1. トップ
  2. 名作『美しき仕事』が4Kレストア版で日本初公開!クレール・ドゥニが“友人”たちと描き続けるダンス

名作『美しき仕事』が4Kレストア版で日本初公開!クレール・ドゥニが“友人”たちと描き続けるダンス

  • 2024.6.4
  • 98 views

2022年にイギリスの映画誌sight & soundが発表した「史上最高の映画」7位にランクインし、濱口竜介監督にも影響を与えた『美しき仕事』(99)。日本では長らく未公開だったこの名作が4Kレストア版で公開された。フランス映画界が誇る生きる伝説ドニ・ラヴァンを主演に迎え、まばゆいほどに青いアフリカの海岸を背景に、外人部隊とそれを率いる指揮官の訓練の日々を描く本作。手掛けたのは国際的に高い評価を受けながらも、日本では監督作が配信でもパッケージでもなかなか観ることが難しいクレール・ドゥニ。『美しき仕事 4Kレストア版』公開を機に、彼女のこれまでの作品をたどりながら作家性に迫ってみよう。

【写真を見る】3月に開催されたフランス映画祭では5年ぶりに来日を果たしたクレール・ドゥニ

【写真を見る】3月に開催されたフランス映画祭では5年ぶりに来日を果たしたクレール・ドゥニ [c]Everett Collection / AFLO
【写真を見る】3月に開催されたフランス映画祭では5年ぶりに来日を果たしたクレール・ドゥニ [c]Everett Collection / AFLO

身体表現にこだわり、カメラとのダンスを表現

『パリ、18区、夜。』(94)という美しい邦題の作品が象徴するように、クレール・ドゥニの描く夜にはオリジナルの深度がある。クレール・ドゥニは新しい夜を開拓していく映画作家だ。オーディエンスはいつの間にか街の隙間、夜の奥へ奥へと潜っていく。そこには夜の闇に負けそうな人の肌の鈍い輝きがある。クレール・ドゥニは人の肌に生を宿す。クローズアップされた肌、ほとんど絵の具で点描された色彩のような肌。クレール・ドゥニの映画における人の肌は、夜の色彩の一部であり、孤独な夜と戦ってきた者の傷跡であり、躍動する生のリズムなのだ。『美しき仕事』のダンスフロアに響くハウス・ミュージックが「リズム・オブ・ザ・ナイト」という曲名なのは、ほとんど必然のことのように思えてくる。『美しき仕事』ではレオス・カラックスの「アレックス3部作」などで知られるドニ・ラヴァンが、この曲に合わせて圧倒的なパフォーマンスを披露する。挑発的孤独の乱舞だ。

ラストシーンのドニ・ラヴァンのダンスが印象的な『美しき仕事』 [c]LA SEPT ARTE – TANAIS COM – SM FILMS – 1998
ラストシーンのドニ・ラヴァンのダンスが印象的な『美しき仕事』 [c]LA SEPT ARTE – TANAIS COM – SM FILMS – 1998

クレール・ドゥニはダンス、身体表現にこだわる映画作家だ。彼女の独創的ともいえるダンスへの意識は、イザック・ド・バンコレとアレックス・デスカスのダブル主演によるバディ・ムービー『死んだってへっちゃらさ』(90)を撮っていた時に芽生えたものだという。この作品には闘鶏というアンダーグラウンドな賭け事の世界が描かれている(やはり夜の深さが印象的な作品だ)。主人公が来たる大一番の闘いに備え、鶏を調教するシーンを撮っている時、クレール・ドゥニは俳優とカメラが一緒になってダンスするような感覚を覚えたという。踊るように羽を広げる鶏。鶏のダンスのリズムに合わせる俳優。ここには調和がある。この感覚が以後の作品のアプローチへと発展していく。

『美しき仕事』にも出演した、クレール・ドゥニ映画の常連俳優グレゴワール・コランが、アニマルズの「Hey Gyo」に合わせて即興で歌い踊る『U.S. Go Home』(94)は、クレール・ドゥニの身体表現を研究する者にとって最も重要な作品と位置付けられている。この68分の中編作品に出演したグレゴワール・コランとアリス・ホウリの2人は、日本でも公開された傑作『ネネットとボニ』(96)に出演している。また『U.S. Go Home』は、短編を含め4本の作品でクレール・ドゥニと組むことになるヴィンセント・ギャロの演技も強く印象に残る。

ヴィンセント・ギャロが性行為中に相手を殺害する衝動に駆られてしまう悩みを抱える男を演じた『ガーゴイル』 [c]Everett Collection / AFLO
ヴィンセント・ギャロが性行為中に相手を殺害する衝動に駆られてしまう悩みを抱える男を演じた『ガーゴイル』 [c]Everett Collection / AFLO

ニューヨークを舞台にするヌーヴェルヴァーグ風な短編『キープ・イット・フォー・ユアセルフ』(91)以降、クレール・ドゥニとヴィンセント・ギャロのコラボレーションは続いていく。そしてクレール・ドゥニによる“肌の表現”、“夜の深度”が血まみれのカニバリズムホラーとしてエクストリームな地点に到達したギャロ主演の『ガーゴイル』(01)は、ルカ・グァダニーノの『ボーンズ アンド オール』(22)にもっとも強く影響を与えた作品だと思われる。ルカ・グァダニーノは『ガーゴイル』をフェイバリット映画に挙げ、同作を「ホラーは愛に近い」という言葉で評している。カンヌ国際映画祭の上映時には退場者が続出したという取扱注意の危険な映画だが、傑作であることに疑いはない。

レオス・カラックスをはじめとする映画作家やスタッフら“友人”たちとのコラボレーション

長編デビュー作『ショコラ』(88)を撮るまでの間、クレール・ドゥニは多くの映画作家の撮影にアシスタントやエキストラとして関わっている。自身の憧れだというジャック・リヴェットをはじめ、ドゥシャン・マカヴェイエフ、ロベール・ブレッソン、ジム・ジャームッシュ。そのなかでもヴィム・ヴェンダースと共に『パリ、テキサス』(84)のロケハンでアメリカを旅したことが、クレール・ドゥニの映画作家としての指標を決めていく。自分にとっての風景はどこにあるのか?そう自問したクレール・ドゥニは、幼少期に育ったカメルーンで長編デビュー作であり準自伝的な作品『ショコラ』を撮ることになる。そして『ショコラ』にはレオス・カラックスの長編デビュー作『ボーイ・ミーツ・ガール』(84)に主演していたミレーユ・ペリエがクレール・ドゥニの分身ともいえる“フランス”という役で出演している(ちなみにクレール・ドゥニは『ホワイト・マテリアル』でイザベル・ユペールが演じたマリアを自身に一番近いキャラクターだと語っている)。

クレール・ドゥニが幼少期の体験を色濃く反映した長編デビュー作『ショコラ』 [c]Everett Collection / AFLO
クレール・ドゥニが幼少期の体験を色濃く反映した長編デビュー作『ショコラ』 [c]Everett Collection / AFLO

クレール・ドゥニとレオス・カラックスは友人関係であるだけでなく、『美しき仕事』のドニ・ラヴァンをはじめ、キャストやスタッフの点で大きく重なっている。クレール・ドゥニの多くの映画で編集を担うネリー・ケティエは、レオス・カラックスのすべての長編作品の編集を務めている(レオス・カラックスはネリー・ケティエのことを「編集のすべてを教わった」と感謝を述べている)。ネリー・ケティエによると、『美しき仕事』は『ポーラX』(99)と同時進行で編集作業が行われていたという。また『ポーラX』のイザベル役で圧倒的な存在感を放つカテリーナ・ゴルベワに先駆け、クレール・ドゥニは『パリ、18区、夜。』で彼女を起用。『ポーラⅩ』の撮影で落ち込んでいたカテリーナ・ゴルベワをクレール・ドゥニが励ましていたエピソードも残されている。そして心臓移植をテーマにしたクレール・ドゥニの異形の傑作『侵入者』(04)は、『ポーラX』以後のカテリーナ・ゴルベワの代表作といえる。

ロバート・パティンソンを主演に迎えた『ハイ・ライフ』 [c]Everett Collection / AFLO
ロバート・パティンソンを主演に迎えた『ハイ・ライフ』 [c]Everett Collection / AFLO

以前筆者がインタビューした時、クレール・ドゥニは“友人と映画を撮る”ことを特別に強調していた。「国境を越えた映画作家たちとの関係や自分の映画に出演するすべてのキャストは友人なのだ」と。実際、クレール・ドゥニはグレゴワール・コランや撮影監督のアニエス・ゴダール、音楽のティンダースティックスを筆頭に、同じキャスト・スタッフと何度もコラボレーションをしている。そこにはクレール・ドゥニの“ユニバース”ともいえる、大きなサークルが形成されている。フランス映画という枠には到底収まらないクレール・ドゥニの映画は、初めから真にコスモポリタンな映画だったのだ。その意味で宇宙船を舞台にした初の全編英語のSF作品『ハイ・ライフ』(18)は、クレール・ドゥニのフィルモグラフィーにおいて撮られるべくして撮られた傑作といえる。

トリュフォーやゴダールの作品にも出演したミシェル・シュボール [c]LA SEPT ARTE – TANAIS COM – SM FILMS – 1998
トリュフォーやゴダールの作品にも出演したミシェル・シュボール [c]LA SEPT ARTE – TANAIS COM – SM FILMS – 1998

同じキャストとのコラボレーションでいえば、『美しき仕事』のインスピレーションの源となったジャン=リュック・ゴダール『小さな兵隊』(60)のミシェル・シュボールは、クレール・ドゥニの映画にとって欠かせない存在だ。『美しき仕事』の上官フォレスティエという役名は、『小さな兵隊』でミシェル・シュボール自身が演じた役名と一致している。クレール・ドゥニは『美しき仕事』から『侵入者』、『バスターズ』(13)に至るまで、ミシェル・シュボールの肌を徹底的に、彼の肌を愛するように撮っていた。

音をカメラで捉え、映像に歌わせる

『ハイ・ライフ』の際のインタビューで、クレール・ドゥニは俳優の許可を得て体に触れること(申し訳ないと思っているそう)について語っている。その感覚は確実にクレール・ドゥニの作品によく表わされている。ドキュメンタリー作品『クレール・ドゥニが歩んできた道』(21)のなかでアレックス・デスカスが語っているように、クレール・ドゥニの映画にはカメラが直接俳優の肌に触れるような独特の感覚がある。しかし肌に触れた途端、肌は肌でなくなり、無形の“温度”のようなものになっていくというべきだろうか。肌に近づいても肌に近づくことができない。

『美しき仕事』では兵士同士のぶつかり合う肉体や丁寧にたたまれた軍服が目を引く [c]LA SEPT ARTE – TANAIS COM – SM FILMS – 1998
『美しき仕事』では兵士同士のぶつかり合う肉体や丁寧にたたまれた軍服が目を引く [c]LA SEPT ARTE – TANAIS COM – SM FILMS – 1998

『ショコラ』には地平線に関する興味深い台詞がある。「地平線に近づけば近づくほど地平線は遠ざかっていく。向かって行けば行くほど地平線そのものが見えなくなる」。これはクレール・ドゥニの映画のコアに触れるような言葉に思える。『美しき仕事』におけるアフリカのジブチの美しい風景と白人の外国人部隊の身体の間には決して溶け合えないものがある。幼少期をカメルーンで過ごしたクレール・ドゥニは、自分が黒人でないことが何より恥ずかしかったと語っている。そしてフランスに戻った時、母国にいるにも関わらず自分のことを“よそ者”だと強く感じたという。地平線を向かうべき、あるいは戻るべき“故郷”とするならば、クレール・ドゥニの風景にとっての“故郷”は、近づけば近づくほど遠ざかることになる。そして近づけば近づくほど、“故郷”は無形のものになっていく。

クレール・ドゥニの映画音楽を手掛けるティンダースティックスのスチュアート・A・ステイプルズによると、クレール・ドゥニは“映像に歌わせること”を目的としている。音という無形のものをカメラで撮るという感覚。思い返せばクレール・ドゥニの映画におけるダンス、身体表現は、風景の中で孤立している。踊る身体が音の素材、音符そのものになっている。音符としての身体は、別の音符と組み合わさり、音楽になることを待ち望んでいる。『ハイ・ライフ』における無重力状態のミア・ゴスのポージングは、あの独特のポージング自体が“音符”の身体表現であり、発見されることを望んでいる未知の“言語”だったのかもしれない。

ドゥニが第72回ベルリン映画祭最優秀監督賞を受賞した、ジュリエット・ビノシュ主演作『愛と激しさをもって』 [c]Everett Collection / AFLO
ドゥニが第72回ベルリン映画祭最優秀監督賞を受賞した、ジュリエット・ビノシュ主演作『愛と激しさをもって』 [c]Everett Collection / AFLO

届かない音符=言語としての身体。これまで3作品でコラボレーションしているジュリエット・ビノシュが、クレール・ドゥニの映画について語る時の「愛」とは、まさにこのことなのだろう。その感覚は『美しき仕事』から映画を撮る勇気をもらったというグレタ・ガーウィグ、クレール・ドゥニからの影響を隠さないバリー・ジェンキンスやシャーロット・ウェルズに受け継がれ、傑作『アトランティックス』(19)を撮ったマティ・ディオップへと直々に引き継がれている(マティ・ディオップはクレール・ドゥニが小津安二郎の『晩春』にオマージュを捧げた傑作『35杯のラムショット』のヒロインを務めている)。クレール・ドゥニの作品から形成された“ユニバース”は、いまこうしている間にも世界各地で拡大し続けている。

文/宮代大嗣

元記事で読む
の記事をもっとみる