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バラ咲く旧小笠原邸の建物と庭を訪ねて

  • 2024.5.26
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東京・新宿にある旧小笠原邸は、現在、樹齢500年を超えるオリーブの木が茂り、初夏にはバラが咲く「スペインレストラン小笠原伯爵邸」として、訪れる人に優雅な時間を提供する場所として四季折々、親しまれています。これまで、国内外に咲く季節の花々にカメラを向けてきた写真家でエッセイストの松本路子さんが、バラが咲く時期に旧小笠原邸を訪問。当時の雰囲気そのままが再現された歴史ある館とモッコウバラがパティオを彩る様子などとともにレポートします。

スパニッシュ様式の瀟洒な洋館

旧小笠原邸
スパニッシュ建築の先駆けとして1927年に竣工された建物と、正面口のクスノキ。

都心とは思えないほど静けさに満ちた建物と庭。東京、新宿区河田町にある旧小笠原邸は現在「スペインレストラン小笠原伯爵邸」として、ゲストを招き入れている。

スペインレストラン小笠原伯爵邸
かつて伯爵家の客人を迎え入れた、趣あるエントランス。

邸の正面玄関に立つと、2羽の小鳥のトピアリーが迎えてくれる。エントランスでは、ブドウ棚の模様が描かれたキャノピー(外ひさし)が、光を浴びて、大きく翼を広げる。建物の外観や玄関のたたずまいからも、旧小笠原邸を訪れる期待に胸が高鳴る。

スペインレストラン小笠原伯爵邸
ブドウの蔦や葉、実がデザインされたキャノピー。
スペインレストラン小笠原伯爵邸
エントランスの重厚な扉と照明。

扉の上部、籠の鳥を配した明り取り。邸内の至る所に小鳥の意匠が見られ、別名「小鳥の館」という愛らしい名前で、呼ばれる所以となっている。

スペインレストラン小笠原伯爵邸
エントランス扉の上部、ブドウと小鳥をモチーフにした鉄製の明り取りが美しい。

館の数奇な歴史

スペインレストラン小笠原伯爵邸
レストランのガーデン席付近から見た庭の風景。オリーブの木とガーデンテントがよく似合う。

建物は、旧小倉藩藩主であった小笠原家の30代当主小笠原長幹伯爵の邸宅として、1927年に建てられた。敷地は江戸時代の小倉藩の下屋敷跡で、竣工当時は2万坪の広さを誇っていたという。今なお千坪の敷地を保ち、建物の周囲には、樹齢500年を超えるオリーブの木や、バラが咲く庭が広がっている。

スペインレストラン小笠原伯爵邸
エントランスからロビーを経て至る回廊。右手がパティオで、左手にはグランドサロン、ラウンジ、シガールームなどの部屋が並ぶ。

伯爵家の館として約20年間にわたり家族が暮らしていたが、第2次世界大戦後の1948年に米軍に接収され、GHQの管理下に置かれた。その後1952年に東京都に返還され、都福祉局の児童相談所として使用されていたが、1975年以降は老朽化のため放置され、取り壊しも検討されていたという。

スペインレストラン小笠原伯爵邸
庭から見たシガールームの外壁の装飾。太陽と、草花と、鳥の構図は「生命の賛歌」がモチーフとなっている。

2000年に東京都から民間貸し出しの方針が示され、1年半にわたる全面的な修繕工事の後、レストランとして甦った。外壁のレリーフなどの修復作業は、竣工当時の資料を基に忠実に実施され、内装、家具、照明機器はヨーロッパから取り寄せて、当時の雰囲気そのままを再現している。

邸内をめぐる

現在、レストランのメインダイニングとして使用されているのは、伯爵の書斎や寝室だったところ。かつてのベランダが庭に面したテラス席となっている。

スペインレストラン小笠原伯爵邸
(左)唐草模様の鉄細工が施された、ロビーから回廊へと続く欄間。(右)ヨーロッパから取り寄せた家具や照明器具で、当時の客室が再現されたラウンジ。

メインダイニングに至る回廊わきに並ぶ3つの部屋は、伯爵家の食堂、客室、シガールーム(喫煙室)で、現在、客室はレストラン客のラウンジとして使用されている。

スペインレストラン小笠原伯爵邸
伯爵家のメインダイニングだった部屋。大テーブルのメロンレッグと呼ばれる脚部には、細かな装飾が見られる。

かつて食堂だったグランドサロンにある大テーブルは、イギリス、エリザベス様式のアンティークで、伯爵家で実際に使用されていた唯一の家具。伯爵夫妻と5男6女の家族が晩餐のテーブルを囲んでいた情景が目に浮かぶようだ。

スペインレストラン小笠原伯爵邸
半透明の色ガラスを使った、アメリカンスタイルの当時のステンドグラス。

客室だった部屋の窓には、日本最初期のステンドグラス作家小川三知氏による、小さな花がデザインされたオリジナルのステンドグラスが残されている。

スペインレストラン小笠原伯爵邸
イスラム風のシガールーム。大理石の柱や床はオリジナルのものを磨いて使用し、天井は竣工時の資料をもとに、現代画家によって彩色された。

ヨーロッパのタバコや葉巻がトルコやエジプトから入ったことから、当時の洋館の喫煙室はイスラム風の内装で作られることが多かった。ブルーの天井、漆喰彫刻に彩色を施した壁面、大理石の柱と床が、荘厳な雰囲気を醸し出している。単なる喫煙所ではなく、男性の社交場といった場所だったのだろう。庭に面した半円形の美しい部屋だ。

小笠原伯爵邸
シガールーム入り口。花籠のレリーフが美しい。(右)イギリスのビクトリア朝で好まれた、イスラム模様の内壁。

パティオのモッコウバラ

小笠原伯爵邸の庭
パティオに咲く黄モッコウバラと白モッコウバラ。別名スダレバラの通り、見事に壁一面を覆っている(2024年4月16日撮影)。

スペイン建築の特徴のひとつが、パティオ。建物の中心部に位置し、光がさし込む空間だ。パティオでは植栽されて20年が経つモッコウバラが、雄大な姿を見せている。テーブル席が設けられていて、邸内のカフェを訪れた客は、ここでお茶の時間を過ごすことができる。毎年4月のモッコウバラの開花時期には、それを目当てに訪れる人もいるほどで、見事な景色が出現する。

小笠原伯爵邸の庭
(左)パティオの一角にあるオレンジの木と、バラに囲まれた噴水。噴水の彫刻は館の当主だった小笠原長幹氏作といわれている。(右)カフェの窓。

2階屋上のパーゴラ

小笠原伯爵邸の屋上庭園
モッコウバラのほか、鉢植えのバラが配された屋上庭園。

パティオから大理石の階段を上ると、そこは2階の屋上庭園。当時の設計図と写真を基に復元されたパーゴラにも、黄色と白色のモッコウバラが咲き誇る。

モッコウバラ

庭から見たシガールームの外壁

スペインレストラン小笠原伯爵邸
当時の色タイルの発色を確認しながら、新たに焼き上げ、修復されたシガールームの外壁レリーフ。

庭に回り建物を眺めると、ひときわ目につくのが円筒状のシガールームの外壁。古陶器の色使いにおいては日本の第一人者といわれる小森忍氏の作品で装飾されたものだ。「生命の讃歌」がモチーフで、太陽、花、鳥の意匠が日差しを浴びて輝いている。1600個のパーツで構成されており、ほとんどが剥がれ落ちていたが、陶芸家夫妻の手によって約3年の歳月をかけて修復された。

庭をめぐる

小笠原伯爵邸の庭
白色の花で統一された庭の一角。専任のガーデナーが季節折々の花を演出している。

庭では春を告げるアーモンド、姫リンゴの花、5月には白バラ‘スワニー’が開花し、季節の花々を楽しむことができる。バラは前庭や屋上庭園にも植えられ、17種類を数える。

小笠原伯爵邸の庭
(左)オリーブの木が銀色の葉を風に揺らす庭では、都会にいることを忘れるほど、ゆったりとした時が流れる。(右)すっくと立つ糸杉の木。

中央に植えられたシンボルツリーは、推定樹齢500年のオリーブの木。スペインとの交流400年を記念して、2013年にアンダルシアからやってきた。夏から秋にかけて実を付け、大きな籠いっぱいの収穫があるという。

小笠原伯爵邸の庭
鳥の巣箱のオブジェ。

ガーデンでの催し

小笠原伯爵邸の庭
小鳥たちが遊ぶ庭の噴水。

レストランのガーデン席での食事(4月から)、全館を利用したウェディング・パーティー、初夏に催されるスペインナイトなど、いずれも庭を楽しむことができる催しだ。

小笠原伯爵邸の庭
(左)庭の小道を散策すると、さまざまな草花に出合うことができる。(右)「小鳥の館」にちなんで、邸の修復中に作られた焼き窯。地下にあったボイラーの鉄蓋や、外壁のタイル片が使われた。今は現役引退で、庭のオブジェとなっている。

5月のバラ

小笠原伯爵邸の庭
庭の中央付近に咲く、1978年メイアン作出の小輪白バラ‘スワニー’。

5月のバラの季節に小笠原邸を再訪した。庭の中央ではバラ‘スワニー’が満開で白い清楚な姿を見せている。壁沿いには‘フロレンティーナ’という赤いつるバラが。

バラ‘ルージュ・ピエール・ドゥ・ロンサール’
壁沿いに仕立てられた‘フロレンティーナ’というつるバラ。

屋上に上がると、ピンクと白のバラ‘安曇野’が光を浴びて輝くように咲き誇っている。カフェでくつろいだ後に、バラの庭を散策できるのは嬉しい限りだ(2024年5月21日撮影)。

バラ‘安曇野’
屋上で満開の一重バラ‘安曇野’。
小笠原伯爵邸の屋上庭園
(左)屋上にはクレマチスの彩りも。(右)シックな色合いのゼラニウムのハンギング飾りが、クラシックな照明とよく似合う。
スペインレストラン小笠原伯爵邸
エントランス付近では‘紅玉’という名前のバラがゲストを出迎える5月。

かつて貴族たちが集った小笠原邸の室内、パティオや庭で過ごす。それは極上のひとときに違いない。

Information

スペインレストラン小笠原伯爵邸

住所:162-0054 東京都新宿区河田町10-10
電話:03-3359-5830
ランチ 11:30~15:00
ディナー 18:00~22:00
予約制
OGA BAR &Café 12:00~20:00 予約不要
アクセス:都営大江戸線 若松河田町駅下車、河田口より徒歩1分

*館内、庭園の見学はレストラン、カフェ利用者のみ可能。カフェ利用者の見学時間は15:30~17:00(レストランの貸し切りなどで見学できない日もありますので、事前にお問い合わせください)。

Credit
写真&文 / 松本路子 - 写真家/エッセイスト -

まつもと・みちこ/世界各地のアーティストの肖像を中心とする写真集『Portraits 女性アーティストの肖像』などのほか、『晴れたらバラ日和』『ヨーロッパ バラの名前をめぐる旅』『日本のバラ』『東京 桜100花』などのフォト&エッセイ集を出版。バルコニーでの庭仕事のほか、各地の庭巡りを楽しんでいる。2023年現在、造形作家ニキ・ド・サンファルのアートフィルムを監督・制作中『秘密のバルコニーガーデン 12カ月の愉しみ方・育て方』(KADOKAWA刊)好評発売中。

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