄せているのは彼女ならではの空気感と魅力、高い演技のスキルなのは言うまでもない。台本を読み解く力と自らに課せられた役割を掴む能力に長けていて、自分の考えをしっかり持ち、そのスタンスがブレないから、河合はそれぞれの作品の人物として生きることができるのだ。

『PLAN 75』(22)で演じた瑶子は、まさにそのことを象徴するような人物だった。早川千絵監督が第75回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門カメラドール特別表彰を受賞した本作は、近未来の日本を舞台に、75歳以上の人たちが自らの生死を選択できる制度「プラン75」が施行された社会に翻弄される姿を描いたヒューマンドラマ。

死を選んだ高齢者をサポートするコールセンターのスタッフを演じた『PLAN 75』 Blu-ray 発売中 価格:5,500円 発売・販売元:ハピネットファントム・スタジオ [c]2022『PLAN 75』製作委員会/Urban Factory/Fusee
死を選んだ高齢者をサポートするコールセンターのスタッフを演じた『PLAN 75』 Blu-ray 発売中 価格:5,500円 発売・販売元:ハピネットファントム・スタジオ [c]2022『PLAN 75』製作委員会/Urban Factory/Fusee

瑶子は死を選んだ高齢者をサポートする市役所のコールセンターのスタッフだが、プラン75の申請を検討し始めた78歳の角谷ミチ(倍賞千恵子)と電話で話したり、彼女と一緒に過ごす規則に反した行動をするなかで、制度と自分の仕事に疑問を抱き始める。

瑶子は作品を観る私たちの視線になるキャラクターでもあるが、ミチと言葉を交わし、その時々に湧き上がる瑶子の心の揺らぎを自らの表情や佇まいににじませる河合のリアクションにはまるで嘘がない。他人事ではなく近い将来実際に起こるかもしれない問題に、彼女が真摯に向き合い、そこで感じたものを素直に提示したからこそ、多くの人の共感を呼んだのだ。

ドキュメンタリーと見間違うほど役になりきった『少女は卒業しない』

それこそ、直木賞作家である朝井リョウの連作短編小説を原作にした主演映画『少女は卒業しない』(22)では、“ある想い”を抱えながら、卒業生代表の答辞を担当することになった主人公のまなみとして生きるため、河合は自らのアプローチを実践している。

“ある想い”を抱えながら、卒業生代表の答辞を担当する女子生徒を演じた主演作『少女は卒業しない』 Blu-ray&DVD 発売中 価格:5,720円 発売元:クロックワークス 販売元:ハピネット・メディアマーケティング [c]朝井リョウ/集英社・2023 映画「少女は卒業しない」製作委員会
“ある想い”を抱えながら、卒業生代表の答辞を担当する女子生徒を演じた主演作『少女は卒業しない』 Blu-ray&DVD 発売中 価格:5,720円 発売元:クロックワークス 販売元:ハピネット・メディアマーケティング [c]朝井リョウ/集英社・2023 映画「少女は卒業しない」製作委員会

本作は廃校が決まった高校を舞台に、三年生の4人の女子生徒が卒業式を迎えるまでの2日を見つめた青春群像劇。まなみの“ある想い”は河合自身が知り得ない経験から芽生えたものだったが、そこがちゃんとしてないと本作は成立しない。そのことを誰よりも確信していた彼女は、原作からイメージを膨らませ、同じような経験をしている監督からヒントをもらいながら、そのせつない感情を自分のものにしていた。

大好きな彼、駿(窪塚愛流)と過ごした、2人の最もキラキラしていた時間を初々しくかわいらしい芝居で大切に演じきり、卒業ライブで軽音部の剛士(佐藤緋美)が熱唱する「Danny Boy」を聴くシーンでは、「素直に感動したいから」という考えで本番まで彼の歌唱を聴かないスタンスを実践。

まなみが答辞を読むクライマックスも、その時に湧き上がる純粋な感情を焼き付けたくて、自分から監督に「最初からカメラを回してください」とお願いしたというから大したものだ。ドキュメンタリーと見間違うそのラストの無防備な表情からは河合の俳優としての非凡な才能と本気度がびしびし伝わってきたが、あの時からすでに、彼女の前には明るい未来が広がっていたのかもしれない。

社会に見放された女性を体当たりで演じ、現実にある歪みを突き付ける『あんのこと』

そんな河合の最新主演作『あんのこと』(公開中)は、『AI崩壊』(20)などの入江悠監督が実際の事件をモチーフに、この世の地獄から抜け出せない少女、杏の壮絶な人生を描いた衝撃の社会派ドラマ。

【写真を見る】社会が救うことができず、命を絶った実在の女性をモデルにした『あんのこと』の主人公を圧倒的リアリティで演じきった河合優実 [c]2023『あんのこと』製作委員会
【写真を見る】社会が救うことができず、命を絶った実在の女性をモデルにした『あんのこと』の主人公を圧倒的リアリティで演じきった河合優実 [c]2023『あんのこと』製作委員会

幼少期から母親に暴力を振るわれ、十代半ばで売春を強いられ、シャブ中でウリの常習犯でもある20歳の香川杏。ゴミ屋敷のような汚いアパートの一室で、ホステスの母親と自分が面倒を見なければいけない足の悪い祖母と暮らしているそんな彼女を、河合は文字通り体当たりでボロボロになりながら演じていて言葉を失う。

だが彼女は、そこまで生々しくやらなければ、この日本のどこかに実際にいる杏と同じような境遇の子どもたちの痛みや、彼らを救えない社会の歪みをリアルに感じてもらえないことを知っているのだろう。杏に血肉を注いだ河合優実が突き付ける、目を背けたくなる現実…。その先に待ち受けるものとは?迫真の演技に託された願いをどう受け止めるかは私たちに委ねられている。

文/イソガイマサト

元記事で読む
の記事をもっとみる