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韓国・済州島4・3事件を取り上げた、ハン・ガンの新作。

  • 2024.5.24
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済州島4・3事件をモチーフに、ふたりの女性の結びつきを描く。

『別れを告げない』

ハン・ガン著 斎藤真理子訳 白水社刊¥2,750

人間の日常化した暴力に焦点を合わせた『菜食主義者』などで知られ、世界中で読まれる韓国の人気作家ハン・ガン。『少年が来る』でも一般市民が公権力によって無惨に殺された光州民主化運動を取り上げたが、著者自ら「『究極の愛の小説』と言いたい」と紹介していたという本作では、済州島におけるジェノサイド、4・3事件にスポットライトを当てる。

小説家の「私」は、入院中の友人インソンに家に残してきた鳥の世話を頼まれ、インソンの家がある済州島に向かう。「アカ狩り」という名目で、罪のない島民たちが軍や警察などによって犠牲になった記憶がいまだ癒えない土地。「私」は足を滑らせて涸れ川に落ち、かつてこの川の向こうにある40戸くらいの家が燃やされ人々は皆殺しにされたというインソンの話を思い出す。

朝鮮戦争の前後に、激しいイデオロギーの対立で市民は右か左かを選ぶように迫られ、「アカ」とみなされた人は虐殺された。済州島では4・3事件で3万人もの島民たちが犠牲になっている。そのような人々のことを如何にして弔い、記憶し続けられるだろうか。これが『別れを告げない』に込められたテーマだろう。

生ける者は死者を風化させがちである。後半部に進むにつれて物語の緊張感を高める、生と死の境界をかき混ぜるような文体は、死者を照射し生ける読者の目の前に出現させるようだ。いつか「私」は、インソンの家で右目と左目で別々のものを見る鳥を見ながら「二つの視線で生きていくとはどういうものなのか」と興味を抱く。それは「夢を見ていると同時に現うつつの世界を生きるようなものだろうか」と。二つの視線の共存は、時に不協和音を生むかもしれないし、癒えない苦しみを抱き続けることになるかもしれない。それでも死者を記憶し続けようとすることが、「究極の愛」なのかもしれないと思わずにはいられない。

文:すんみ/翻訳家
早稲田大学大学院文学研究科修了。訳書にチョン・セラン著『屋上で会いましょう』(亜紀書房刊)ほか、共訳に『私たちにはことばが必要だ』(タバブックス刊)や『未婚じゃなくて、非婚です』(左右社刊)など。

*「フィガロジャポン」2024年7月号より抜粋

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