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杉咲花、“わからなさ”がリアリティのある演技を生む【てれびのスキマ】

  • 2024.6.3
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26歳ながら驚くほど達観している

現在放送中のドラマ「アンメット ある脳外科医の日記」(フジテレビ系)で、記憶障害を抱えた脳外科医の主人公を演じているのが杉咲花。彼女のそばかすが映るのが印象的だが、「凄くいい」という反応がある一方で、「取ったらいいのに」という意見も届いたという。これに対して彼女は「それはその人の美学だと思うんですけれども」と前置きしたうえでこう語っている。

「私は自分のそばかすをこれで良いと思っているし、それがありのままの自分だと思うから、あまり隠さなくてもいいかなと思っています」(「スポニチ」2024年4月17日)

様々な意見に配慮しつつ、芯の強さがうかがえる発言だ。彼女はまだ26歳であることに驚いてしまうほど達観している印象がある。

幼少期はテレビドラマが大好きな少女

杉咲は体を動かすことが大好きな活発な子供だったという。公園に行っては泥だらけになって遊んでいた。一方で、テレビドラマも大好きでそのクールに放送されている連ドラをほとんど見るような生活を送っていた。逆に習い事は全部飽きてしまって続かなかった。

そんな彼女の性格を見て、「一つの役をやって、終わって、新しい役にまた会う」という仕事が合うのではないかと、母親が役者を勧めてくれて子役としてキャリアをスタートさせた。小さい頃から、人と比べて自分が劣っている部分を探してしまい、コンプレックスがあった彼女にとって、それを物語の必要な部分に転化できる役者の仕事は魅力的だった(「スイッチインタビュー」NHK Eテレ2024年2月23日)。

演技に“開眼”

そんな彼女が大きな注目を浴びたのは2016年。朝ドラ「とと姉ちゃん」(NHK総合ほか)でヒロインの妹役を好演し、鮮烈な印象を与えると、同年公開された映画「湯を沸かすほどの熱い愛」の演技が各所で絶賛された。“伏線”はあった。

前年に公開された「トイレのピエタ」のオーディションのときだ。松永大司監督に「そんな芝居なら俺にもできる」と言われてしまったのだ。この頃は、「怒っている」という表現を求められたときにそう“見える”芝居をすることが正解だと思っていた。だが、それは表面的な表現だと監督の指摘で気付いたという(「otocoto」2023年12月8日)。そこで演技に“開眼”した。一方で、この映画で演じた真衣という役には「強烈に引きずられて」しまったという(「CINRA」2023年12月8日)。

よく「憑依する」「役に入り込む」などと称されることがあるが、当時はそうすることで「自分に安心したかった」だけで、現在それは「不可能に近いのではないか」と思うようになったという(同)。 そこには「人のことはわからない」という実感がある。「理解できたつもりでいても、人のことはどこまでもわからなくて他者は他者なんだって。そうあることを受け止めて、それでも関わろうとしたり、想像を続けるってことが、他者とか役と繋がっていられる手段かな」(「スイッチインタビュー」前出)と。

わからないけど、それでいいのではないか

それを確信したのが映画「市子」(2023年)で主人公を演じたことだ。プロポーズの翌日に恋人の前から姿を消した市子の謎の半生を巡る物語。杉咲の演技が評判を呼び、当初38館だった上映館が60以上に拡がった。

最初に脚本を読み終えたとき、涙が止まらなくなった。それは感動や同情によるものではなく、それまでの自分が知らない感情だったという。その正体が知りたかった。しかし、完全にはわからなかった。そしてそれでいいのではないかと思うようになった。

「わからない」からこそ、「感情面では何かを準備して現場に持ち込むということを避けている」(「CINRA」前出)。脚本上だけで知ったつもりにならず、「そのとき目の前にいる人と対面してみて、何を感じるかということに素直でいたい」(「MEN’S NON-NO WEB」2024年2月24日)と、その場その場で演じて得た感情を大事にして表現しているのだ。記憶がリセットされ、日々“新たな”出会いをする「アンメット―」の主人公のようだ。

「『相手のことがわからない』という感覚が根底にありながら、必死に想像して接近を試みる。自分とは違う他者に共振しながら、限りなく近づいていこうとする行為が、『演じる』ということなのかなあ」(「CINRA」前出)と語る。思えば、人は他者のことはもちろん、自分のことだってわからない。そのわからなさがリアリティのある演技を生んでいるに違いない。

文=てれびのスキマ

1978年生まれ。テレビっ子。ライター。雑誌やWEBでテレビに関する連載多数。著書に「1989年のテレビっ子」、「タモリ学」など。近著に「全部やれ。日本テレビえげつない勝ち方」

※『月刊ザテレビジョン』2024年7月号

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