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母親になった女は偉い?ドラマ『海のはじまり』不妊治療、高齢出産、中絶など4人の母から紐解く“幸せ”

  • 2024.7.25

大学時代の元恋人・南雲水季(古川琴音)が亡くなり、葬儀に駆けつけた主人公・月岡夏(目黒蓮)。実は水季は一人娘・海(泉谷星奈)を出産していた。父になるか、ならないか、なるとしたらどうすればいいか……。

一人の“父”の葛藤を描いたドラマ『海のはじまり』(フジテレビ系列)だが、本作にはそれぞれ違う事情を抱える“4人の母”も登場する。

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(C)SANKEI

1. 中絶するのをやめて出産した母

水季は、夏との子どもを妊娠し、一度は中絶しようとする。その理由として「こんなの(自分)が出てきたら怖い」「こんな親不孝なのが出てきたら怖い」と彼女は言っていた。しかし「相手に似るなら産みたい」というのが、水季の本音だ。

中絶手術同意書へ、夏からのサインをもらった水季。その後、母・朱音(大竹しのぶ)にも、半ば事後報告として「(子どもは)おろす」と伝えていたが、結果的には娘の海を出産している。いったんは中絶することを決めたが、彼女のなかで心境の変化があり、産むことにしたのだ。

なぜ彼女は産むことにしたのか、そして、なぜ父親である夏には一言も告げずに、一人で育てたのか。水季が何を思っていたのか、詳しい背景はいまだ描かれていない。夏に迷惑をかけたくない、責任を負わせたくないと繰り返していた水季だが、本当に、シングルマザーになることを決めた理由はほかになかったのだろうか。

夏が海と出会った段階で、すでに水季は亡くなっている。そのため、夏は彼女から直接、何を思って海を産んだのかを聞くことはできない。すべては水季の母である朱音や、水季の元同僚・津野晴明(池松壮亮)など、彼女と繋がりのあった人物から伝聞するしか、術がない。

水季は海を産んで、幸せだったのだろうか。本人から直接聞く術は失われてしまったけれど、夏は海と少しずつ「一緒にいる」と決めた。海と接することで、水季がどんな母であろうとしたかを窺い知ることはできるかもしれない

2. 過去に中絶を経験した母

夏の現在の恋人・百瀬弥生(有村架純)は、過去に妊娠し、中絶手術をした経験がある。7月22日に放送された第4話で、過去にどんな経緯があり、中絶手術に至ったかが描写された。

父親になるはずだった相手に妊娠した事実を告げた弥生。しかし、彼は「中絶すること」前提で話を進める。中絶費用を全額負担することが「男としての責任を取ること」であるような言動も見受けられた。

この“相談”は喫茶店でなされており、一杯目のコーヒーを「カフェインレスコーヒー」にしていた弥生は、もちろん産んで母親になるつもりだったのだろう。産まないこと前提で話が進み、半ば中絶することが決定されたとき、弥生は何かを断ち切るような面持ちでコーヒーのおかわりを頼んだ。二杯目のコーヒーはブレンドで、一口も飲まれることはなかった。

その後、弥生は自身の母にも、妊娠したことを報告している。どうしたらいいか、相手はあまり産んでほしくはなさそうだ、と告げると「じゃあ、おろしな」とにべもない母。弥生はすがるように、一人で育てていく意思をチラリと覗かせるが、「私には無理だから」と拒絶され電話を切られてしまう。

なぜ、弥生はこんなにも孤立しているのだろう。産む・産まないの選択は、本来なら彼女一人に託されたものだが、そこに行き着くまでの過程があまりにも孤独すぎる。産みたい、母になりたいという気持ちを押し殺し、芽生えた命をなかったことにするしかなかった。

過去に中絶したことのある弥生は、夏に海という子どもがいることを知ると、夏と結婚して妻になり、同時に海の母になる希望を早い段階で示してみせた。そこにあるのは、罪悪感か、罪滅ぼしか。たとえ血の繋がりはなくとも「母になりたい」と渇望する衝動だけが、一人歩きしているようにも見える。

3. 不妊治療で授かった娘を先に亡くした母

水季の母・朱音は、長らく子どもが欲しいと願い続け、不妊治療の末にやっとの思いで水季を授かり、出産した。父・翔平(利重剛)の年齢からしても、リスクのある高齢出産を乗り越え、一人娘にあやかったことがわかる。

不妊治療を続け、ようやく授かった娘を、病気で先に亡くしてしまった母の心中とは。孫である海がいたとしても、悲しみや寂しさ、悔しさが中和されるわけではない。むしろ海が元気に明るく過ごしていることで、余計に「ここに水季がいてくれたら」と願わずにはいられない、もどかしさに苛まれているのだろう。

生前の水季が「母親になった女は、そうじゃない女より偉いのか」と口にしていたように、朱音はそうとは知らず、いかに水季を授かり出産に至るまでが大変な道のりだったかを、折に触れ語っていたのかもしれない。

「それ、ずっとウザかった」とたまりかねたように吐き出す水季の様子に、反発を覚える視聴者も多かったかもしれないが、「生まれる前のことなんか知らないよ」と言いたくなる子どもの立場に共感を寄せる視聴者も、同じくらいいたのではないだろうか。

4. 血の繋がらない母

本編では、まだ深く描かれていない、もう一人の“母”がいる。夏の母親である月岡ゆき子(西田尚美)だ。彼女は正真正銘、夏と血のつながった母親だが、連れ子のいる和哉(林泰文)と再婚している。よって、血のつながっている息子・夏と、血のつながっていない息子・大和(木戸大聖)がいることになる

血縁の有無が入り乱れた家族。ふとした瞬間に、血のつながりがあること(または、ないこと)を実感する瞬間はないのだろうか。ゆき子の様子を見る限り、二人の息子それぞれに等しい愛情を注いでいるように見える。

片方の子どもと血がつながっていないことは、夏の父にあたる和哉にとっても同じことではある。しかし、彼はこれまで、夏の様子がいつもと違うことを察して「父親の勘だよ」と口にするなど、ごく普通に父子の関係に向き合っていることがわかる言動を見せてきた。

ゆき子もまた、同じように、個々の血のつながりではなく「家族」という単位として、関係性を捉え直しているのかもしれない。

夏はどんな“父”になるのか

4人の母の立ち位置、そして水季や夏など、対子どもとの接し方において見えてくるのは、どんな親として立ち回るかによって、子どもの自我形成や生き方の選択に、大なり小なり影響を与えるという事実だ。

子どもを持つ人生と、子どもを持たない人生。どちらのほうが幸せなのか。

その答えは、各々が自らの人生とどのように向き合い、自分の心をどのように眼差すかによって決まる。娘である海と、ともに過ごす時間を少しずつ増やしていくことで、夏はどんな“父親”になっていくのだろうか。



フジテレビ系 月9ドラマ『海のはじまり』毎週月曜よる9時

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。X(旧Twitter):@yuu_uu_