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自ら人生を終えた彼の音楽は今なお聴き継がれている『トノバン 音楽家 加藤和彦とその時代』

  • 2024.6.3
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自ら人生を終えた彼の音楽は今なお聴き継がれている『トノバン 音楽家 加藤和彦とその時代』
『トノバン 音楽家 加藤和彦とその時代』 (C) 2024「トノバン」製作委員会

没後15年、時代を先取りした音楽家・加藤和彦を語るドキュメンタリー

【映画を聴く】“トノバン”こと加藤和彦が自ら死を選んで、今年で15年になる。「私のやってきた音楽なんてちっぽけなものだった。世の中は音楽なんて必要としていないし、私にも今は必要もない。創りたくもなくなってしまった」という最後の言葉は、晩年の彼が抱えた失望をファンに伝えるものだった。しかし「ちっぽけなもの」と本人が思っていた彼の楽曲の数々ーー「帰って来たヨッパライ」「悲しくてやりきれない」「イムジン河」「あの素晴しい愛をもう一度」「タイムマシンにお願い」は、2024年現在も様々な形で聴き継がれている。その評価は、彼が亡くなった2009年当時よりも高まっているようにさえ思う。

シティポップの流行などで再評価の機運が高まる

なかでも2016年の映画『この世界の片隅に』に用いられたコトリンゴによるカヴァー曲「悲しくてやりきれない」は、物語に楽曲がぴったり寄り添い、作品を語る上で欠かせない大切な要素となった。その一方で、ちょうど40年前に公開された映画『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』の主題歌「愛・おぼえていますか」(飯島真理)、あるいは昨年デビュー45周年を迎えた竹内まりやのデビュー曲「戻っておいで・私の時間」、4枚目のシングル「不思議なピーチパイ」といった楽曲は、ここ数年はシティポップの文脈で評価されることも少なくない。

高橋幸宏の思いが本作のきっかけに

『トノバン 音楽家 加藤和彦とその時代』は、そんな再評価の機運を後押しするようなタイミングで公開されるドキュメンタリー映画である。加藤和彦のドキュメンタリーを制作するアイデアは、もともと高橋幸宏が相原裕美監督に持ちかけたものだったという。加藤が1972年に結成したサディスティック・ミカ・バンドにドラマーとして参加した高橋は、加藤が日本の音楽界にもたらした影響が十分に伝わっていないと感じており、相原監督の2020年作『音響ハウス Melody-Go-Round』の完成披露試写会の際に「今だったら、僕も自分も話すことが出来る」と映画への協力を約束している。

その高橋幸宏は、本作公開前の2023年1月に亡くなり、高橋とともに加藤和彦の音楽に深く関わった坂本龍一も同年3月に亡くなった。加藤が編曲を手がけた「結婚しようよ」をヒットさせた吉田拓郎は、2022年に音楽活動から引退している。本作では彼らのアーカイヴ映像も含め、きたやまおさむ、高中正義、坂崎幸之助、つのだ☆ひろ、泉谷しげる、コシノジュンコ、坂本美雨、松任谷正隆ら50名近い関係者の証言が収録されている。タイトルの通り、加藤和彦だけでなく、彼が音楽家として生きた「時代」をざっくりと切り取った構成が魅力だ。

ブレイク前夜のYMOらが参加したアルバムも

先に挙げた「帰って来たヨッパライ」「悲しくてやりきれない」「イムジン河」はフォーク・クルセダーズ名義、「あの素晴しい愛をもう一度」は加藤和彦・きたやまおさむ名義でリリースされたもので、いずれも加藤のキャリア最初期となる60年代後半から70年代初期の楽曲だ。

その後の加藤は海外での活動を見据えたサディスティック・ミカ・バンドで活動し、70年代の終わりから“ヨーロッパ三部作”などのコンセプチュアルなソロ作品を連発する。90年代と2000年代は坂崎幸之助を迎えたフォーク・クルセダーズの“新結成”や、木村カエラを迎えたサディスティック・ミカ・バンドの再々結成などが話題となった。

このうち、本作後半で特に時間を割いて紹介されているのが“ヨーロッパ三部作”の時代である。バハマ/マイアミ録音の『パパ・ヘミングウェイ』(1979年)、ベルリン録音の『うたかたのオペラ』(1980年)、パリ録音の『ベル・エキセントリック』(1981年)は、ブレイク前後のYMOの3人(細野晴臣/坂本龍一/高橋幸宏)やそのサポートメンバーだった大村憲司や矢野顕子が参加。いずれも当時としては破格の予算が投じられたアルバムとなっている。

食にも一流を求める加藤のライフスタイルにも注目

これら3作品の大がかりな制作の裏側をつまびらかにしながら、本作では音楽だけでなく食やファッションにも一流を求めた加藤和彦のライフスタイルにもスポットが当てられる。「どんなジャンルでも“最高”を知らなければ何も語ることはできない」という彼の哲学を裏づけるように、東京・四谷「オテル・ドゥ・ミクニ」の三國清三、京都・祇園「さゝ木」の佐々木浩といった国内トップクラスの料理人たちが、加藤の食へのこだわりの強さとセンスの良さを語るシーンも。そのエレガントなライフスタイルが音楽と直結していたことがよくわかる。

「あの素晴しい愛をもう一度 ~2024Ver.」のレコーディング風景も

本編の終盤には、この映画のために結成されたグループ、Team Tonobanによる「あの素晴しい愛をもう一度 ~2024Ver.」のレコーディング風景が収録されている。高野寛をバンマスとして、きたやまおさむ、坂崎幸之助、高田漣、坂本美雨らが参加するこの曲には、生前の高橋幸宏の演奏から採取されたドラムと1971年の加藤和彦のヴォーカルも織り込まれている。この音源を含む2枚組コンピレーションCD『The Works Of TONOBAN ~加藤和彦作品集~』も、本作の公開に先立ちリリース済みだ。

存命なら今年で77歳の加藤和彦。もしこの人がいなければ、日本のポピュラーミュージックのあり方が大きく変わっていたことは間違いない。“トノバン”の愛称は、歌声が英国歌手のドノヴァンに似ていたことに由来する。同世代のドノヴァンが近年も精力的に活動していることを思うと、トノバンの新曲を聴くことができないのが残念でならない。(文:伊藤隆剛/音楽&映画ライター)

『トノバン 音楽家 加藤和彦とその時代』は、2024年5月31日より全国公開中。

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