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発表!2023 All About ミュージカル・アワード

  • 2024.6.4
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ドラマ性と娯楽性を豊かに兼ね備えた舞台が多く見られた2023年のミュージカル界。その中でも特に傑出した舞台と人は? 作品賞、新星賞については受賞コメント動画付きでご紹介します!
ドラマ性と娯楽性を豊かに兼ね備えた舞台が多く見られた2023年のミュージカル界。その中でも特に傑出した舞台と人は? 作品賞、新星賞については受賞コメント動画付きでご紹介します!

社会の矛盾や人間の内面に肉薄しつつ、音楽やダンスを効果的に織り込み、エンターテインメント性豊かに仕上げた作品が多く見られた、2023年のミュージカル界。

特に傑出した舞台・人を、今回も一部受賞コメント動画付きでご紹介します!(同時受賞は五十音順に掲載)

作品賞|a new musical 『ヴァグラント』

『ヴァグラント』撮影:岡千里
『ヴァグラント』撮影:岡千里


2023年の上演作の中でも、日本のオリジナル・ミュージカルの新たな可能性を印象付けたのが、新藤晴一さんの初ミュージカル作品(プロデュース、原案、作詞、作曲)である本作。

大正時代の炭鉱の町を舞台に、名もなき人々が新たな時代を切り拓いて行くさまを、多彩な楽曲を織り交ぜながらスリリングかつエネルギッシュに描くエンターテインメントです。

搾取に苦しむ炭鉱夫たちに権力者、癒着で利益を得る者、しがらみに苦しむ人々。さまざまな人々がひしめく町に、流浪の英雄が現れる……というのが大まかなプロットですが、主人公の佐之助は“マレビト”という芸能の民。

表現者としての誇りを持ち、人一倍、人間にも興味があるが、被差別民でもあり、人間が怖い……という複雑な人物像が、物語に独自の生々しさと奥行きを与えています(演出・脚本=板垣恭一さん)。
 
民謡風レゲエにラップなど、豊かな音楽的ボキャブラリーを駆使した、新藤さんの楽曲も大きな魅力。キャッチーであるばかりでなく、サビで抉(えぐ)るように半音を下げ、主人公の苦悩を際立たせるなど、ディテールの“巧さ”が光ります。

『ヴァグラント』撮影:岡千里
『ヴァグラント』撮影:岡千里


ハイライトの一つが、2幕冒頭で一同が100年後の人々、つまり観客に向かって“あなたたちはどう生きているか”と、スケール感たっぷりの曲調に乗せダイレクトに問いかけるナンバー「あんたに聞くよ」。

口語体の歌詞も染み入りやすく、佐之助たちのようにかつて手探りで時代を切り拓いたであろう、それぞれの先祖に思いを馳せてみたくもなるナンバーとなっています。
 
佐之助役の平間壮一さん、廣野凌大さん(ダブルキャスト)はじめ、適役揃いのキャストも躍動。

炭鉱の町の物語は一つの結末を迎えますが、佐之助と姉貴分・桃風の“旅の続き”も気になるところとあって、シリーズ化も期待される快作です。

『ヴァグラント』撮影:岡千里
『ヴァグラント』撮影:岡千里

【動画】新藤晴一さんスペシャル・コメント

新藤晴一さんによるスペシャル・コメント動画では、ミュージカルに挑んだきっかけや創作エピソードがたっぷり語られていますので、ぜひご覧ください。

再演賞|『ジェーン・エア』

『ジェーン・エア』写真提供:梅田芸術劇場/東宝
『ジェーン・エア』写真提供:梅田芸術劇場/東宝


幼くして孤児となったヒロインが、過酷な少女時代を経て自立を目指すが……。

C・ブロンテの小説を1996年に舞台化、世界各地で上演されてきたミュージカルが、11年ぶりに日本で上演。

ジョン・ケアードさん(『レ・ミゼラブル』オリジナル版演出)が年月をかけて練り上げてきた演出と、卓越したキャストが出会い、心ゆくまで“演劇の醍醐味”を味わわせる舞台が生まれました。
 
ステージ上にあるのは、イギリスの曇天を思わせる、鈍い光に包まれた荒野。「私の名前はジェーン・エア」というセリフを皮切りに、俳優たちがジェーンの半生を再現し始めます。

ナレーションは特定の一人ではなく、皆が順繰りに担当。ジェーンの物語が“皆の物語”として共有され、場内には親密な空気が立ち込めます。

また複数の役を兼ねる俳優たちの的確な演じ分けと全員の“阿吽の呼吸”のチームワークが、濃密でありつつ円滑なストーリー・テリングを実現しています。

『ジェーン・エア』写真提供:梅田芸術劇場/東宝
『ジェーン・エア』写真提供:梅田芸術劇場/東宝


さらに今回、注目を集めたのが、ジェーンと親友のヘレンを、二人の俳優が回替わりで演じるという趣向。ヘレンは序盤で夭折しますが、彼女が説いた“赦し”はジェーンの心の奥底に眠り、後年、重要な局面で影響を与えます。

ある日は上白石萌音さんがジェーン、屋比久知奈さんがヘレンを演じ、またある日はその逆。こうした“演じ合い”が、信頼感に満ちた二人の演技も相まって、ジェーンとヘレンの、生死を超えた魂の絆をいっそう際立たせています。
 
終幕にはその絆が、慎ましくも幸福な光景の中で可視化。弦楽器の繊細な響きを活かしたクラシカルな楽曲(作曲=ポール・ゴードンさん)も耳に優しく、長く余韻の残る舞台となりました。

 

スタッフ賞|ポール・ファーンズワース(『太平洋序曲』美術)&田中和音(『ジル・ド・レ~吾輩は娼館の蚤である~』音楽)

『太平洋序曲』撮影:岡千里
『太平洋序曲』撮影:岡千里


米国のクリエイターたちが作り上げた“日本の開国物語”のミュージカルを、英国・日本のスタッフのもと、日本人俳優たちが演じる――。

多方面からの視線がクロスした『太平洋序曲』2023年公演で、“日本”と“西洋”の美の融合を実現し、公演の象徴的存在の一つとなったのが、ポール・ファーンズワースさんによる舞台美術です。
 
“波”を抽象的かつミニマルに表現した装置は、木目を見せていることであたたかみを醸し出し、開国前の日本社会の“素朴さ”を示唆するかのよう。やや上手寄りには丸く切り抜かれた広重の浮世絵(冨士三十六景)が浮かび、ペリー来航のくだりでは、これ以上ない“借景”として機能しています。

また、武士の妻のシーンの痛ましさを和らげる、“幕”ほどの長さの布を使った絵画的な空間構成も効果的。
 
同じくファーンズワースさんが担当したロンドン公演では、“日本=黄金の島”という、かつて西洋が抱いた日本のイメージが補強されたデザインとなっており、一連の公演は日本人にとって客観的に“日本”をとらえ得る、貴重な機会となりました。

『ジル・ド・レ~吾輩は娼館の蚤である~』Photo:Hajime Kato
『ジル・ド・レ~吾輩は娼館の蚤である~』Photo:Hajime Kato


日本では新作ミュージカルをはじめから本公演として上演することがほとんどですが、海外で少なからずとられるのが、まずトライアウト(試演)を行って観客のリアクションをうかがい、さらにブラッシュアップを施して本公演を行うという形式。

今回、このトライアウトで高い完成度を見せたのが、第一次大戦下のパリを舞台に、“一年しか生きられない蚤”の切ない恋を描くミュージカル『ジル・ド・レ~吾輩は娼館の蚤である~』の音楽です(舞台の一部抜粋動画は以下)。

【動画】『ジル・ド・レ~吾輩は娼館の蚤である~』一部抜粋

自分に“自由”をくれた人間の女のために、小さな蚤ジル・ド・レが自分の無力さを嘆きつつ、精いっぱいの献身を見せる……。人生の喜びと哀愁を、作曲の田中和音さんはシャンソンやジャズをベースに、多彩でありつつ一定のトーンを保ちながら描き出しています。

特に随所で登場するフランス語のフレーズ、“ウィ、セラヴィ(そう、それが人生)”の旋律が作品の陰影を際立たせており、観客を物語に引き込む要素に。

今後、作品の発展過程の中でこの音楽がさらにどんな進化もしくは深化を遂げていくのか、注目されるところです。

ファーンズワースさんと田中和音さんから、創作のエピソードや舞台美術/舞台音楽に興味のある方々へのアドバイスなど、スペシャル・コメントをいただいています。

 

主演男優賞|浦井健治(『キングアーサー』)

『キングアーサー』撮影:田中亜紀 提供:ホリプロ
『キングアーサー』撮影:田中亜紀 提供:ホリプロ


中世以来、ヨーロッパを中心に幅広い文化に影響を及ぼしているアーサー王物語が、『1789-バスティーユの恋人たち』などで知られるドーヴ・アチアさんの手でミュージカル化。

キャッチーなロック・サウンドとダイナミックなダンスで魅了しつつ、裸の感情が激しく衝突する人間ドラマの芯を力強く担ったのが、タイトル・ロールを演じた浦井健治さんです。
 
運命に導かれて王となる序盤では明朗快活な青年を弾むように演じ、戦乱の中で国を率いる中盤ではリーダーとしての頼もしさ、そして姉モルガンの憎悪や王妃グウィネヴィアの裏切りにあう後半は、一人の人間としての苦悩とその克服を、確かなセリフ術で表現する浦井さん。

終盤には、人生の悲哀を知ったアーサーが“ただ民のために生きよう”と心に決める過程を、風格すら漂わせながら描き出します。

客席を民に見立てるような演出もあいまって、彼が幕切れに歌うナンバー「この国の民のために」は、“真の王”が誕生する瞬間として、荘厳な余韻を残しました。

 

主演女優賞|屋比久知奈(『ジェーン・エア』)

『ジェーン・エア』写真提供:梅田芸術劇場/東宝
『ジェーン・エア』写真提供:梅田芸術劇場/東宝


C・ブロンテの長編小説を舞台化したミュージカルの11年ぶりの日本公演で、上白石萌音さんとのダブルキャストでタイトル・ロールを演じたのが、屋比久知奈さん。

遠い時代、遠い国の物語であることを感じさせず、自分の生きる道をひたむきに模索するヒロインの内面をヴィヴィッドに歌声に乗せ、あますことなく客席に届けました。
 
とりわけ強い印象を残すのが、激情のほとばしるナンバー。

1幕中盤で養育院を去る決意を歌う「自由こそ」では、燕のように自由に飛び立ち、しきたりを破り捨て、男性同様に志を持って生きよう……と溢れ出す思いを、ダイナミックに歌唱。

2幕序盤でロチェスターへの思いを断ち切るため、令嬢と自分を比較する「ふたりのポートレート」では、美醜という世間の価値観に振り回される自身への嘲笑を、半ば投げやりに吐露。理性では制御しがたい感情に戸惑うさまが人間らしく、共感を誘います。

そんな屋比久ジェーンが最後に選ぶ、一本の道。踏み出すのは怖い、けれど勇気を持って進もうとするその姿、その声には微塵も嘘が無く、深い感動を呼び起こしました。

 

助演男優賞|上川一哉(『ムーラン・ルージュ! ザ・ミュージカル』)、こがけん(『バンズ・ヴィジット 迷子の警察音楽隊』)

『ムーラン・ルージュ! ザ・ミュージカル』写真提供:東宝演劇部
『ムーラン・ルージュ! ザ・ミュージカル』写真提供:東宝演劇部


客席空間に張り出した目を奪うオブジェ、19世紀から21世紀までの多彩な楽曲をマッシュした音楽など、一つ一つの要素に驚嘆の声があがった大作『ムーラン・ルージュ! ザ・ミュージカル』。

1899年のパリを舞台に、アメリカ人青年と花形スターの悲恋を描く物語で、トゥールーズ=ロートレックとしてボヘミアンの気骨を(上野哲也さんとのダブルキャストで)体現したのが、上川一哉さんです。
 
モンマルトルにやってきたクリスチャンとともに新作ミュージカル・ショーを作ろうとするロートレックは、貧しくとも自由な人生を謳歌しながらも、自分は“欠陥品”だからと愛する人への告白を諦めた過去があり、だからこそ恋に一途なクリスチャンが眩しい。

挫けそうな彼を励まし、自身は権力者にも臆せず対峙し芸術家の矜持を貫くロートレックを、上川さんは全身にバイタリティをみなぎらせ、表情豊かな歌声と台詞でしなやかに演じ、絢爛豪華な舞台に確かな厚みを加えました。

『バンズ・ヴィジット 迷子の警察音楽隊』撮影:渡部孝弘 提供:ホリプロ
『バンズ・ヴィジット 迷子の警察音楽隊』撮影:渡部孝弘 提供:ホリプロ


イスラエルに招かれたエジプトの警察音楽隊が、地名の聞き違えにより辺ぴな町に辿り着く。バスの便は翌日まで無く、一行は食堂の女主人、ディナの手配で町の人々の家に分散、一夜を過ごすことになるが……。

かつての敵国同士の人々の思いがけない国際交流を描き、2018年のトニー賞を席巻した作品『バンズ・ヴィジット』の日本初演で“ナイス・サプライズ”をもたらしたのが、芸人のこがけんさんが演じた“電話男”です。

町のあちこちで交流が進行するなか、公衆電話の前でかれこれ1カ月、恋人からの電話を待ち続ける彼。

“何も起こらない町”を象徴するかのように、待つこと以外なすすべを知らないエキセントリックな男を、こがけんさんはお笑いに傾くことなく、真剣に表現。

町が眠りにつくころ、「ここにいるよ」「どうか声を聴かせてよ」と心の叫びを吐露するくだりで、まっすぐな歌声を通して“誰かと繋がることの奇跡”に思いを馳せさせ、まさに“キャスティングの妙”を体現しました。

 

助演女優賞|彩乃かなみ(『カラフル』)

『カラフル』写真提供:アミューズ
『カラフル』写真提供:アミューズ


ある事情で亡くなった“ぼく”の魂が、“セカンドチャンス”として、自殺を図った中学生、真(まこと)の体にホームステイし、修業する。彼の抱えていた問題に向き合ううち、“ぼく”はある真実に辿り着き……。
 
森絵都さんによるヤングアダルト小説の名作を、小林香さんの脚本・作詞・演出でミュージカル化。

思春期の少年と周辺の人々の思いが交錯するなかで、次々に習い事に手を出しては自分を見失って行く真の母を演じたのが、彩乃かなみさんです。
 
子どもからすれば常に頼れる存在であってほしいのに、真の母は“平凡な自分のまま死んでいく”ことを呪い、教室通いをしては挫折を繰り返す。中盤の壮絶なソロ・ナンバーで、親もまた不完全な存在であることを、赤裸々に告白する母。

「悔いています」というその言葉が子どもに届くよう願わずにはいられない、彩乃さんの全身全霊の演技が、強い印象を残しました。

 

ベストカップル賞|今井清隆&白木美貴子(『星の数ほど夜を数えて』)

『星の夜ほど夜を数えて』写真提供:TipTap
『星の夜ほど夜を数えて』写真提供:TipTap


プラネタリウムの解説員をしていた妻が、認知症を発症。40年間連れ添ってきた夫は献身的に介護するが、彼女の記憶は少しずつ抜け落ちて行く。

“もしあなたのことがわからなくなったら、私を施設に入れてほしい”と、妻は夫に頼むが……。
 
一組の夫婦の最終章を描く、劇団TipTapの最新作(作・演出=上田一豪さん)。

容赦なく症状が進む過程をリアルに描きつつも、夫婦の“星空への思い”を随所に差し挟み、ロマンティックな風合いも感じさせる本作で主人公夫婦を演じたのが、今井清隆さんと白木美貴子さんです。
 
妻の記憶が少しでも長く保たれるよう奮闘する夫を、力強く演じる今井さん。“自分が消えて行く”恐怖から、時には夫に八つ当たりをしてしまう妻を、知的なオーラで演じる白木さん。

夫が妻の心情を受け止めた後、無言で彼女の髪をとかし、身づくろいを行う光景からは、互いへの信頼と“覚悟”が確かに感じられ、二人の円熟の演技は満天の星空のもと、観る人々の記憶に深く刻み付けられました。

 

新星賞|三浦宏規(『赤と黒』)

『赤と黒』撮影:岡千里
『赤と黒』撮影:岡千里


“日本のミュージカルの未来を託したい若手”として今年フォーカスしたいのが、2.5次元ミュージカルで頭角を現し、『レ・ミゼラブル』『グリース』『のだめカンタービレ』など、立て続けに話題作に出演している三浦宏規さん。

芝居のセンス、歌、ダンスと三拍子揃った逸材ですが、中でも幼少期から培ったクラシック・バレエは群を抜いており、近年、日本では歌がメインのミュージカルが多く上演される中で、“ダンス・ミュージカルの復権”を担う存在として、大きな期待が寄せられています。
 
フランス文学史上最も有名な主人公の一人、ジュリアン・ソレルを演じた『赤と黒』では、長編小説を疾走感豊かに凝縮したドラマで“野心家”というより、運命的な恋によって身を滅ぼしてゆく純朴な青年像をひたむきに体現。

フレンチ・ロックに乗せて激情を叫ぶナンバーでも、自然に指先まで神経が行き届き、悲劇的な役柄に相応しい“美”が生まれていました。
 
最新作の『ナビレラ』では、バレエ・ダンサー役で自身の経験を存分に活かしている三浦さん。

今後さまざまな演目との出会いを通して、例えばフレッド・アステアとも、アダム・クーパーとも違う、三浦さんならではのダンス・ミュージカル・スターの道がどう切り拓かれていくかが注目されます。

【動画】三浦宏規さんスペシャル・コメント

三浦さんにとっての『赤と黒』の思い出や今夏開催するコンサートの構想、ミュージカルへの思いなどが語られていますので、ぜひご覧ください!

アンサンブル賞|『エルコスの祈り』『クレイジー・フォー・ユー』

『エルコスの祈り』撮影:樋口隆宏
『エルコスの祈り』撮影:樋口隆宏


劇団四季の層の厚さが改めて示される形となったのが、上記の2作品。

徹底的な管理教育を行う学校に派遣されたロボット“エルコス”が、逆に子どもたちの個性を引き出してゆくファミリー・ミュージカル『エルコスの祈り』には、生徒役でフレッシュな若手が多数出演しています。

“揃ってはいるが個性が感じられなかったダンス”が“一人一人が輝くダンス”に移行して行くことで、エルコスの影響を鮮やかに見せつつ、芝居においては彼らがエルコスと無心に心通わせる姿がみずみずしく、「見つめあおう 語りあおう」で始まる主題歌「語りかけよう」がすっと心に届く、清々しい舞台となりました。

『クレイジー・フォー・ユー』撮影:荒井健
『クレイジー・フォー・ユー』撮影:荒井健


一方、久々の上演となったハッピー・ミュージカル『クレイジー・フォー・ユー』は、小道具を多用するなど創意に溢れた、スーザン・ストローマン振付のダンスが大きな見どころ。

主人公たちが小粋に踊るデュエットのみならず、「I Got Rhythm」や「Slap That Bass」などのビッグ・ナンバーで、全員が次々にストーリー性のある動きを見せ、ダイナミックなうねりを作ってゆくのが特徴的です。

精鋭メンバーが出演した今回の公演では、劇団ならではの一体感のなかで一瞬の隙もない振付が流れるように展開、まさに幸福なひとときを生み出しました。

 

《スタッフ賞》ポール・ファーンズワース(『太平洋序曲』美術)受賞コメント

Pacific Overtures 『太平洋序曲』ロンドン公演 Photo by Manuel Harlan
Pacific Overtures 『太平洋序曲』ロンドン公演 Photo by Manuel Harlan


――“西洋の眼を通した日本”が美しく表現された舞台美術によって、ファーンズワースさんは公演の意義の一翼を担われました。日本文化には以前から親しんでいらっしゃったのでしょうか?
 
「まず、このように質問していただき、日本のお客さまが私たちのデザインの意図を理解してくださったのだなと感動しております。

今回の舞台は西洋の眼から見た日本史――史実というより歴史の1バージョン――をお見せするものですので、私は日本美術と文化に敬意を払い、極力日本らしさを醸し出しつつ、西洋的な“ひねり”を加えようと試みました。
 
日本公演後のロンドン公演の際、出演していた日本人俳優の一人から“友人が東京公演を観て、あの舞台美術はエキセントリックな日本人によるものなのか、趣味のいい西洋人によるものなのか分からなかったそうだ”と言われ、最高の賛辞だと感じました。
 
英国には日本美術、デザイン、文化を愛する伝統があり、150年前に日本が開国した際にも美術、生地、ファッション、陶芸と、ありとあらゆる“日本のもの”のマニアがいました。

現在もそれは続いていて、今週もBBCでは、日本特集のシリーズが放映されています!

ですから私も長年、日本美術やデザインに触れており、今回の舞台によってさらに深く掘り下げる機会をいただけたと思っています」
 
――初めて本作に触れた時の第一印象はいかがでしたか?
 
「ENO(イングリッシュ・ナショナル・オペラ)による1992年の公演で初めて観たのですが、その時は今回のバージョンよりずっと長く、出演者全員が男性という歌舞伎形式で演じられており、いささか混乱しました。

焦点が定まらず、登場人物に感情移入しにくいようにも感じられました。
 
それから年月が過ぎ、私はソンドハイムのほとんどの作品を手掛けるようになっていました。ウエストエンドでの『パッション』のヨーロッパ・プレミアでは、彼と直接仕事もしています。モーツァルトと対面するような、忘れがたい体験です!
 
最近になって私はブロードウェイで短縮版が上演されたことを知り、その方がより分かりやすく、人間味があると感じましたが、今回私たちが採用したのはこのバージョンです。

そんなわけで、本作は30年以上にわたり、私の人生の一部となっています」
 
――本作のデザインで初めに浮かんだのは、どのようなアイデアでしたか?
 
「どの作品の時でもそうですが、デザインにあたり、私はまず本作の音楽を聴き直し、台本を読み、我らが素晴らしい演出家であるマシュー・ホワイトと話し合いました。

僕らは日本美術や日本の意匠について、またお互い来日経験があったので、日本という国とその歴史についての思いを語り合いました。
 
初期段階で、私たちは今回の公演では(日本の)経済的、テクノロジー的発展ではなく、美術やデザインを写し出したいと考えました。私は北斎や広重の(浮世絵のための)海や波の習作に引き込まれました。

本作は狂言回しの“Japan、ニッポン、海に浮かぶ王国”という台詞で始まりますし、それに続く歌では、“世界の真ん中、海のただなかに私たちは浮かび、現実世界は(鎖国によって)遠いまま……”といった意味の歌詞が続きます。

そこで海、特に“波”のイメージが、私の中に(本作の象徴として)生まれました。
 
日本という国を思う時、私の中には“美”と“シンプルさ”という言葉が浮かびます。ならば今回のセットは美しく、シンプルなものでなければなりません。歌詞にも登場する引き戸や屏風は日本の生活に浸透しているものなので、ぜひ使いたい。

私は金屏風や金の蒔絵の箱を取り入れることを考え始めました。大道具の文様はピンタレスト(これ無しで仕事ができるでしょうか!?)で発見した、日本の箱の写真を参考にしたものです。
 
また、今回は大空間に比べてかなり少ない人数の俳優たちを配する方法を考える必要がありましたが、巨大な波模様を置く事で、親密なシーンを展開する際に(観客の視線をそらさず)フォーカスを与えるのに役立ってくれたと思います」

Pacific Overtures 『太平洋序曲』ロンドン公演 Photo by Manuel Harlan
Pacific Overtures 『太平洋序曲』ロンドン公演 Photo by Manuel Harlan


――プランの実現で困難だったのは?
 
「東京公演で最も大きな試練となったのが、セットの巨大さでした!

舞台空間は非常に大きく、高さは最長で9メートルもあったのですが、大道具スタッフやプロダクション・チーム、我が頼もしき日本人アシスタントのミレイ(岩本三玲さん)の献身によって、良い形に仕上がりました。
 
ロンドンでは異なるタイプの試練がありました。会場のメニエール・チョコレート・ファクトリーはロンドンで最もエキサイティングかつ融通の利く劇場ですが、小ぶりの空間だったのです。

しかし私たちはこの劇場で、日本では大劇場ゆえに予算上不可能だった、大道具に金箔を貼ることに挑戦しました。背景担当のアーティストが6人がかりで1カ月以上をかけ、床の上に四つん這いになって仕上げました。

困難な仕事でしたが幸いにもそれだけの価値があり、黄金色がまばゆいセットとなったのです!」
 
――本作に関わることでポールさんの“日本観”は変わりましたか?
 
「ある文化や時代について深く研究できるプロジェクトに参加できることは、非常に名誉なことです。今回も『太平洋序曲』で、それが叶いました。

我らが素晴らしきコスチューム・デザイナーのアヤコ(前田文子さん)や、手仕事で着物を仕上げてくれた職人との出会い。日本人出演者たちに、日々の生活やこれまでの体験を話していただけたこと。

所作指導の方の動きを観察できたこと。江戸時代の書を専門とする方に、(小道具の)巻物を書いていただけたこと。

これら全ては言葉に言い表せないほど、豊かな、私の人生を高めてくれる経験となりました」
 
――舞台美術に興味のある若い方々に向けて、何かアドバイスをいただけますか?
 
「こうした質問を頂いた時、私はいつもこう答えています。

この仕事はたやすくもないし、特にギャランティーが良いわけでもなければ、全くもって華やかな仕事でもありません(そう思われがちですが、私自身は一度もそう感じたことがありません……)が、非常にやりがいがあり、それはやってみなければ決して経験できません。

もしあなたの心を舞台が占めているのであれば、夢を追ってみてください。
 
私自身は10歳の時から、舞台美術家になりたいと思っていました。1970年に両親に連れられてロンドンで衣裳展を見に行き、この世界に関わりたいと気づかされたのです。

修業は大変ですし、長い年月も必要ですが、価値のあるものというのは何であれ、時間と努力を要するものです。これをやりたい、というものが心の中に、魂の中にあるのであれば、やるしかありません。

できるだけお芝居を観て、もし地元にアマチュアの劇団があるなら参加して、できるだけ経験を積むことです。ドアをノックし、そこにいる先輩方に、仕事や来し方について質問しましょう。

そして“私がやりたいのはこの仕事か、これは私に向いているのか?”と自問し、もし答えがイエスなら続けることです。

私の経験では、多くのことが“縁”によってもたらされました。幸運な出会いは機会を産むものです。

ある時、私はひどい芝居でハチャメチャな俳優と一緒に仕事をしました。

彼から“僕、『白鯨』のミュージカルを書いたんだよ。キャメロン・マッキントッシュがプロデュースしてくれるんだけど、舞台美術、やってみたい?”と尋ねられた時、“この人、こういう人だから(大風呂敷を広げているのだろうけど)とりあえずイエスと言っておこう”と思い、返事をしました。

すると後日、その話は本当だということがわかり、私は実際にキャメロンのもとで美術を担当できたのです!

偶然の出会いが何をもたらすかは、誰にも予測できないものです。機会が生まれれば掴むべきだし、機会を自ら産む努力もしましょう。しかるべき時、しかるべき場にいられればいいのです。陳腐に聴こえるかもしれませんが、これは真実です。
 
そして何より、舞台美術を愛すること。そうすれば決して、“仕事をしている”とは感じないものなのです」

 

《スタッフ賞》田中和音(『ジル・ド・レ~吾輩は娼館の蚤である~』音楽)受賞コメント全文

『ジル・ド・レ~吾輩は娼館の蚤である~』Photo:Hajime Kato
『ジル・ド・レ~吾輩は娼館の蚤である~』Photo:Hajime Kato


――どのようなプロセスで本作を作曲されましたか?
 
「台本をいただき、既に歌詞がある状態で作曲しました。新作ではありますが、脚本の河田唱子さんと演出の菊地創さんが、よく連携をとりながら作品作りをされたので、僕の立場で苦労した部分はあまり無かったと思います。
 
コンセプトとしては、Ukiyo Hotel Projectさんは“ダサい音楽はNG”なので(笑)、ダサくならないよう気をつけました。全体的には大人っぽいものを目指しましたが、メロディはなるべくキャッチーになるよう、意識したつもりです」
 
――特にお気に入りのナンバーは?
 
「M3“空へ”は、台本の展開と良い塩梅で曲がシンクロできたように思います。M6“天使”も、良いメロディが書けたなと思っています」
 
――M1終わりなどで登場する(“ウィ、セラヴィ”と歌う)結びが印象的です。
 
「瓶の外に出たいのに出られない蚤たち。フランス語の歌詞は“それが人生”的な意味です。
 
皆様もそれぞれの人生に“満足”だったり“不満”だったり“不満だけど受け入れている”だったり、いろいろあると思います。そういった皆様の人生を乗せて、称賛にも嘲笑にも激励にも……それぞれに違って聞こえる“それが人生”にしたいな、と思いながら書きました」
 
――キャストの歌唱に触発されてメロディを変えた部分などもあったでしょうか?
 
「今回は本当に歌唱力のある方に集まっていただき、大変幸せな時間でした。

メロディ自体を変更した、というのはそこまで無かったように思いますが、例えば、譜面上で8分音符2となっている箇所について、キャストに歌ってみてもらって、同じ長さでなく前の音符をちょっと長く歌うなど、少し崩して歌うほうが良さそうなものは積極的に変えた、といったことはありました。
 
僕自身、曲をお渡しした後はその曲は歌い手のものだと思っておりますので、本人が表現しやすいように変えていただくのは大歓迎です。と言いつつ、“そこはこだわりなので元通りで”とお願いすることもありますが(笑)」
 
――田中さんはジャズのご出身ですが、ジャズに通じていることは、ミュージカルの作曲にどんな影響を及ぼしていますか?
 
「ミュージカルが盛んな地域というのは世界中、いろいろありますが、僕の中ではやっぱりアメリカという意識があります。ジャズというのはまさにアメリカ音楽そのものですから、ミュージカルとは親和性が高いと思います。
 
また、ジャズは排他的な音楽と思われがちですが、クラシックだったりラテンだったりの良いところをどんどんつまみ食いしてきた音楽なので、他のさまざまな音楽の要素とも相性が良いです。
 
日本で育った僕が作る音楽には日本的な要素が自然と入るわけですが、ジャズはそういったさまざまな要素を繋ぐ潤滑油的な働きもしてくれるので、ミュージカルの作曲においては非常に役立っております」
 
――ミュージカルの作曲に興味のある若い方に向けて、何かアドバイスをいただけますか?
 
「書いて書いて書きまくること!ですが、それよりもとにかく音楽を聴くようにしてください。何かを生み出すためにはとにかく引き出しをいっぱいにすることが大切です。
 
いろんな作品を観ることももちろん大事ですが、それだけでは聴く量が足りないので、ミュージカルのサントラはもちろん、好きな曲も嫌いな曲も、ジャンル問わず聞きまくるようにしてください」

文:松島 まり乃(ミュージカルガイド)

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