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実は内臓も味を感じている!?全身に広がる味覚センサーの謎

  • 2024.6.3
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教科書に記されていた「舌の味覚地図」は間違っている
教科書に記されていた「舌の味覚地図」は間違っている / Credit:clip studio . 川勝康弘

集団意識に根付いているようです。

アメリカの国立衛生研究所(NIH)の研究者たちにより、長年に渡って使われている「味覚地図」の誤りについて記されたレビューが発表されました。

多くの年配の人は、舌は奥の方が苦みを感じやすいなど、舌の位置によって味蕾の分布が異なる、味の感じ方が異なるという味覚地図の解説を聞いたことがあると思いますが、この味覚地図については、現在の科学では否定されています。

今回の研究レビューでは、まだこの味覚地図の誤解が多くの場所で訂正されていない問題に触れ、また近年の研究成果が取り上げる、甘味・塩味・酸味・苦味・うま味を検知する各種味覚センサーは舌だけでなく胃や腸といった消化器官や、脳や肺、心臓、さらには骨や免疫細胞にも存在することが紹介されています。

なぜ脳や肺のような味覚とは無関係の場所に、味覚センサーがあるのでしょうか? 今回は味覚の謎に迫っていきます。

研究内容の詳細は2024年5月8日に5大医学雑誌の1つとして知られる『New England Journal of Medicine(NEJM)』にて発表されました。

目次

  • 味覚地図は現代科学では否定されている
  • 味覚センサーは脳や肺など全身の臓器に存在する

味覚地図は現代科学では否定されている

舌の先が「甘味」を感じ、舌の奥のほうでは「苦味」、両側には「塩味」と「酸味」を感じ、中央付近には「うま味」領域が広がっている…

私たちの多くは子供の頃から、舌の上に描かれた味覚の地図を信じていました。

この味覚地図は1901年にドイツ人科学者、デイヴィッド・ヘーニッヒが行った研究をもとにしています。

研究においてヘーニッヒは舌の機能を調査するため、各種の味覚をさまざまな濃度に薄めて舌の上に乗せ、反応を調べました。

そして特定の場所、例えば舌の先端の部分(甘味領域)では、他の領域よりも低濃度であっても甘味を感じられると結論しました。

味蕾というセンサーの存在が明らかになって以降は、この理屈について、舌にある各味に対応したセンサー(味蕾)の密度が場所によって異なるため、舌の領域によって感じやすい味、鈍感な味があると理解されていました。

味覚地図としてよく使われている図。日本の研究者がうま味を発見した1980年代以降は舌の中央に「うま味」ゾーンが追加されていることがあります。しかし味覚地図が間違いであることは1970年代に行われた実験により明らかになっています。うま味ゾーンの話からも味覚地図が集団意識に強く根付いていることがわかります
味覚地図としてよく使われている図。日本の研究者がうま味を発見した1980年代以降は舌の中央に「うま味」ゾーンが追加されていることがあります。しかし味覚地図が間違いであることは1970年代に行われた実験により明らかになっています。うま味ゾーンの話からも味覚地図が集団意識に強く根付いていることがわかります / Credit:clip studio . 川勝康弘

しかし、かなり以前(数十年以上前)から、この舌の領域によって味蕾の密度が異なるという考えは間違いであることが証明されています。

現在では「舌全体が全ての味を感じられる」ことが証明されています。

舌には「味蕾」と呼ばれる味を感じる部分がありますが、味蕾の構造を調べると、さまざまな味覚センサーを持つ細胞が50~150個ほど集まっている様子をみることができます。

そして、味蕾内部の細胞集団の中には甘味・塩味・酸味・苦味・うま味を検知する細胞が混在しており、1つの味蕾でも、基本的に全ての味に対応していることが判っています。

1つの味蕾には全ての味の味覚センサーが含まれています。また味蕾も舌全体に分布しています。
1つの味蕾には全ての味の味覚センサーが含まれています。また味蕾も舌全体に分布しています。 / Credit:wikipedia

(※近年では、新型コロナウイルスのパンデミックにより、舌の味を感じる「味蕾」に感染が起こることで、味覚の消失が起こることも判明しました。)

ただいくつかの研究では舌先のほうが甘味を感じやすく、舌の根元では苦味を感じやすいと報告されているのは確かです。もちろんこれは現在の「味覚センサーが舌全体に均等に分布している」ことを否定する内容ではありませんが、私たち自身も、なんとなく苦みは舌の奥で感じているような感覚があるのは確かです。

そのため味覚というものは、私たちが考えているほど単純な感覚ではない可能性が高いのです。

さらに近年では、味覚が口の中に限定されるという考えそのものが、古いことが示されてきました。

味覚センサーは脳や肺など全身の臓器に存在する

近年の研究により、舌の上にある味覚センサーは、胃・小腸・大腸・肝臓・膵臓・腎臓といった消化にかかわる器官だけでなく、脳・心臓・肺・目・精巣・甲状腺・尿路、筋肉・脂肪・骨さらには白血球のような免疫細胞の上にも存在していることがわかってきました。

これらの臓器にある味覚センサーの役割は、舌のように甘さや酸っぱさを直接的に脳に届けることはありません。

ですが、たとえば腸にある甘味センサーは、血糖値や膨満感などの調節にも関与しており、大量の糖分が腸内に入り込んだ場合には、食欲を抑える仕組みを起動させます。

同様に他の苦味や酸味などの味覚センサーも体内に入り込んだ化学物質を検知し、体のバランスを保つ役割を担っています。

甘味&うま味の味覚センサーと苦味の味覚センサーは口の内部だけでなく全身に分布しています。黒字の部分は両方がある臓器で、色が違う部分は片方の味覚センサーのみが存在します
甘味&うま味の味覚センサーと苦味の味覚センサーは口の内部だけでなく全身に分布しています。黒字の部分は両方がある臓器で、色が違う部分は片方の味覚センサーのみが存在します / Credit:clip studio . 川勝康弘

上の図はこれまでの研究で明らかになった、甘味やうま味を検知するセンサー(TAS1R)と苦味を検知するセンサー(TYS2R)の体内での分布図です。

この図を見ると「舌の味覚センサーが体にもある」のではなく、むしろ「体の味覚センサーが舌にもある」と言ったほうがいいように思えてくるでしょう。

この体内にある味覚センサーは、体に過剰な栄養素や不足している栄養素を検知し、脳に向けて特定の食べ物に対する食欲を増減させることもできます。

マウスやヒトを対象とした実験などでは、体内の塩味センサーは塩分の不足を脳に伝えており、脳に塩分を多く含む食べ物を食べたいという欲求を生み出していることが示されました。

妊婦さんも、しばしば「酸っぱいもの」を欲しがると言われています。

酸っぱい食べ物に含まれるビタミンCを含んでおり、鉄分の吸収を助ける効果があることが知られています。

妊娠中は血液が大量に必要になるため、体が鉄分の吸収を助ける酸っぱいものを欲するようになっていると考えられています。

(※一方で、甘味や苦味と同じくらい有名な辛味は、実際には「味」ではありません。というのも私たちの体は辛味を「痛み」や「熱」の一種として検知しているからです。実際、皮膚に辛み成分であるカプサイシンを塗ると痛みや熱を感じます。ただ唐辛子など辛い食べ物はビタミンCを多く含んでいることが知られており、辛さを欲する背景には、体がビタミンCを望んでいるとする考えもあります。)

しかし、こんなにも体の各地に味覚センサーがあり、食べたい物を広範に支配しているのならば、舌の味覚センサーには意味があるのでしょうか?

その答えは条件反射の研究で有名なパブロフが行った実験で明らかになっています。

Yerkes, R. M., & Morgulis, S.(1909)1909年に出版されたパブロフの犬にかんして書かれた絵。パブロフと言えばこの実験だがパブロフは犬を使って他の実験も行っていました
Yerkes, R. M., & Morgulis, S.(1909)1909年に出版されたパブロフの犬にかんして書かれた絵。パブロフと言えばこの実験だがパブロフは犬を使って他の実験も行っていました / Credit:wikipedia

パブロフの犬の実験といえば、ベルを鳴らすとエサをもらえるという条件を犬に覚え込ますと、ベルを鳴らすだけで犬は唾液を出すようになるという内容が有名です。

ですがパブロフは犬を使って別の実験も行っており、その1つが舌と消化器官の働きの関係を示したものです。

この実験でパブロフは犬の胃袋に肉の塊を置いただけでは消化が上手くスタートしないことに気付きました。

しかし胃の中に肉を置いたまま、舌の上に肉の乾燥粉末を振りかけると、胃での消化が始まることを発見します。

この結果は、舌の味覚センサーが消化器官に準備を促す仕組みがあり、舌と体の味覚センサーが共同して消化システムを運営していることを示しています。

また舌は食べ物に最初に接する場所であるため、舌の味覚センサーによって毒の可能性のあるものを素早く認識することができます。

動物たちの間で苦味を持つ食べ物が甘味ほど広範に好まれていないのは、多くの毒物が苦味を持つからです。

植物の多くが苦味をもつのも、動物に毒だと錯覚させて、食べられないようにするためだと考えられています。

味覚には人体の機能に影響するさまざまな役割があり、我々が考えるほど単純なシステムではない可能性があります。

環境変化により食べられるものが変化してしまった場合、生物はまず「味覚」を進化させることで食べ物の好みを変え、新たな環境で適切な栄養素をとれるようにします。

私たちは、頭をいっぱい使うと甘いものが欲しくなったり、汗をたくさんかくと塩っぱいものが欲しくなったりしますが、これも体全体が連動して味を感じることで生じている可能性があるようです。

人間を含む動物たちは、舌による直接的・意識的な味覚に加えて、体内にある味覚センサーを利用することで、生存に最適な食べ物を選んでいるのかもしれません。

元論文

Physiological Integration of Taste and Metabolism
https://doi.org/10.1056/nejmra2304578

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

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