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「ハイヒール」履くと脚が長く見える…理由は?心理学者が明かす“トリック”

  • 2024.6.1
女性がハイヒールを履くと、脚が長く見えるのはなぜ?
女性がハイヒールを履くと、脚が長く見えるのはなぜ?

ハイヒールを履いた女性を見ると、脚が長いと感じることはありませんか。事故防止や災害リスク軽減に関する心理的研究を行う、近畿大学生物理工学部・准教授の島崎敢さんによると、ハイヒールや化粧品、アクセサリーなど、女性を美しく見せる製品の多くは、人間が起こす錯覚を利用しているということです。

島崎さんは、人間の認知の過程を研究する「認知心理学」を基に、錯覚のメカニズムを理解することができるといいます。そこで、「女性がハイヒールを履くと、なぜ脚が長く見えるのか」をテーマに、島崎さんが、人間の認知の仕組みとおしゃれの関係を解説します。

過去の経験や知識で世界を認識

図1:ミュラー・リヤー錯視
図1:ミュラー・リヤー錯視

そもそも、人間は、目や耳などの感覚器官から受け取った情報を基に外の世界を捉えます。このとき、脳が情報を処理することで、外の世界を理解していきますが、この過程を研究するのが認知心理学です。

認知心理学は、教育、ユーザーインターフェースのデザイン、意思決定、メンタルヘルス、記憶力の向上、コミュニケーション、安全、ファッションなど、私たちの生活のあらゆることに深く関わっています。

私たちの身の回りには、「脳がだまされて実態通りに見えない現象」にあふれています。ハイヒールの話に進む前に、この典型的な事例である「ミュラー・リヤー錯視」について考えてみましょう。ミュラー・リヤー錯視は、線の長さは同じ(実態)であるにもかかわらず、違う長さに見える(脳がだまされる)錯覚の代表例です。

例えば、図1のような図形で起きます。図1の2本の横線は同じ長さなのに、上の線の方が短く見えますね。このような現象がなぜ起きるのかを考えてみましょう。

文明社会に暮らす私たちは、生まれてからずっと「四角いもの」に囲まれて生活しています。箱や棚、スマホ、家、電車の形は、だいたい四角です。私たちはこれらの四角を、日常的に外から見たり、中から見たりしています。

例えば、宅配便の箱を受け取ったときは、四角(箱)を外から見ます。一方、ベッドに寝そべって天井や壁を見ているときは、四角(部屋)を中から見ます。

このとき、目に写った四角の横の辺とその両端にある別の辺が作り出す形に注目してください。箱を外から見ているときには、図1-Aのように辺の両端にある別の辺は、内側に向いています。同様に四角を中から見ているときには、図1-Bのように辺の両端にある別の辺は外側に向いています。

図1の2つの図はどちらも平面上に書かれているのですが、私たちは四角いものを頻繁に見ているため、平面上にある線のパターンを立体だと思いこみ、図1-Aを「手前にある」、図1-Bを「奥にある」とそれぞれ勘違いします。

さらに私たちは、近くのものは大きく、遠くのものは小さく見えることを知っています。この法則に従えば、奥にあるはずの図1-Bの横向きの線が、手前にある図1-Aの横向きの線と同じ長さに見えるためには、図1-Aの横向きの線よりも長い必要があるのです。この思い込みが、図1-Aの横線を短く、図1-Bの横線を長く感じさせていると考えられています。

つまり脳は、見たものをこれまでの経験や知識と比較しながら解釈するため、思い込みによって勘違いするように仕向けると、錯覚を起こすのです。

ハイヒールを履くと脚が長く見える理由は?

図2:すねの下端を勘違いする仕組み
図2:すねの下端を勘違いする仕組み

それでは、こうした仕組みを基にハイヒールを履くと何が起きるのかを考えてみましょう。図2を見てください。

私たちはこれまでの経験から「すねの下端、つまりくるぶしがあるのは、足が前に折れ曲がっているあたりだ」ということを知っています(1-1)。また「一般的な靴はくるぶしから下あたりを隠している」、つまり、「靴で隠れていないところから上がすねだ」ということも知っています(1-2)。

このような経験や知識を基にハイヒールを見ると、どうなるでしょうか。ハイヒールはかかとを高い位置にして、足が折れ曲がる位置を足の指の方にずらしています。また、多くのハイヒールは、足の甲を隠さないデザインになっています。

(1-1)と(1-2)に従ってハイヒールを見た人の脳は、すねの下端を足の指の直前あたりだと勘違いするのです。つまりハイヒールを履いた人は、「見た人が認知するすねの長さ」を延長することに成功します。

脚の長さを勘違いする仕組みとは?

図3:脚の長さを勘違いする仕組み
図3:脚の長さを勘違いする仕組み

認知的なすねが延長されると、もう1つの勘違いが発生します。図3を見てください。私たちは経験から「すねとももの長さはだいたい同じ」ということを知っています(5)。この知識は、ももの上端(胴と脚の境目)がどのあたりかを推定する手がかりとして使われます。

(5)に従って全身を見た人の脳は、長いと思い込んだすねと同じ長さのももが膝の上にあると思い込み、その上端あたりが胴と脚の境目だと認知するのです。

すねの延長量は、個人の脚の大きさやヒールの高さ、ハイヒールのデザインなどによって異なりますが、仮にすねの長さを通常よりも10センチ長く認知させることができれば、相手はももの長さも10センチ長く認知するため、その結果、脚の長さを20センチも長く見せることができます(ついでに、ももの延長分だけ胴を短く見せることもできます)。身長の10%以上も脚を長く見せ、胴も短く見せられるわけですから、スタイルの印象が大きく変わります。

つまりハイヒールを履いたらスタイルがよく見えるのは、私たちの脳が、経験や知識によって勘違いするからです。もし脳にこのような特性がなく、見たものをありのままに捉えていたら、ハイヒールを履いた人は「スタイルの良い人」ではなく「ちょっと変わった形の靴を履いた普通のスタイルの人」に見えてしまうのです。

こういった脳のおっちょこちょいな特性は、エラーや情報伝達の失敗の原因になるため、安全やコミュニケーションの分野ではちょっとした厄介者として扱われています。しかし、ファッションの分野では、私たちを実態よりもすてきに見せてくれる、ありがたい特性なのかもしれません。

このような脳の勘違いがおしゃれに利用されている例は、ハイヒールに限らず、衣類の形や色のほか、髪形やヘアカラー、メーク、ネイル、アクセサリー、写真を撮るときのアングル・背景など、周囲の至るところにあります。ぜひ日常生活の身の回りにあるものを観察し、脳の不思議な働きについて、考えてみましょう。

近畿大学生物理工学部准教授 島崎敢

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