1. トップ
  2. エンタメ
  3. 『虎に翼』と社会現象アニメの意外な共通点とは? 「視聴者をバカにしない」吉田恵里香の脚本はどこが凄い? 徹底解説&考察

『虎に翼』と社会現象アニメの意外な共通点とは? 「視聴者をバカにしない」吉田恵里香の脚本はどこが凄い? 徹底解説&考察

  • 2024.5.25
  • 4352 views
連続テレビ小説『虎に翼』©NHK

これまでの朝ドラとは一線を画していると各所で話題のNHK連続テレビ小説『虎に翼』。脚本を手掛ける吉田恵里香は、これまで『ちぇりまほ』、『ぼっち・ざ・ろっく!』など、上質なエンターテイメント作品を生み出してきたヒットメーカー。今回は、脚本家・吉田恵里香の作品が多くの人に支持される理由を紐解いていきたい。(文・苫とり子)
ーーーーーーーーーー
【著者プロフィール:苫とり子】
1995年、岡山県生まれ。東京在住。演劇経験を活かし、エンタメライターとしてReal Sound、WEBザテレビジョン、シネマズプラス等にコラムやインタビュー記事を寄稿している。

連続テレビ小説『虎に翼』第7週
連続テレビ小説『虎に翼』©NHK

女性初の弁護士の一人で、後に裁判官となり、家庭裁判所の創設にも携わった三淵嘉子。彼女の半生をモデルにしたのが、伊藤沙莉主演の連続テレビ小説『虎に翼』(NHK総合)だ。

本作は、五黄の寅年に生まれたヒロイン・猪爪寅子(伊藤)とその仲間たちが、法曹界から男女平等の世を切り開いていく物語。とりわけ女性からの支持が厚く、放送開始から約2ヶ月しか経っていないにもかかわらず、すでに朝ドラ史に残る傑作として熱い視線が注がれている。

寅子たちが生きる昭和初期は今より遥かに男女格差が激しく、女性は結婚したら家事・育児に専念すべきとされていた時代。その上、婚姻女性は法的に「無能力者」とされ、あらゆる自由を制限されていた。

そういう“当たり前”とされていたことに「はて?」と疑問を呈する寅子は、女性に法律を教える日本で唯一の学校に入学。仲間たちと圧倒的に男性社会だった法曹の道に進むが、女性であるという、ただそれだけの理由で様々な困難に見舞われる。

1961年にスタートし、今回で110作目のNHK連続テレビ小説(通称“朝ドラ)。その多くが女性主人公であり、特に近年の作品ではあらゆる分野において先駆者となろうとする女性の奮闘や苦悩が描かれる傾向にある。

しかし、これほどまでにフェミニズムやシスターフッド(女性同士の連携)を物語の中心に据えた朝ドラはおそらく本作が初であり、“地獄”と表現される茨の道を傷だらけになりながら進む寅子たちの姿に、100年経った今でも生きづらさを抱える女性たちが勇気を与えられているのだ。

映画『チェリまほ THE MOVIE ~30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい~』【公式インスタグラムより】
映画『チェリまほ THE MOVIE ~30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい~』【公式インスタグラムより】

そんな本作を手がけるのは、脚本家・吉田恵里香。彼女は多角的な視点の持ち主で、ジェンダーやセクシュアリティの多様性を中心に、社会的なテーマを題材とした物語を紡いできた。

中でも岸井ゆきのと高橋一生がW主演を務めた2022年のドラマ『恋せぬふたり』(NHK総合)の評価は高い。現在のテレビ界を支える優秀な脚本作家に贈られる「第40回向田邦子賞」を受賞した本作は、他者に恋愛感情を抱かず、性的に惹かれることもない「アロマンティック・アセクシュアル」に焦点を当てた地上波初のドラマとされている。

恋愛至上主義社会において、ないものとして扱われてきた彼らの息苦しさ、将来への漠然とした不安を描きつつも、最後は恋愛に依拠しない生き方を提示してみせた。主人公2人と同じモヤモヤを抱える人にとって、きっと救いのようなドラマとなったことだろう。

漫画原作の『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(2020、テレビ東京系)においても様々な問題意識を持つ吉田の本領が発揮されている。本作は、童貞のまま30歳を迎えたことにより、「触れた人の心が読める魔法」を手に入れた主人公の安達(赤楚衛二)が、社内随一のイケメンで仕事もデキる同期の黒沢(町田啓太)から恋心を寄せられていることに気づくところから始まるラブコメディ。“チェリまほ”として愛され、社会現象を巻き起こした。

その理由の一つに挙げられるのが、作品の随所に感じる安達と黒沢への温かな眼差しだ。男性同士の恋愛をからかうような描写は一切なく、コミカルさもありながら純粋なラブストーリーとして描き切った吉田。

登場人物のセクハラや時代錯誤な発言にきちんと台詞でNOを突きつけるところにも、彼女の誠実さを感じた。『君の花になる』(2022、TBS系)や『生理のおじさんとその娘』(2023、NHK総合)でも本筋のテーマとは異なるところで、多様な性や生き方をさらっと描いているのもポイントだ。あるものをないものとせず、ストーリーに盛り込んでいく彼女のドラマは私たちに新たな気づきと、社会のあり方について考えるきっかけを与えてくれる。

連続テレビ小説『虎に翼』第7週
連続テレビ小説『虎に翼』©NHK

『虎に翼』でいえば、よね(土居志央梨)と轟(戸塚純貴)が人気だ。颯爽とした男装姿が印象的なよねは、寅子が明律大学女子部で出会った同期。壮絶な過去を抱える彼女は一見ドライだが、理不尽な目に遭っている人たちのために本気で怒れる正義感の持ち主である。本当は優しいのに不器用で突き放した言い方をしてしまうところも、視聴者を萌えさせるポイントだ。

明律大学法学部の男子生徒・轟も当初は男尊女卑を振りかざす破天荒なキャラかと思いきや、実は誰よりフラットに物事を見ていて、寅子たち女子学生とともに勉学の時間を過ごすうちに考えを改めるようになった。梅子(平岩紙)の弁護士の夫が講義で妻を下げる発言をした時も彼は笑っていない。

Xで「#俺たちの轟」というハッシュタグが生まれるほどに轟が愛されている理由はそこだ。ながら見だとついスルーしてしまいそうな細かいところを視聴者は意外と見ている、ということを吉田は分かっている。視聴者をバカにしていない。

全体的にスピード感があり、驚くほど早く物語が展開されていく一方で丁寧かつ、芸が細やか。例えば、物語に出てくる判例を寅子たちの家族による劇中劇で説明するなど、物事をわかりやすく伝え、それでいて視聴者が楽しめるように、という工夫が随所に感じられる。

『生理のおじさんとその娘』でも、生理を巡ってスレ違う父と娘がラップで気持ちを伝え合う場面があった。話題が話題だけに、もし普通に親子が議論するだけだったらもっと重苦しいシーンになっていただろう。ラップを介することでグッと軽快さが増す。これには驚き、「この手があったか!」と驚かされた。

アニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』【公式Xより】
アニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』【公式Xより】

社会派ドラマとエンターテインメントを驚きのアイデア力と繊細な筆致で融合させる吉田恵里香。そこにはアニメ脚本で得た経験も生かされているのではないだろうか。吉田はドラマだけではなく、TVアニメ『TIGER & BUNNY』(2011、※西田征史との共同脚本)や劇場版アニメ『思い、思われ、ふり、ふられ』(2020)などの構成や脚本を手がけている。

特に有名なのが、2022年に放送された『ぼっち・ざ・ろっく!』だ。本作はギターを愛する孤独な少女・後藤ひとりが、ひょんなことから伊地知虹夏が率いる「結束バンド」に加入し、みんなとともに音楽を奏でる中で成長していく青春群像劇。原作は4コマであり、起承転結で構成された1つ1つのエピソードを上手くシーンを追加しながら滑らかに繋いでいる。

また本作は基本的にコミカルだが、主人公である後藤以外のキャラクターにもスポットを当てながら、1人ひとりの心情を丁寧に描いていく。幼い頃に母親が亡くなり、寂しがる自分のためにバンドを辞め、ライブハウスという居場所を与えてくれた姉の分まで人気になることを夢見る伊地知虹夏。

元々は別のバンドで活動していたが、売れるために売れ筋の歌詞に方向転換したことから脱退した山田リョウ。そんな彼女に憧れ、「ギターが弾ける」と嘘をついて結束バンドに加入し、ライブ前に逃げ出した過去を持つ喜多郁代。

そうしたサイドストーリーを、物語の本筋に心地良く絡めていくのは吉田が得意とするところ。あらゆる視点からエピソードを紡いでいきながら、最終的には一つの物語に終始していく。そんな吉田脚本の特徴を端的に表しているのが、『ぼっち・ざ・ろっく!』に出てくる山田リョウの「バラバラの個性が集まってひとつの音楽になって、それが結束バンドの色になるんだから」という台詞だ。

多くの人が「これは私の物語だ」と感じている『虎に翼』も同じ。一人ひとりの個性はバラバラだが、あらゆる理不尽と闘うすべての人の物語であり、私たち視聴者も決して無関係ではない。私たちのために声を上げ、闘ってくれた寅子たちの姿を見ながら、次の世代の人たちのために何ができるかを考えていきたいものだ。

(文・苫とり子)

元記事で読む
の記事をもっとみる