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全員揃って黙想し「いただきます」。二度と戻れない、あの愛しい空間

  • 2024.6.3
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私の今はなき母校……と言っても女子校から共学化しただけで、厳密には閉校した訳ではなく校風は変わったものの残ってはいるのだが、もはや別物になってしまった……そんな懐かしい学び舎は、食育に力を入れていた。

「給食」のことは「会食(かいしょく)」といい、昼休みになると、全校生徒が1つの場所に集まって昼食を取るのだが、そこのことを「食堂」と書いて「しょくどう」ではなく「じきどう」と読む。
食育は学びの場であり、昼食を取る場所は「食育の道場」だからと創立者の先生が言っていたのが由来してるそうだ。
「じきどう」卒業して12年も経つのに私はいまだに「食堂」という字をそう読んでしまう。

◎ ◎

4時間目が終わると、みんな自分の箸を片手に、ぞろぞろと3つある校舎のうちのひとつにある「食堂」に、おしゃべりしたり、午後の授業の勉強をしたりしながら、時には英語の単語帳片手に、だらどらと歩く。学校中の廊下を生徒が大移動する。

「食堂」はとても広い。
そしてそこにずらっと全校生徒が座るためのテーブルが並んでいて、その上には炊飯器と味噌汁の入ったジャー、お茶の入ったポット、そして人数分の茶碗とお椀が置かれ、その側にはおかずやデザートの入ったトレーがたくさん入った長方形の銀色のボックスがある。

「そこ、おしゃべりだめよ!」

なんて先生に諌められつつ、学年ごと、クラスごとにわけられ、定められた席へと座る。
でも不思議なことにこのエッセイを書くに当たって「自分はどこの席だったかな?」と思うものの、思い出せない。あんなに広い空間で迷わず自分の席に辿り着けたのがそもそも不思議なくらいだ。多分あの頃は学年やクラス、そして仲の良いグループごとに流れるように移動したから辿り着けた場所だったんだと思う。

そして全校生徒が揃うまで黙想……すなわち背筋を伸ばして目を閉じて待つ。
もちろん箸が転んでも爆笑する年頃、なおかつ女子校という男子の目がない分開放的な私達、全員が全員素直に目を閉じて待つわけもなく、こっそりおしゃべりをしたり、前の席の子が変顔をして笑わせてきたりして、大人しく「黙想」出来ずに先生が「こら!!ふざけない!」といわれるのだけれど。

◎ ◎

時間になるとカンカンと鐘が鳴り、

「◎月✕日、月曜日です。今日の献立はごはん、わかめの味噌汁、チキンソテー、ほうれん草のバター炒め、ヨーグルトです」

給食委員会の生徒が日替わりでマイクで本日のメニューを読み上げる。

「感謝の気持ちを込めて合掌しましょう。いただきます」

そして全員が手をあわせて「いただきます」。
その瞬間はいかにも女子校といったおごそかな雰囲気を醸し出すがそれもつかの間、そこからは全員で配膳を始める。ごはん係の子、味噌汁係の子、お茶係の子、特別決まってはいないが、席は1年間出席番号順で固定されてるのでもう新学期が始まり、1週間もすればなんとなく体制が決まっている。

「ウチ、ダイエット中だからごはん少なめでー」
「オカン(クラスにひとりはいるオカンぽい子はこう呼ばれる)!あたし部活まで持たないから大盛りにして!」

そうリクエストを受けて「はいはい」とよそわれるごはんを手の空いてる子で運ぶ。他の子はおかずの入ったトレーを運ぶ。
このトレーがなかなか重く、たまにトレーを持ってる子に気付かずぶつかってしまい落下して大惨事になることが多いので、私はみんなのおかずにもしものことがあったら怖くてそれには手を出せず、運ばれてきたトレーから皿を移したり、ふきんでテーブルを拭くのに従事していた。

配膳が終わるとおしゃべりをしながら食べ始める。昨日見たテレビのこと、流行りのコスメ、妄想上の彼氏(二次元、アイドル、俳優、バンドマン)。

余ってるデザートなんてあると小学生の男の子みたいにじゃんけん大会が始まったり、体育会系の部活の子が何杯もおかわりする。そんな和気あいあいとした空間だった。

◎ ◎

「会食」で特別何かおいしいメニューやお気に入りの献立があったか?と聞かれるとパッと思いつかない。
中学3年から摂食障がいに悩んでいた身としては、食事の時間はあまり好きではなかった。「完食しなくてはいけない」というルールはなく、時間内に食べきれないものはごめんなさいと残飯にするのでプレッシャーはなかったものの、苦手であった。
でも高2でクラス替えがあってからは少しずつ昼食の時間が嫌いではなくなった。

「忍足ちゃん今日はどーする?」
「あー、ごはんはいいかなー」
「じゃあ味噌汁とおかずだけ置いておくね」

クラスメイトの風通しがよかったからかもしれない。

会食代が勿体無いと思うほど私は会食を食べてなかったけれど、最近ふいにあの食事の時間を恋しく思うことがある。例えば渋い食事を口にするとき……ひじきとか、切り干し大根だとか。食育の効果が出ているかはわからないけれど、渋い和食の味は私の心を学生時代に誘う。咀嚼している間は、心は10代に戻る。
「あー、やっぱりおかわりしちゃお」「ダイエットは明日からでいいっしょ」「5限数学とかまじダルいわ~」「今日のMステ嵐だよ!新曲たのしみすぎる!」
明るく、弾けるようなみずみずしい笑い声が食堂中に弾ける中で、ちまちまと自分のペースで少しずつ口に運ぶ、その時間がとても尊かった。きらめいていた。
二度と戻れない場所。

◎ ◎

学校名は変わってしまった。女子校は共学になった。

「食堂」はいまや「カフェテリア」と呼ばれていて、全員揃って黙想しての「いただきます」もなくなり、全員で配膳する食事ではなく、Aランチ、Bランチ、Cランチの中から好きなものを選ぶ方式に変わったらしい。
「食育」はどうしたんだ!と突っ込みたくなるものの学校経営も厳しいのだろう。

でも私はたまに記憶の中の、もう二度と過ごすことのできない、あの空間に、あの味に思いを馳せるのだ。あの愛おしい空間を。

■忍足みかんのプロフィール
昭和70年生まれ(=平成6年生まれ)の新人エッセイスト 中高大学女子校育ちでLGBT当事者。多趣味でありとあらゆるもののヲタク。昭和歌謡を愛し山口百恵とキャンディーズを神と崇める。 醜形恐怖症であり昨年美容整形。 スマホ依存症からの脱却を描いたデジタルデトックスエッセイ 「#スマホの奴隷をやめたくて」出版中

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