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出征前のやりとりが泣ける…役を生きる“優三”仲野太賀の芝居が胸を打つワケ。NHK朝ドラ『虎に翼』解説&感想レビュー

  • 2024.5.26
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連続テレビ小説『虎に翼』©NHK

伊藤沙莉主演のNHK朝ドラ『虎に翼』。本作は、昭和初期の男尊女卑に真っ向から立ち向かい、日本初の女性弁護士になった人物の情熱あふれる姿を描く。第8週では、苦い出来事に見舞われる寅子の奮闘、戦争の影がクロースアップされる。ますます目が離せない展開となった。(文・あまのさき)【あらすじ キャスト 解説 考察 評価】
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【著者プロフィール:あまのさき】
アパレル、広告代理店、エンタメ雑誌の編集などを経験。ドラマや邦画、旅行、スポーツが好き。

『虎に翼』
連続テレビ小説虎に翼©NHK

第8週は「女冥利に尽きる?」と題し、寅子(伊藤沙莉)が辛酸をなめた担当案件、妊娠、そして直道(上川周作)と優三(仲野太賀)の出征を描いた。展開の速さ、そしてわかっていたことではあるけれど、逆らうことのできない世の中の流れにやるせなさを感じる1週間となった。

【写真】優三(仲野太賀)の弾けるような笑顔のスチールはこちら。NHK朝ドラ『虎に翼』劇中カット一覧

結婚が決まってからというもの、順風満帆に仕事をこなす寅子。必死に弁護し勝訴を勝ち取ったものの、実は自分も依頼人に欺かれていたなんていう出来事もあった(このとき満智を演じていた岡本玲の豹変ぶりはあっぱれだった)。

でも満智が、「女が生きていくには悪知恵が必要」と言うのだって、結局は男性と同等の権利を、女性が有していないからだ。法曹の道を諦めなければならなかった仲間たちのため、自分の後に続く後輩たちのため、そして苦しんでいる世の中の人のため……寅子は自分が先頭に立ち社会を変えるのだと躍起になる。

連続テレビ小説『虎に翼』第7週
連続テレビ小説虎に翼©NHK

寅子が優三との子どもを授かったことが発覚した矢先、先輩の久保田(小林涼子)から、弁護士を辞め鳥取へ移り住むことになったと聞かされる。「主婦としても、弁護士としても、満点を求められる」という久保田の悲痛な叫びは、現代を生きる人たちにも深く響いたことだろう。この頃から、今日に至るまでずっと、わたしたちは同じような悩みの中にいる。

しかし、寅子は久保田に同情するのではなく、言葉にせずとも「仲間の想いを背負っているのに」と責めるような姿勢を見せる。そして「もうわたししかいないんだ」と、久保田が持っていた雑誌の連載を引き受けたり、母校の講演会に登壇することを快諾したり、忙しい自分をさらに追い込んでいった。

よね(土居志央梨)はそんな寅子を止めようとするが、聞く耳を持たない。「わたししかいない」という言葉を、いまだ高等試験に合格できていないよねはどう聞いただろう。自分の不甲斐なさを感じただろうか。何にしても、気が立っているとはいえ、寅子は少し配慮が足らないと感じてしまった。そこまでいっぱいいっぱいになってしまうなら、一度立ち止まったほうがいい。

『虎に翼』
連続テレビ小説虎に翼©NHK

そんな矢先、寅子は過労で倒れてしまう。看病してくれた穂高(小林薫)は寅子の妊娠を知ると、「仕事なんかしてる場合じゃない」と言う。血の滲むような努力を間近で見ていたはずの人から言われるには看過できない言葉だ。寅子は食い下がるが、「世の中はそう簡単には変わらない」と、穂高は譲らなかった。

自分が社会を変えたいという一心で歯を食いしばってきた寅子と、これはあくまでも最初の第一歩であり、すぐに世の中が変わるわけはないだろうと思っていた穂高。この時代、女性は、いつか母になる。母になったら、女性とか弁護士とか寅子であるとかいう以前に、“母”という生き物になると突きつけられるようなやりとりだった。

実際、寅子が働く雲野法律事務所の面々も、「女性が働くとなったときからこうなることはわかっていた」「仕事を休んで子育てに専念したらいい」とねぎらった。

善意からくる言葉だからこそ、やりきれない。ここで寅子の心はぽっきりと折れた。がんばってきたことの本質が、まるで理解されていなかったのだから当たり前だろう。もう穂高にしたように噛みつくことはせず、「ありがとうございます」と引き下がる。世の中の先頭に立つ、という任を、寅子は半ば強制的に解かれた。

これに腹を立てていたのはよねだ。「いちいち悲劇のヒロインぶりやがって」と、寅子に厳しい言葉を浴びせかける。たしかに、ここのところの寅子の言動は、自分が、自分こそが世の中を変えなければならないのだと気負いすぎていた節があった。それはよねを前にして「わたししかいない」と言えてしまったことからもうかがえる。

たしかに婦人弁護士は寅子しかいないが、それぞれのやり方で世の中を支える女性は多くいる。よねだって、働いているカフェで困っている人たちに法律を知っている者の観点から相談に乗るなどしていた。

“雨だれ石を穿つ”。寅子に比べたらささやかだったとしても、わかりやすい肩書はなくても、自分の居場所でできることをやっている人は多くいたはずだ。寅子に対し「お前は1人じゃない」と言っている場面もあったように、寅子の視野が狭くなっていることをよねだけはずっと指摘してくれていたのだ。

だが、寅子は雲野法律事務所に辞表を提出してしまう。

そんな寅子を大きな愛情で優しく包んだのは優三だった。

『虎に翼』
連続テレビ小説虎に翼©NHK

穂高への結婚報告からずっと、優三が寅子へ向ける笑顔は格別に甘い。本当に、とろけそうな笑顔だ。

そしてもちろん笑顔だけでなく、言葉や行動からも優三の寅子への愛情は溢れ出る。先述した依頼人に欺かれてしまったときだって、河原で隠れてチキンを食べ、「ずっと正しいばかりでは疲れてしまう」と、寅子をプレッシャーから解き放とうとしてくれた。

これがきっかけで寅子は優三に恋をし、妊娠に至る。だが、妊娠がわかってもバリバリ働き続ける寅子に「もう寝ないと」と言いこそすれ、優三は一貫して「したいようにすればいい」という姿勢を貫いた。

そんな優三に、赤紙が届く。最後に2人だけで過ごす時間がほしいと言った優三に、寅子は「優三さんの優しさにつけ込んで」と謝罪をしたのだが、優三はそれを否定する。「寅ちゃんにできるのは、好きに生きること」と言い、「働いても、母でいてもいい」と続けた。

このときもやはり優三の顔はとことん優しい。

弁護士になりたいのならばそれを応援するし、辞めても責めたりしない、違うなにかを見つけたならそれをすればいい。とにかく、寅子が寅子としてありのままでいることを愛しているのだ。

妊娠をしたら子育てに専念するのが務めであるように言った穂高や雲野らとは真逆で、これをしっかりと伝えられる優三は、改めて寅子にとって最良のパートナーだと感じた。そしてここまで思える相手を見つけられた優三もまた、大いに幸せだったことだろう。

大事な局面ではお腹を壊し、どこか抜けているところもある愛情深い優三に魅了されていた視聴者も多い。地獄を生きる寅子の日々は息が詰まる出来事も多かったけれど、優三との掛け合いがいい息抜きになっていた。それもひとえに、仲野太賀という俳優が様々な表情で優三というキャラクターを生きていたからだろう。

出征する間際まで、寅子と変顔をしてじゃれ合う。笑いたいのに、涙が溢れて止まらない。「帰ってくるから」という約束が果たされてほしい、と思わずにはいられなかった。

(文・あまのさき)

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